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「眉間に皺寄ってますよ」

 霊符の様子を確かめながら、蝋梅は指摘する。望は腕組みして難しい顔をしていた。

「被害が広がっているからな。しかも、数日経っても何も手につかないときた」

 被害とはもちろん、例の美女のこと。

「魅了の術か何かでしょうね。たかだか恋煩いでそんなに重症化はしないでしょう?」

 望は横で袋から霊符を取り出す蝋梅を見つめる。しばし思案した後、首をひねった。

「どうだろうな」

「え、するんですか?」

 蝋梅はぱちくりと目を瞬いた。

「いや、俺じゃない。し、知り合いの話だ」

 丁寧に墓穴を掘ってしまった彼は、急ぎ他の名に書き換えようとする。作戦は成功したのかそうでないのか、ひとまず話題は逸れていった。

「とにもかくにも、今日、星守補佐が呼ばれてましたよ」

 話は変わったものの、いきなり星守さまの次点か、と眉間の皺は再び深くなる。星守に依頼するほど国家の大事ではないが。

「よほどの事態とみているようですね」

 蝋梅は懐から新しい霊符を取り出す。最後の仕上げ。書きつけた文字を念で辿るように力を込める。すると星冠を構成する星たちが、頭上でちかちか光った。

 その光は、望の空色の瞳にも映り込む。本当は昼間にも存在している星々。それを表しているように。

 眉間の皺が、自然と緩む。

「……一緒にくるか? 宮殿の中なら許しも出るだろう」

「どちらに?」

 蝋梅が気を逸らすと、光は花火のようにやがて消えた。

「犯人探し。一人でいると、口説きにきたと勘違いされる可能性があるからな」

「それはなんというか……大変ですね」

「俺に寄ってきてるんじゃない。第二王子の肩書きに惹かれてるんだ」

 晶華の王子は二人きり。自由枠である妾の椅子を巡って、数少ない機会をものにしようとしているのだ。激戦必死。当人もよくわかっている。

「人避けにお供いたしましょう」

「許可はとっておく。また後でな」

 そう告げると、来た時より幾分軽やかな足取りで、望は去って行った。




 今宵の月はもうだいぶほっそりとしていて、お出ましも遅い。その中を橙の小さな灯りが二つ、寄り添いながらやってきた。望と蝋梅だ。

 星冠も夜空のそれと同じように輝いているのだが、目立たぬよう望の大きな上衣でくるまれていた。

 来ないな。来ませんね。そう吐息ほど小さくささやき合う。ただしそれは睦言へは発展しない。

「殿下、敵地に向かわれるのは危険ではありませんか。供の者もいないじゃありませんか」

 灯りは二つきり。続くものは一つとしてない。

「被害者をいたずらに増やす気はない」

 きっぱりと望は言い切る。

「そうですけど。殿下が術にかかったらどうするのです」

「お前が解いてくれるだろ」

 目の端で蝋梅を見ながら、この王子は言ってのける。

「……おまかせください。有事の際は、全力で張り手を叩き込みます。必ずや正気に戻してみせましょう」

「えっ、物理攻撃?」

 思っていたのと違ったらしい。望は面食らった。

 と、少し先で戸を開ける音がした。望は素早く蝋梅を後ろにやり、自らも死角に隠れる。

 こそりとそこから覗くと、流れるような優雅な所作で、部屋から長身の男が姿を現した。薄暗いがそれでもわかるくらい顔立ちが整っている。

 次はいつに、と別れを惜しむ女の儚い声が続いた。

「蝋梅、見るな」

 第二王子はその強権をふるって、お供の視界を塞ぐ。

「何をおっしゃいます。見なければ容姿がわかりません」

 望の手をどかそうとするが、存外込められた力が強い。

「お前が惚れたら大変だ」

「イケメンなら、殿下で見慣れてますから問題ありません」

 想定外の返しに、美辞麗句流しはお手の物のはずの王子も、一瞬二の句がつげなくなる。

「もう一回聞かせてくれないか」

「問題ありません」

「そこじゃない」

 そんな問答をしているうちに、廊下はまた月明かりだけになっていた。物音と言えば、猫が屋根をてこてこ歩んでゆくばかり。

 不覚、と望はうなだれた。

「どこぞの貴族の子弟でしょうか」

 望はかぶりを振る。

「いや、知らない顔だ。一応、交流のある顔はひととおり頭に入っているはずだが」

 腕組みする横で、蝋梅は先程男が出てきた扉を潔く開けた。甘ったるい菓子のような香が部屋の中から漏れ出てくる。

「すみません、先程こちらの部屋から出てきた男について聞きたいのですが」

「そんな直接聞いちゃう……?」

 単刀直入。後ろで望がはらはらしながら見守っている。が、中から返ってきたのは驚くほどゆったりとした返事。

「男? 何のことです?」

 慌てて隠したふうではなく、まるで最初からそんな人物など存在していないかのように。女は口元を袖で覆う。

 いささか乱れた寝衣に、紅梅の衣を羽織っているのが、いかにも妖艶だ。目元は言葉とは裏腹に、熱っぽく潤んでいる。その奥で、ちりんと微かに鈴の音がした。

「風もないのに風鈴のような音がしましたが、誰かいるのですか」

 ああ、と女は頷く。

「猫を飼っているのです。人懐っこいのですが……慣れない人で怯えているのでしょう。もうよろしいですか。夜の陰気が体に障りますので」

 返答を待つまでもなく、ぴしゃりと扉は閉められた。二人は顔を見合わせる。

「見事に何もしゃべらないですね」

「まあ、もし仮に得体の知れない男を引き入れているとしれたら問題だからな。黙って当然だろう。……しかし、あれは魅了されているな。兵たちと同じような眼をしていた。どろりとしたような」

 頭痛の種が増えて、望はこめかみを押さえる。

「同じ手口のものが二人なのでしょうか。それか、男装或いは女装しているのか」

「ただでさえ厄介なのに、二人もいたら困る。ともかく報告して一度術を解いていただこう。蝋梅からも口添えを頼む」

 望はそう結論付けた。


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