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翌朝、お茶と一緒に望に揚げ菓子を振る舞うと、望は不恰好な見た目を気にせず口に入れた。
菓子を出すのは初めてではないが、自分の作ったものとなると、つい身構えてしまう。前のめりになっていると、望は不思議そうな顔をした。
「どうした?」
「いえ、に、苦くなかったですか?」
こわごわ尋ねると、普段美食を味わっているであろう王子にしてはざっくりと、感想を述べた。
「美味かったけど。……もしかして、蝋梅が作ったのか?」
「はい。服をお借りしたので、そのお礼にと思いまして」
「ちょっ、先に言ってくれよ! そうしたらもうちょっと味わって食べたのに! 後で食べる分とかさ」
望は慌てだす。塔の中であちこちお裾分けしてしまってないと伝えると、肩を落とした。
「そういえば、服はどうしたんだ?」
「えっと、血がついて汚れてしまったので、そのままいただいてしまってもかまいませんか? 寝る時にかけていると暖かくて」
恥ずかしながら伝えると、望は背景に宇宙でも広がりそうな顔をしていた。今度は蝋梅が慌てる番。
「お、お嫌でしたか?」
望は首を横に振る。
「違う。俺がひとり寂しくて寝ている間にどうして俺の手を離れた服が蝋梅を温めているのかと思うと俺は服になりたい」
「すみません、速すぎて聞き取れないのですが……?」
五倍速くらいの速さに、蝋梅は面食らった。
同じ頃、朝日を浴びながら百合は欄干にもたれていた。
今頃、蝋梅の部屋では望が昨日の菓子を食べている頃だろう。そう考えながら、宮殿の方に遠眼鏡を向ける。
「いいな、食べてもらえるの。……でも」
花朝節の顛末を、百合は聞いている。望が、蝋梅を望んだことも。
(けれど、どんなに彼が望もうと、貴族の壁は厚いわ。なれたとしても、貴族の出でないあの子は一番下の妾がせいぜい。寵姫だって、いつか入れ替わる)
かつて貴族の中にいた、百合にはそれがよくわかる。
――ああ、うれしいわ。姉さまに星冠が現れてくれたおかげで、私が正妃候補になれるのね。
無邪気な妹の台詞。どんなに心を締めつけたことか。
(小さい頃、中庭の茶会に連れていかれたのは、私だった)
あの方の正妃になりなさい。
そう言われて背中を押された。その先にいたのが、朔だった。幼いながら、気品も風格もあって。
(素敵な方)
この方の隣を歩けるなら、どんなにいいか! でっぷりと体格だけはいい貴族の妻になど、おさまりたくはない。
お稽古も学問も頑張ろう。美しくあろう。あの蕾たちの中で、ひときわ華やかに。
それなのに。
――ああ、あなたは塔へ行きなさい。そうして星守になるのです。今の青家の権勢は、星守さまが青家の出でいらっしゃるから。でも、いつ取って代わられるかわかりません。
でも。
(今までの私は? 私の王子さま。そのためにずっと過ごしてきたのに)
急に、気持ちは切り替えられない。割り切れない。
せっかく、せっかく恋をしたのに。夢見ていたのに。
ならばせめて。
「どうか、唯一の人にしてくださいな、朔さま」