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彼女たちの在籍する星守の塔は、晶華の国の要とも言える場所だ。ここにいるのは、星の神の加護を受けた者だけ。
その証とも言えるのが、星冠と呼ばれる代物だ。彼女たちの頭上に浮いているそれは、無数の小さな鉱石から成っていて、丸みを帯びたものから星型まで、色や形、大きさもさまざま。多くは天使の輪のような光輪の上に規則的に配置されていた。
彼女たちが与えられた加護とは、この星冠を通じて、星の並びから未来を読み取る能力。
この能力で吉凶を占い、度重なる凶事や他国の干渉を躱して、晶華は大国となった。ゆえにこの国には、頂点である王と同格、あるいは王すらも頭の上がらぬ星守という役職が存在する。
星守は王と同じくただ一人。星冠を持つ者の中でも特に秀でた者が選ばれる。それ以外は星守の補佐や、年若い者は国家の大事に当たらぬ占いなどで修行を積んでいた。
「恋愛成就の霊符が欲しいの! 即効性のあるのにしてね」
「わたくしは何色を纏えば運気が上がるの?」
「今日はいいことあるかしら」
女官たちは修行にやってきた星守見習い三人に、半ば詰め寄る。相談する姿勢が前のめりだ。月に何度か、見習いたちは女官たち相手に占いや霊符の依頼を受ける、いわば実践演習の場が設けられている。星の加護の恩恵を受けた霊符は、こういう機会でもなければ手に入らず、直接占ってもらうことも中々できないので、いつも盛況ではあるのだが。
「何だか皆さん、今日ぎらぎらしてません?」
さすがの百合も引き気味だ。人数は普段の三倍くらいいるように見えるし、依頼は矢継ぎ早に積み重ねられる。しかし伏魔殿である王宮勤めの女官はなんのその。してませんわよね、そうそう、と軽やかに躱していく。
「得体の知れない美女はでたとか聞きましたけど、次はイケメンでも出たんですか?」
蝋梅の問いにも揃って、
ええー、知りませんわ。花朝節前ですもの。今年は皆さん気合いの入ってますわねー。
そんな中ひとり、静かにこの集団を観察している者がいた。水仙だ。賢者のような顔つきで、猛牛を捌いていく。そうして星守りの塔に戻ってくると、愛用の遠眼鏡を取り出して構えた。
「何見てるの?」
三回くらい逡巡したのち、ようやく百合が尋ねる。水仙の目が鋭く光った。
「あれはきっとイケメンよ」
揺るぎなく断言する。一体どこから来る自信なのか。しかし彼女はどこ吹く風。
「女官たちは誰か狙ってるに違いないわ。牽制しあうほどの上物をね! 目の保養を我が眼に! 見られるかどうか占って百合!」
「そんなしょうもないことを?」
彼女たちの目指すのは、国家の大事を占う星守である。しかし、水仙は譲らない。
「だって百合が一番上手いんだもの!」
拝み倒しに倒すと、遂に百合は根負けした。
「……吉凶だけよ」
襟元を、姿勢を百合は正す。肺を満たすように、大きく息を吸い込んだ。きら、と頭上の鉱石がきらめく。
「星冠の縁により、請い願う。我が渾天儀に、今より未来へとその星標を示さんことを!」
声と共に光輪が大きくなり、百合の周りを回り始める。星は目まぐるしく行き交い、行き着く先で結論を告げる。
「凶ね」
「えーっ!」
端的に結論を告げると、水仙はその場にへたり込んだ。ぼそぼそと、目の保養がとか八頭身のちょっと俺様系男子の供給が欲しいとか呟いている。背後から、影が忍び寄っているとも知らずに。
「こら!」
影の主は張りのある声で一喝した。
「星の観測・記録はれっきとした仕事だぞ! 心してかかる!」
般若のような表情で仁王立ちしているのは、三人の指導教官でもある星守補佐、菊花。
「きゃーっ!出たーっ!」
水仙は飛び退く。しかしすぐに首根っこを掴まれた。
「出たじゃない! 日が落ちるのは早いんだぞ! さっさと準備!」
「はーい」
三人は鬼教官の監視のもと、仕事にとりかかった。