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「あいもかわらず美しい舞よ」
興奮しきった声で、王は椅子から立ち上がる。王太子から妃の手を取ると、みずからの席の横へ座らせた。
光栄です、と柘榴は鈴の鳴るような声で述べる。
「そなたの身体が保つなら、毎日愛でたいところだがな。残念だ」
その巨躯は、戦場にあっては自ら槍をふるい、狩り場にあってはライバルとなる虎を打ち倒すほどと噂されるに相応しいものだ。簡易な椅子に腰を下ろすと、近くに控える息子たちに目を向ける。
「朔も望もよき剣舞だった。昨年より気合いが入っているんじゃないか」
二人はそろって首を垂れる。王は顔を上げさせると、近くに座るよう促した。
一連の祭祀を終え、酒や肉が目の前に運ばれてくる。なみなみと注がれた酒を、王は機嫌良く飲み干した。
「先日の騒動の件、大義であったな。後宮の妃たちも感謝しておったぞ」
望の方へ膝を向け、父王は語りかける。
「いえ、私だけの成果ではありません。星守の塔の者と協力してのこと」
望は畏まって返した。
「ああ、例の娘か。お前が下げ渡してほしいとかいう。今日は来ているのか」
「はい。末席の山吹の衣です」
身体を揺すって、王は星守たちのいる天蓋の方に目をやる。望もそちらを向いた。塔の中で一番年若い蝋梅は、端に席が設けられている。目で辿っていくと、長い髪をいつもより華やかに結い上げて、望の贈った服を纏った彼女がいた。
「有用な娘です。これまでに何度も私とともに些事から大事まで解決しておりますでしょう。家柄も後見もないなら、我らに有用であることを示せ、という命でしたよね。もう十分だと思いますが」
王の関心が向いているうちに、望は畳みかける。しかし王はあまり興味が向かなかったようで、一瞥しただけで定位置に戻った。
「まあ待て。正妃より先に妾をとるわけにいかん。そこな娘たちはどうだ。どれも花神に愛される娘たちだぞ」
逆方向を示す父に、望は表情はそのままに、ただし強い口調で突っぱねた。
「花神に愛されているのであれば、私の出る幕はありませんね。愛情深い父上なら、私の考えるところもよくおわかりでしょう。妾をいたずらに増やさずにいらっしゃるのですから。それに、彼女は正妃として迎えるのです。妾ではありません」
またか、と言わんばかりに、王は口をへの字に曲げた。食事が山ほど運ばれてくる音だけが、しばらく響く。それを遮ったのは、様子を見守っていた柘榴。
「相手の方とはとても愛し合っていらっしゃるのね。素敵なことだわ」
にっこりと、ことさらに場を和ませるように微笑んで。王の方を、そして望の方を見やる。それに望は面食らった。愛し合って、はいない。残念ながら。
「え、」
「え?」
不意打ちに、つい変な声を上げてしまう。マズい、と急いで表情を取り繕った。
「ええ、そうですとも。そうですとも。では私は回るところがありますので」
これでもかという笑顔でそう言って、脱兎の如くその場を抜け出す。すると、兄も後に続いてきた。話の聞こえないところまで離れると、弟を小突く。
「お前、片想いのくせによくやるよ」
うるさいな、と望はむくれた。
「好きだけど妃にはできませんじゃ意味ないだろ。それじゃただのお遊びだ。そういうお前はどうなんだよ。取っ替え引っ替えして。方々から、お前に取りつげって言われるんだけど」
「ん? 僻みか? 妬みか?」
兄は、にやりと唇を三日月にもたげてみせる。違うわ、と望は思い切りねめつけた。