39・幕間
無数の円環が走る中、数えきれないほどのきらめきが散りばめられている。きらめきの一つは、その異空間への来客を察知して、姿を現した。
来客はうやうやしく異国式の礼をする。きらめきのさらにいくつかも、その様子に姿を見せた。
一つが大きく嘆息する。
「ああ、愚かなことよ。それが堕ちた神の姿か」
異境からの来訪者。出で立ちが違ってくるのは当然のこと。そんなことで驚いたりはしない。問題は、その衣がどす黒い焔で燃えているということだ。焔の正体は、彼らの目には明らかだった。
呪。
呪。
呪。
内から噴き出すそれが、衣にまで姿を変えている。髪も腕も足も、触れればそれに侵食されてしまいそう。ただ、花のようなかんばせは美しいまま、にこやかに微笑んでいるのがまた異質。
「そこまで堕ちてなお、何を為す」
冷ややかな声音に、焔は少しもひるまない。幾百、幾千もの星の神が集いし天球を、胸を張り優雅に見渡した。
「渾天におわす星の神々に申し上げます」
赤々と、唇と瞳だけが輝く。妖艶に。
「私は、あなた方をこの焔でもって燃やす気はございません。我が願いはこれらの殲滅。これらの絶望。それ以外は手出しはいたしませぬ。しかれども、その準備のため、星の神の子の視界を乱すのをお許しいただきたい」
玄玄たる黒に、溶け込むことを許さぬ焔は、演説の合間にもぱちぱちと燃えている。その燃える爪の先で、来訪者はある小さな星たちを指し示した。晶華に集いし、幾つかのそれを。
「対価がなくば聞けぬな。我らは何の利害もない関係」
対価。赤き唇はにんまりと笑む。
「もちろん。あなた方にはわたくしの劇場で、最高の喜劇をご覧にいれましょう。堕ちた神と人との愛憎。晶華もそろそろ見飽きてきた頃でございましょう。それに、困難を目の前にした人間こそ、神へ祈りを捧げるもの。そちらさまの欲するものも手に入るかと」
確かにな、という呟きがどこかから漏れる。戦もひと段落して退屈だ、とも。黒き焔の主は、それらの声の方を目の端でみやった。ばち、と焔が爆ぜる。
「もし、もしもさらに神々の席を私の方で指定させていただければ、より楽しいものをお見せできるでしょう。私は人の夢の中で芸術を創作するもの。神々の前での公演は、これが最初で最後」
稀代の舞台俳優のような、堂々たる台詞回し。星の神たちはそれに聞き入った。その舞台に、一連の星が足を踏み入れる。
「しかしな、異境の神よ。なれば我々がより演目を楽しむために、演者を増やすのもやぶさかではあるまい」
玄い髪。玄い瞳。青年の姿をしたその星神は、冷徹な眼差しで、淡々と返した。衣には彼の星の絵姿が刺繍されている。北極星にほど近い、導の星。
「どこでどのように演じるか、そちらもわからぬ。より即興性のある台本ならば、そちらの創作意欲も満たせよう」
表情はぴくりとも動かさずに、七つの星の神は提案する。来訪者は、構いませぬと頷いた。
「ですが、邪魔だてなさるようでしたら、容赦はいたしません。たとえすべての神を敵に回そうとも」
赤き瞳は、呪いの焔よりも激しく燃え上がる。静けき玄になど飲み込まれはしないと。舞台俳優はいま一度礼をすると、瞬きする間に舞台から姿を消した。
観客と化していた星の神々は、ひと呼吸置いたのち、堰を切ったようにざわめきだす。
「あれらは、我々にとって信仰という力を得る糧。やすやすと討ち滅ぼさせるわけにはいきませぬ。今は我らへの信仰が強く、都合がいい。異境の神ですら、礼を欠かせぬ」
「さりとて我らが直接あの呪いに触れるのは穢らわしい。欲に爛れた怨念よ。魂魄も神力も権能も、すべてが呪と化している」
「そもそも天地が分かたれてより、神は直接人界に干渉せぬ。抑止力をどうするか。神の地位を捨てたとはいえ、あれは人の手に余る」
「あれほどまでに成り果ててしまったのはなぜだ?」
「愛、と細々したものらが呼ぶ感情でございますわ。それにほだされて狂ってしまったのです」
「神々の愛とは、また異なるもの」
「どうするつもりだ、北斗星君」
無数に散りばめられた星々の視線が、玄の青年に集中する。青年はすべてを飲み込むような玄で、刻々と廻る円環を見つめた。