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轟々と、酷い嵐が吹き荒ぶ音がする。轟音は容赦なく、耳を塞ごうとも少しもやわらがない。だから、しばらく呼ばれていることにも気づかなかった。
強く身体を揺すぶられて、目を開ける。すぐに開けられたわけではない。抵抗を押しのけて、ようやくうっすら開いた。
「牡丹」
「難儀しておるようじゃの、菊花。そなたの参っている姿なぞ、そう見られるものでもなし」
その言葉に、菊花はうっすら笑んだ。いや、それしかできなかった。
次の言葉が出ずにいると、相手はしばし逡巡して、冷えた指を菊花の額に這わせる。
「まだ、」
「呪いに取り込まれては元も子もない。一度休むとよい」
瞬間、目の前が眩く輝いて、嵐があっという間に去ってゆく。菊花はなるべく大きく息を吸った。
「まったく、最悪の目覚めだよ」
嵐が去っても、頭痛と吐き気が酷い。
「蝋梅はよくこんなことを続けていたものだ。耐性とかそういう問題ではない。させてはいかん。気が触れる」
「それで、収穫はあったか」
まったく、この相手は親友に対して容赦がない。菊花はゆっくりと息を吐き出した。
許さない。
そんな叫び声がこだまする中で、菊花は問うた。何をそんなに許さないのかと。
答えはない。余計に酷い豪雨のように連呼する。耐えに耐えて進んだ。その声のする最奥目指して。
酷い顔をしていただろう。取り繕う余裕など、微塵もなかった。
――菊花、側で私を支えてくれ。この先どんな時も。
はじめ星守補佐は、経験豊かな年長者から選ぶと告げられていた。史上最年少でその座についた牡丹のために。
しかし、牡丹はそれを退けた。一番に自分を知る者であってほしいと。
星守に選ばれた彼女は、もうただの少女ではなくなった。唯一無二の星守。
けれど、なったからとて心身が変わるわけではない。守れるのは、補佐である自分だけ。その矜持が、歩みを続けさせる。
殴りつけてくるような怨み声は言う。
許さない。お前たちのせいで。
許さない。お前たちさえいなければ。
許さない、許さない、許さない!
金切り声が、糾弾する声に重なる。
それは、星守を、王を、それに連なる者を名指ししていた。
「そなたと、陛下と、王族を、根絶やしにせんとしていた。今回の殿下の失踪も、その一環かもしれん」
そうか、と星守は目を伏せる。
「蓮との約束じゃ。務めを果たさねばならんの」
そうこぼすと、袖でそっと菊花の目元を覆う。
「そなたは暫し休め。こちらの準備は整いつつある。そなたの手なぞ借りんでもな」
とびきり優しい声音だ。眠気を呼び起こすような。
妙な術を、と菊花は口にしようとするが、音にはならない。そのままやんわりと眠りの中へと落ちていった。