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 窓からおぼろげに光が差し込む。淡いその光が、青年にはもの悲しく思えた。もう少し季節が進めば、容赦のないものに変わるのに、今どうしてそんなにも弱いのか、と。

 そんな時、扉の向こうから女官の声がした。青年は応じて立ち上がった。

 そうっと両手で包み込むようにして器を預かると、慎重に歩を進める。

 垂れ下がった帳をよけると、寝台には輝かんばかりの美しい女が身を横たえていた。普段は咲き初めたような紅の頬が、今は青白い。真っ赤な紅で彩られるはずの唇も、紫がかっていた。

「ああ、朔」

 か細い声で、女はその名を口にする。それに朔は無理に微笑んで見せた。

「義母上、薬湯は飲めますか。いつになく顔色が悪いですよ」

 身を起こすのを手伝いながら、器を差し出す。しかし柘榴は首を小さく左右に振った。

「少し横になれば大丈夫よ。昨夜はそれほどでもなかったでしょう。星守さまからも何もない。さあ、政務に戻ってちょうだい」

「まだ望も出てきていませんから」

 ためらう朔の腕を、柘榴は押す。

「そうはいかないわ。あなたはいずれ王になる身。それでは示しがつかないでしょう」

 幾分強い眼差しで、彼女は彼を促す。

 朔は嘆息した。器を置くと、両手で彼女の手を包み込む。

「義母上にはかないませんね。どうかお大事に」

 控える女官に、何かあれば報告をと言い含めて、彼は義母の部屋を後にする。

 廊下の曲がり角を曲がったところで、歩みは止まる。手を、柘榴の手の感触を、その手のひらに思い起こした。

 摘みたての花のようだった。朝露を吸って、みずみずしい。

 けれど、それを自分が摘み取って持ち去ることはかなわない。他人の庭に咲くのを眺めているだけ。

(王になったって、何も手に入らないのにな)

 権力を得て何になろう。地位を得て何になろう。

 かたや、王の席とは無縁とばかりに手に入れようと、もがく弟。

(お前はまだいいよ。手に入れたって、構わないものだ。俺のように、禁忌を犯す必要はない。俺にはそんな度胸もない)

 ――まだ夢の中にいらっしゃるのではありませんか。

 朔は、王太子であろうと容赦なく切り込んできた、彼女の言葉を思い出す。

 魅せる剣を、教わってきた。人を手にかけることはないと。試合で勝てればいいのだと。どのようにすれば次の王として相応しいか、示せるように。

 けれどそれは上辺なのだ。本当はそんなふうに望んでいない。

(蘭は、それを見切ったのだろうな)

 髪がなびいてふわり、甘ったるい香りが鼻をくすぐった。知らない香だ。

(どこでついたやら。いや、とるに足らぬ草花と、忘れてしまっただけか)

 あの艶やかさの前では。

 庭園は花が一区切り。次の季節への準備を進めていた。



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