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しかし、女官たちの口は想像以上に固く、被害を広げない意味でも悪化させない意味でも解呪は難航した。
男など知らないという口で、恋愛成就の霊符を求める。三人は黙って、術から身を守る護符を渡した。
「どうです。護符の効果は出ていますか」
望は虚しくかぶりを振る。
「霊符が効かない……となると、怪異や神霊の類でしょうか。しかも強い」
「そんなものが王宮に入り込んでいるなんて、考えたくないけどな。星の加護で結界が編まれているんだろう?」
一国の主のおわす場所だ。守りが薄いはずがない。
王子のため息は自然と深く長くなった。蝋梅は気が気ではない。ついにはすっくと立ちあがった。
「殿下、連日の見回りでお疲れなのではありませんか。少し休まれてはいかがです」
さあさあと、望の背を押して奥の寝台を勧める。
「私がお引止めしていたとおっしゃっていただいてかまいませんから。さあ、どうぞ。寝具も湯たんぽで温めておきましたし、何なら今しがたお召し上がりになったのは、安眠できる薬草を煎じたお茶。必要とあらば僭越ながら私が子守歌も歌いましょう。短時間の仮眠は脳の活性化にいいそうです」
「いや、俺だけいい思いをするわけには」
「休むのも仕事のうちです。殿下に何かあったら困りますでしょう」
抵抗する王子を、蝋梅は無理やり寝台に押し込んだ。そのまま自身もそれに続く。
望はたじろいだ。声にならない声で、何事か訴える。
「殿方には添い寝が有効とうかがいましたので」
「有効だけど有効じゃないというかそれ誰の入れ知恵だ? 水仙か?」
「諸先輩方のお知恵を統合しました。殿下がお疲れのご様子でしたので、どのようにすればいいかと助言を乞うたのです」
蝋梅の背後に、星守の塔のさして多くはない先達の顔が浮かぶ。同年代の面子から、年上のお姉さま世代まで。皆一様にサムズアップしているような気がするのは望の気のせいか。
諸先輩方を背負った当人は、少し悲しげに寝台から降りようとする。
望はその腕を掴んで引き留めた。
「いや、そのままでいい。……ちゃんと、有効だから」
終わりの方になるにつれて、声はぼそぼそ、小さくなる。
が、蝋梅はそれを拾い上げた。
「よかったです。殿下のお役に立てたなら」
自然と顔がほころぶ。すると、向かい側はほんのり春色に染まった。
こうして近くで眠るのは、本当に久しぶりだ。蝋梅は、きゅっとも目も口も閉じて眠りに移行しようとする望を見つめる。
まだ十にも満たない小さかった頃。怖い夢にうなされる蝋梅の手を、握ってくれたものだった。
布団の中で、そろそろと蝋梅は手を伸ばす。ほんの少し離れたところにあるその手の先に、指を絡めた。驚いたのか、手が微かに震える。
記憶の中で柔らかかった指は、今は骨ばってがっしりしていた。いつも漂わせている、清涼感のある花の香り。広くなってきた肩幅。
それに気づいて。蝋梅の鼓動が急に跳ねた。
(あれ……?)
何だか体温が急上昇してきた気がして、蝋梅は顔を掛布団で隠した。