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甘い香の焚きしめられた部屋で、女は子守歌でも歌うように、ひとりごつ。
「たくさん夢をごらんなさい。手に入るかもという、儚く甘い幻を」
幼子にするように、優しく優しく女は横たわる相手を撫でる。
さらさらと、濡羽色の髪は流れた。深い眠りに落ちたまま、その人が目覚める気配はない。
当然だ。幾重にも慎重に術を重ねたのだから。
「繰り返し繰り返しごらんなさい。それが無残にも散った時、絶望は深くなる。王、王子たち、星守、みんなみんな」
ふふ、ふふふ。
愉快そうに、赤い唇はすぼめられる。そうして相手に口づけた。
彼女を焼いてやまないあの呪いの炎が、呼吸を通じてその先へと移される。呪いの熱は、喉を伝ってゆっくりと全身に伝播していった。
「ああ、可愛い操り人形。私の為にまた働いてね」
あらぁ、と背後からシロップ漬けのような甘ったるい声がかかる。
「いい趣味してるわねぇ。私の側仕えにも欲しいくらいだわ」
女は肩越しに相手を見遣る。
細かなビーズを何百何千と使って編み上げた首飾りに、白くふんわりとした衣。手首には黄金の腕輪を重ねている。そのかんばせは、輝かんばかりだ。
「これは大切な駒なのよ。さすがのあなたにもあげられないわ」
「いいわよぉ。あなたにはこちらのイイ男を提供してもらったものね。ここの星守とかいう巫女、あなたの目隠しがなければ厳しいんだものぉ」
腕輪を無造作に鳴らして掲げた手には、金細工の鳥籠。
その中には小鳥が三羽入っていた。小鳥は忙しなく飛び回り、また囀る。
女は顔を背けた。
「随分可愛らしい姿に変えたのね」
「だってぇ、豚やら狼やらじゃ運びづらいんだものぉ。でも、ちゃあんとご要望通りの魔法になってるわよぉ」
鳥籠の女は、しなを作る。そうして鳥籠に顔を近づけた。
一羽がひときわ激しく声を上げる。
「んもぅ、連翹ちゃんったら、そんなに鳴いたらダメよぉ。私たちの愛の巣で可愛らしく囀ってぇ。心配しなくてもぉ、帰ったら私のあつぅいキスで元の姿に戻してあげる」
砂糖の溶けた声は変わらず。いかにも楽しげに彼女は煽る。ただその眼は鷹のように鋭く、小鳥を射た。
鳥籠の中は、静まり返る。
満足げに鳥籠の女は笑んだ。整えられた爪の先で艶めく布を籠にかけると、踵を返す。
「じゃあね、頑張ってモ」
「その名は捨てたの」
上書きするように声を重ねる。冷めた台詞のくせに、その熱は高く。
「あの方がくれた名だけが、私の名」
紅い瞳がぎらぎらと、鳥籠の女に向けられる。
それでも彼女は怯まない。ただ妖艶に嗤う。
「あらそ。昔馴染みに声かけるくらいには、大事にしてるのかと思ってたわぁ」
ひらりひらり。透けた裾が、鷹の羽の飾りが揺れる。
「それとこれとは別。さようなら。もう会うこともないでしょうね」
焔を燃やしながら淡々と、女は別れの挨拶をした。