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 星守の塔に向かうと、窓辺で蝋梅が本を読んでいるのが見えた。星明りの邪魔にならないくらいの、山吹色の淡い光に照らされている。それは、夜に目じるしとなる星のようだ。つい、歩みが早くなった。

 静かに扉を開けると、いつもと違い、すでに寝衣に着替えた彼女が出迎える。とかれた髪がさらさらと溢れるさまに、望はつい相好を崩した。

「昼間、少しは休めたか?」

「殿下こそ。寝ていらっしゃらない顔ですね。術はもう残っていないようですが……」

 言いながら、蝋梅の冷えた指先が望の手に触れる。

 それにどうにか熱を移そうと、自身の指を絡めた。しかし、冷え切った夜にすぐにそれは叶わない。まどろっこしくて、抱きしめたい衝動で頭が心がいっぱいになる。身体の熱ごと全部共有できたら、どんなにいいか。しかし。なけなしの理性で、望は煩悩を脇へやる。

 後ろ手に扉を閉めると、懐から簪を取り出して手渡した。繊細な金細工で、同じ名の花が形作られている。小ぶりの花びらは、派手さはないが丁寧な仕事ぶりが見てとれた。

「綺麗ですね。これは?」

「依頼の礼だよ。今度、初めて花朝節に出るだろ。花飾りが必須な行事だからな」

 蝋梅があまり華美なものを好まないたちなのは、望もよくわかっている。装飾性と必要最低限のすれすれのところで用意したつもりだ。

「ありがとうございます」

 蝋梅の顔が、咲きごろの花のようにほころぶ。普段見せない姿も相まって、破壊力が高い。

 望は頬が熱くなってくるのを感じて、誤魔化すように、手にしていた包みを机の上で広げた。

「これ、例の最初の被害にあった兵がな、礼だって」

「礼?」

「昼間、相手のところに行ったんだ。もう金華猫の噂は、城下にも広がっていたからな。本意じゃなかったんだって話したんだよ。彼女も少し落ち着いたみたいでな。考え直すそうだ。……ああ、菓子がみっちり詰まってるな」

 ごろごろと、饅頭や揚げ菓子が溢れてくる。どれも美味しそうな色艶のものばかり。

「お優しいのは、殿下の美点です」

 さっそくいただきましょうと、蝋梅は、部屋の奥へ皿やら蓋碗を取りに行く。その間に腰をおろして、椅子の背にもたれかかると、どっと疲れと眠気が襲ってきた。

 色々と課題も見えたけれど、ひとまず事件はひと段落。蝋梅も奴の毒牙にかからずに済んだ。思考を巡らして、何とか瞼を押し戻そうと抵抗するも、抗いきれない。

「お菓子は明日にして、今日はもう休みましょうか」

 そう、柔らかな声が誘う。その声に言われるがまま、何とか寝衣に着替えると、奥の寝台に崩れ落ちた。蝋梅と同じ匂いのする布団に、幸せな気持ちになる。

 布団の中に押し込められながら、望はその呼び慣れた名を呼んだ。

「蝋梅」

「はい」

 呼べば返ってくる声。つい、口元が緩む。緞帳のように降りてくる瞼の隙間から、その姿を覗く。一秒でも長く、目に焼き付けるために。

「ホントはいつも、こうしていたい」

〝こう〟? と彼女は首を傾げて、聞きとりづらかったのか耳を側に寄せる。更なる薫香が望の鼻をくすぐった。これはもう、魅了術だ。望は無意識に衣を掴んで、蝋梅を引き寄せる。

「帰ってきたら、蝋梅がいてくれるのがいい」

 艶やかな髪に頬を寄せ、もっととせがむように背に手を回して抱きしめた。匂いも感触も、全てから愛おしさが込み上げてくる。

「殿下、あの……」

 声が甘く聞こえるのは、気のせいか。しかし、残念なことに眠気が強すぎて、その後の返事は聞けなかった。


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