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 別れ際によくよく言い含めて宮殿に戻ると、待っていたのは鏡合わせの同じ顔だった。口元を三日月にして、手元の茶で一服している。

 望は斜向かいに乱雑に腰掛けた。山と積まれた書簡をいくつか取ると、封を解いて読み進めていく。

 中は地方からの陳情であったり、対処の結果報告だった。結果の報告書は概ね良好な内容で、望は息をついた。

(星守さまの星読見の通り、地方への厄災への下準備、後の対応はうまくいっている。なのになぜ、この前の花朝節や金華猫の件はそれが機能しなかった……? 重要な行事、そして都の、しかも宮殿内でのことであればより慎重に星を読んだに違いないのに。何か妨げるようなものがあるのか?)

「難しい顔だな。時の人だっていうのに」

 向かいから声がかけられる。顔を上げると、朔はゆっくりと茶を飲み干したところだった。

「宮殿内だけじゃないさ。秘蔵の花を怪物から命がけで助けた。しかも相手は庶民あがりの星守見習い。そんな夢物語みたいなこと、滅多にないからな。早くも民の間じゃ芝居になってるらしい」

 朔は話を聞けと言わんばかりに身を乗り出してきた。

「うまいこと逆手に取ったもんだな。堂々と見せつけて、印象を積み上げていく。おかげでこっちに皺寄せがきてるんだが?」

 迷惑そうな台詞とは裏腹に、楽しんでいるような表情を朔は見せる。

「そんなことないだろ。貴族連中にとっては、出自も身分も気にする相手じゃない。現に、妙なまじないとか待ち伏せとかで妃にしてくれって輩が多くて、気が抜けない。女難の相が出ているところを避けられるように、星を見てもらったら、多すぎだって呆れられたぞ」

 望はこめかみのあたりを押さえた。

「そりゃあ、カッコよかったものなぁ。これまで地味地味だったのが、貴族連中の危機を、一人で救ってみせたんだ。競争の激しい俺より、お前の妾にでも引っ掛かれば儲けものってとこだろ。モテ期が来て良かったなぁ」

 揚げ菓子を摘んで、朔は可笑しそうに笑う。

「下げ渡してもらえるまで、とことん粘るつもりかよ。理解できないな」

 ぽいと口に放り込まれたそれは、ガリガリ音を立てて砕かれてゆく。二人きりの部屋で、音だけが響いた。

「理解してもらおうとは思ってないよ。好き勝手してるんだ」

「そうだな。俺とお前は違う」

 そう返す眼差しは、とても昏かった。




 柳を揺らす風が、心地よく吹き抜けてゆく。宮殿の中庭は春真っ盛りだった。

 広々とした庭園には席が設けられ、花に負けぬよう着飾った年頃の娘たちがおしゃべりに花を咲かせていた。お茶会という名目で集められてはいるが、妃選びの舞台でもある。彼女たちの表情はどこか固さがあった。

 彼女たちのお目当ての王子たちは、まだ到着していない。代わりに話題をさらったのは、通りかかった王の寵姫だった。

 目を見張るような鮮やかな赤。花々の中に混じろうとも、それとわかる艶やかさだ。

 年端もいかぬ少女たちは、ただただため息をつくばかり。気圧されることなく声をかけたのは、王妃の一人だった。青い衣が風に揺れる。

「まあ、柘榴さま。珍しいですわね。お加減はいかがですの?」

 年の頃は王に近い。やや見下すようにして、扇子越しに視線を寄こした。柘榴はそれをいなす。

「おかげさまで、今日は体調がいいものですから」

「あらぁ、ご無理なさらなくてよろしくてよ。我々五家の妃が、しっかり後宮は取り仕切っておりますもの。夜のこともお任せいただければ、すぐに良くなりましょう。夜更かしは美容にも健康にもいけませんものねぇ」

 彼女の後ろで、他の妃たちも笑った。皆、自分の家の娘たちの後見とばかりに、この茶会に顔を出しているのだ。

 柘榴にはそのようなものは微塵もない。その身ひとつが彼女の武器であり、防具。

「陛下のお渡りがないのは、わたくしのせいではございませんでしょう。正妃さまがご健在の頃から、ほとんどなかったとうかがっておりますわ」

 柘榴はそう、優雅に笑んでみせた。

 向かい合う青衣の妃は、扇子の影で忌々しそうな顔をする。その袖を、栗毛の年若い娘が「叔母さま」と引いた。

 陛下の中で彼女は絶対。嫌がらせをするような人物ではないが、周りが不仲を王に密告しないともかぎらない。

 青衣の妃は、さっと踵を返す。花の影に場所を移すと、可愛い姪に言い含めた。

「第二王子の周囲がかまびすしいようですが、どちらも正妃は五家の中で出す。これは揺らぎません。が、その中でもあなたは、必ずや王太子殿下の寵を得るのです。いいですね、凌霄花」



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