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柘榴の部屋は、さすが寵姫と言うべきか、華やかな調度品で埋め尽くされていた。
寝台から小物入れまで、細やかな細工が施されている。そのほとんどが、柘榴の花や果実の装飾だ。
柘榴は特段、晶華の伝統的な紋様というわけではないから、王の寵愛ぶりが知れる。その中心で、柘榴は微笑んだ。
「ごめんなさいね、あまり大したものが用意できなくて。あんまり遅くなると陛下と鉢合わせしてしまうから。宴席で遅くなる日で良かったわ」
芥子と呼ばれた女官は、手際よく三人の前に茶と菓子を並べてゆく。
小さな皿に盛られた菓子は、色鮮やかな花を模したものだった。茶も、そこに花が咲いているかと思わせるほど、匂い立っている。
「まずは、この間のお礼を。花朝節の時は、場をおさめてくださったそうね。ありがとう」
柘榴は蝋梅を真っ直ぐに見つめてくる。
芯まで見抜きそうなそのまなざしに、蝋梅はどきりとした。
生ぬるい、媚びるような飾りの花ではない。いざという時は、棘や毒で身を守ることも厭わない、強き花のようだ。
「いいえ、あれは星守さまのお力と第二王子殿下の徳が勝ったのです」
蝋梅は小さく首を垂れた。
「もうお怪我はよろしいの?」
「はい、おかげさまで」
柘榴はぱっと嬉しそうな表情をする。
「よかったわ。あなたに何かあったら、第二王子殿下が悲しむでしょうから」
「殿下は情け深い方ですから」
ふふ、と寵姫はしとやかな蕾のように笑む。
「血なのかしらね。陛下も殿下も。これと決めたら一直線」
「王太子殿下も、ですか?」
幾分固い声で、百合は尋ねた。
蝋梅はふと、その手元に目を向ける。死角となったところで、彼女は袖口をぎゅっと握りしめていた。
「そうね。いつも私の体調を気遣ってくれる、とても心の優しい子よ。あら、こんな言い方したら、幼子のようだわ。内緒にしてね。もう、妃を迎える歳だっていうのに」
ころころと、彼女は少女のように笑う。とにかく表情が豊かだ。
「あの、柘榴さま。柘榴さまは珠の、人間と神の恋愛譚などご存知ではありませんか」
今度は水仙の番。
表情にその緊張を出さぬよう、蝋梅は細心の注意を払った。
大輪の花は、頬に手をあてて首を傾げる。
「恋愛譚……? そうね……。ああ、そういえば泉のほとりで踊っていた女神が、末の王子に見初められたとかいう話があったかしら」
ひとしきり唸って、ひとつ。物語を口にする。思案するべく伏せられたまつ毛すらも、長く美しい。
「その王子というのは?」
間髪入れず、水仙は問う。
「王子、としか。ごめんなさいね。それがどうかしたの?」
「いえ」
水仙はゆるりとかぶりを振る。
艶やかな花はそれ以上は詮索せずに、今度は私からと唇を三日月にした。
「私の教えられる物語はここまでだけど、この話に続きがあるとしたら、どんなふうになると思う?」
三人は顔を見合わせる。
「神話では、神と人が交わる話は珍しくありませんから、結ばれたのではないでしょうか」
水仙が一番槍を買って出る。
躊躇いながらも、百合が続いた。
「お芝居なら悲恋ものが流行りそうですね。惹かれあったけれど、やがて引き裂かれてしまう」
柘榴は小さく頷いた。
「そう、物語の選択肢は、いくつも広がっている。そしてできることなら、幸せな道筋を選びたい。でももしあなたたちが星守さまの立場だったら……それが正しい道だと星が示すのなら、悲恋の先へ進むのかしら」
三人は口をつぐんだ。
なぜ、そんなことを聞くのか。蝋梅は向かいの瞳の奥を覗こうとする。
首を傾げる様子も、憂いを帯びた眼差しも、敵意を示してはいないように見える。
蝋梅は慎重に言葉を選んだ。
「個々の感情ではなく、大局で選ぶものだと聞いています。それが星守であるための条件だとも」
「難しい立場なのね。私にはなかなかできないことだわ。私の国にはなかったものだから、どんな心構えなのか聞いてみたかったのよ」
悪戯好きの少女のように、彼女は笑ってみせる。
蝋梅はただそれを見つめた。
(何で、)
そんなことを聞くのだろう。星守やその制度について彼女個人がどう思っているか、噂には上らない。
(殿下がいらっしゃったら、裏の意図とか読めるんだろうけど)
話は既に新しい題材に変わっていて。にこやかに、妃は珠の舞について語る。
蝋梅はその横顔を見つめた。愛おしげに、目の前の彼女は話している。
「珠を、愛していらっしゃるのですね」
つい、口をついて出た台詞に、柘榴は一瞬目を見張った。少しだけ、逡巡するような間を置いて。
「もちろん。今はここにいても、故郷での思い出は美しいものでしょう。ない、という方が嘘になる。聞かれたら疑われてしまうでしょうけれどね」
そう、柘榴は儚げに笑ってみせた。はらりと、その花弁でも散らすかのように。