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花朝節は、花の神に春の訪れを祝い、豊穣を祈念する祭だ。具体的には、城外で大勢で花見をし、供物や舞、歌を捧げる。
王が取り行う祭祀ということで、星守の塔の人間も外に出られる、数少ない機会だ。兵たちが辺りを警戒する中、晶華の主要な貴族たちが自分の席で、中央に設置された舞台と、そしてそれより一段高いところで見下ろす王族たちや星守の塔の一団を仰ぎ見ていた。
特に観衆の注目を一身に浴びるのは、もちろんこの国で王と並び立つ、いやそれ以上とも言われる、星守。
流れる黒髪に陶器のような白い肌。豊かな睫毛の奥の、夜空を映した瞳。座る姿は、その名のとおり大輪の牡丹のよう。
「いつまでも変わらぬ美しさよ」
「見習いの時には、王族や許可された者以外の男の立ち入りを許さぬ星守の塔に、男という男が殺到したとか」
「それでいて実力も伴ってる。今の繁栄はあの方の導きあってこそだ。珠を滅ぼした時も、覇との競り合いも、あの方のいうとおりにしていれば負けなしだっていうじゃないか」
貴族たちの話が遠慮なしに飛び交う。下世話な話がほとんどだが、蝋梅にしてみれば初めてのこと。物珍しさでいっぱいだ。これほどまでに貴族というものはたくさんいたのか、とあたりを見回していると、水仙に袖を引かれた。
舞台ではやがて、神に捧げられる演目が始まる。貴族の娘たちの舞、そして王子二人の剣舞。
「まあ、王太子殿下の華やかなこと」
娘たちから黄色い歓声が上がる。王太子の目線がどこかに飛ぶたび、その方向で娘たちが胸を押さえて卒倒した。
蝋梅はその王太子と鏡合わせになるように動く望の姿を追う。衣装を着こなし、宝剣を手に舞う姿は、普段とは違った凛々しさがある。思わず目を細めた。卒倒まではいかないものの、胸にくるものがある。
音楽と共にぴたりと舞を終えると、視線の先の彼は顔を上げた。ばちりと目が合ったような気がして、蝋梅は思わず身体に力が入る。
(まさか、気のせいだ。こんなに人がいるんだから)
下がっていく望を見送りながら、蝋梅は自分に言い聞かせる。だいたい、目が合ったからどうだと言うんだ。たまたま目線がかち合っただけで因縁をつける相手と変わらない。そんなことを考えていると、再び貴族たちの声が届いた。
「女癖はあんまりだが、何事もそつなくこなす王太子殿下。あちこち遊び歩いているらしい第二王子殿下。王位はどちらに行くか明白なものだ。舞は無難にこなしていらっしゃるが」
蝋梅は話の主の方向に、凍てつく眼差しを送る。
「殿下の舞はお美しいですよ。控えめなのは、王太子殿下を立てていらっしゃるのでしょうに」
「もー、怒らないの」
聞こえはしないくらいの声量ではあったが、抑えた声で水仙はたしなめた。
「殿下のことになると強火なんだから。ま、後でそのお美しい舞でしたって感想だけはお伝えしなさいよ。きっとお喜びになるわ。それより」
水仙は舞台の方を袖で示す。
しずしずと、中央に進み出てきたのは王の寵愛を一身に受けているという妃・柘榴。奥の天幕の下に見える王よりも、ひと回り歳の頃は下か。見るからに儚げな美女だ。
亜麻色の髪に、ほっそりとした肢体。凛とした強さのみえる牡丹とは、また異なる美しさだ。
しかし、しなやかな腕を伸ばして、楽隊の奏でる曲と共に舞い始めると、その雰囲気は一変する。時に力強く、時に繊細に。翻る衣の先までも魂が通っているかのような動きを見せる。
あれほどまでにかしましかった貴族たちも口をつぐみ、誰もがその舞いに目を奪われていた。それは曲が止み、柘榴が一礼するまで続いた。破ったのは、王の拍手。それを機に、会場は拍手喝采に包まれた。
このような、随一の舞姫の舞を奉納せずして豊作は得られまい。
まさしく天女のよう。
みな口々に感激し、中には泣き出す者までいた。
席へ戻ろうとする柘榴に、王太子が手を差し伸べる。それはとても自然で、柘榴も当然のようにその手をとった。
「王太子殿下も、献身的でいらっしゃること」
また貴族たちは、もとのようにおしゃべりを始める。
「小さい頃から自分の子のように可愛がられてたって話ですものね。はじめはどうなることかと思ったものだけれど」
王太子は、妃の背を支えるようにして戻ってゆく。確かに双子だけあってよく似ている。濡羽色の黒髪も、背丈も。これまで、遠眼鏡でしか見たことがなかったその背を、蝋梅は見つめる。
(名は確か、)
朔。そう百合が愛おしげに呟いていたのを、思い出した。