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主だった祭祀もひと通り終わり、歓談する人々をジト目で睨む者がいた。夜に爛々と輝いていたはずの瞳はいまや濁り、毛並みはくたりとしている。
「浮かれちゃってまあ。こちらは誰も口説けなくて辟易してるっていうのに、嫌なものですねえ。今日だけでも外してもらえません?」
そう恨み言をつらつらと述べるのは、しっかりと首輪をつけられた金華猫。主だった面子が塔を出るので、光栄にも花朝節に参加できることになったのである。今のところ、星守の天幕で置物になっているだけだが。
「自業自得よ。だいたいあなたが出てきたら、大混乱よ」
宮殿内で男女見境なく、その魅了術でもって混乱に陥れたのは記憶に新しいところ。
「それもそうでした。会場の視線を独り占めして、イベントが成り立たなくなるところでしたねえ」
捕まりこそすれ、その口は達者なもの。自身も被害にあった水仙は、尻尾を掴んで逆さ吊りにした。
「しかし、あちらの王太子殿下は、私並みに浮名を流している方でしょう。いいんですか。貴女の大事な学友に近づけて」
視線の先には、百合や蝋梅に話しかける王太子の姿。
水仙は騙されかけたが、一応動物の鼻は誤魔化せないらしい。あれは“いつもの”ではありませんよと看破していた。いつもの、とはいつも蝋梅のところに入り浸っている方の、という意味らしい。
「いいのよ。ずっと憧れていたんだもの。これくらいバチはあたらないでしょ」
「へえ、いつもの方には、あまりいい顔をしないくせに」
水仙は顔を顰めた。
「そうじゃないのよ。でも、いつか他の人と結ばれるのにって思うとね。あんまり近づきすぎて、蝋梅が辛い思いをするのは見てられないでしょ」
だんだんと、表情は憂いを帯びたものへ変わってゆく。
「まあ、塔から出られない人間を、愛妾にはできないでしょうからねえ。禁断の恋、なんて美談を作り上げるのが関の山。それにしては素直すぎるくらいの好意でしたが」
金華猫は、実際に相対した夜を思い起こす。部屋を跨いでもわかるほど、ぎらぎらとした刃のような敵意を、金華猫に向けていた彼。
「愛妾は、できないわけじゃないのよ。まだ見習いの機密を知らないうちなら、王族や、ひと握りの貴族に下げ渡されることがあるって記録に残っているわ。でも……陛下はお許しにならないでしょうね」
なぜです、と金華猫は首を傾げた。
「……陛下は星守様を、憎んでいるのよ」
ぽつりとこぼすように、水仙は口にする。今度は金華猫が眉間に皺を寄せた。
「その噂、私も気になっていたんですよ。先の戦では、星守の的確な未来読見で勝てたのでしょう。自分の手柄にできなくて嫌だとか、器の小さいことを言う王なのですか」
水仙は、辺りを見回した。皆、花を愛でるのに夢中で、二人に注意は向いていない。水仙は、猫を抱き上げた。
「陛下は、先の王妃が亡くなったのが星守りさまのせいだと思っていらっしゃるようなのよ」
抱き上げる腕に、つい力がこもる。
「病死という話だと聞いていますが?」
金華猫の声は、常より低い。
「私もよ。でもどういうわけか、星守のせいだって触れ回ってるそうなのよ。でも、大局を見て時には諌めねばならないのも星守の役目。憎まれることもあるって、星守さまは割り切ってらっしゃるそうだけど」
水仙は唇を噛んだ。本当だとすれば、星守と王の在り方が揺らいでしまう。暗い気持ちが、沈黙を引きずる。
それを破ったのは、金華猫。
「この話はここまでにしましょう。水仙、あれは許容範囲ですか」
金華猫の示す先を見れば、王太子の去った後に、幾人かの貴族の青年たちが花を持って近づいてきていた。みな良い身なりで、しかも美青年。
「あら目の保養」
言うが早いか、水仙は猫を離してイケメン貴族に吸い寄せられてゆく。金華猫も呆れた眼でそれを追った。