15
望は、雨の日も風の日も、蝋梅の元へ顔を出した。そうして、他愛もない話をして帰ってゆく。
昨日何をしていたとか、何を食べたとか。蝋梅も、問題ない範囲で自分の話をした。
「今日は、午後から雨が降ります。濡れませんようにご用意を」
「あのさ、その挨拶がわりのそれ、何だ? 占いの本じゃないんだからさ。有難いけど」
塔に来てしばらくしたある日。ついに望は尋ねてきた。
「用もなしに来られる方がなかったので、何をしたらいいのかと考えた結果です」
そう返すと、望は口を尖らせた。
「俺は友になるって言っただろ」
「……友とはなんでしょう」
蝋梅は首を傾げる。村ではいつも小屋の中で一人だったから、よくわからない。
すると、そうかそこからか、と彼は頭をかいた。
「何でもないことを一緒に楽しめる人かな」
何でもないこと、と蝋梅は反芻する。が、それでもよくわからない。
「蝋梅は、俺がくるのは嫌か」
そっと、手に触れた感触を思い出す。どろりとして居心地の悪いもの。あれは、彼の中にあるべきではない。
あれから毎日のように、落ち葉の一枚一枚を拾い上げるように、それを吸い上げている。いつまで続くかわからないけれど、これが自分にできることだから。
「いいえ。できれば来ていただきたいです」
「そうなのか? じゃあくるよ」
少しばかり嬉しそうに、望は笑んだ。それが蝋梅には、とても眩しく映った。手の届かない宝石のように。
――占いの仕方を教えよう。自分で身近なもので練習してみるといい。この後の天気とかな。
塔に来て何日めかに、菊花はそう言って星守の本業について指導した。身近なもの。そう言われてはじめに浮かんだのは望の姿。
(殿下はどのような道を歩むんだろう)
そんな、覗き見程度の軽い気持ちで。色々な分岐があると、菊花は教えた。確かに植物の根のように選択肢は広がっている。その中で割合しっかりと見えた未来は。
白将軍の後見を受けて。
蘭という婚約者がいて。
兵にも慕われて。
順風満帆そうだった。ああ良かった、と蝋梅はほっと胸を撫で下ろす。幸せそうだ。
ここから先は未熟さゆえかまだ見えないけれど、とりあえず災厄は見当たらない。ひとつ気になることと言えば、蝋梅自身の姿も見当たらないことだけれど。
(私は災厄を全部祓えたのかも。もしかしたら、全部持って消えられたのかも。そのために、星は導いたんだ)
幸せそうなら、告げなくていい。ただ、そうなるように背中を押すだけだ。
胸のうちに抱いた覚悟を、改めて確認する。
(私の命続く限り、引き受け続けましょう。今私を生かしているのは、あなたなのですから)