11
「ここが星守の塔だ。今日からここで過ごしてもらう」
堂々たる風情の女性が、張りのある声で告げる。
きらびやかな宮殿の奥深く、他から隔離された星守の塔と呼ばれるところに来て一番最初に通された部屋で、彼女は待っていた。鋭い眼光で、射抜くように少女を見てくる。しかしそれはけして心地の悪い視線ではなかった。しっかりと目の前の相手を知ろうとしているような、そんな感じだ。そして、頭上の星冠。
初めて自分以外のそれを見て、少女は目を見張った。本当に他にもいたのだと、妙な感慨がわく。
それは完成された美しい光輪のような形で、石も少女のものとは違って磨き上げられたように綺麗だった。
「私は菊花。年若い見習いの指導をしている。何かあったら私に言うように。して、名前は?」
横で、律儀にもひとりついてきた望が、躊躇いながら口を挟もうとする。が、それより前に少女は返した。
「ない。皆、呪いとか厄災の子と」
菊花の表情が強張る。が、それも一瞬のことだった。
「ならば、はじめに名を賜ろう。我らが星守からの贈り物として。滅多にないことだぞ」
彼女はすぐさま立ち上がると、裾を滑らせてどこかへ消える。しばらく待つと、滑らかな衣擦れの音が二つ戻ってきた。
扉から、はじめに菊花。続いてもう一人、優雅な身のこなしの女性が入ってきた。入ってくるなり、空気が変わる。少女は息を飲んだ。
どこか厳かな、神様を目の前にでもしたような心地だ。つい、その人物をまじまじと見つめてしまう。星冠は、精巧な金細工のようで、細い金の線が無数に放射状に発されている。散りばめられた鉱石は、宝石のようにさまざまな色のものが輝いていた。当人もそれに負けず劣らず、絵画から抜け出たような美しさだ。白く柔らかそうな肌に、熟れた桜桃の唇。眼差しは、少女の身体をすべて透過して、何もかもを見透かしていきそうなほど深い。身体を包むのは夜のような藍色の衣で、何か幾何学模様の刺繍が施されている。それは素人目に見ても、かなり上等そうなものだった。
少女も、道中綺麗に洗われ、手配された今までには考えられないようななめらかな服を着せてもらったが、それよりも数段格上だ。
呆けていると、脇で望が袖を引く。
「星守さまだ。頭を下げろ」
ちらと声の方を見ると、確かに深々と頭を下げていた。少女もそれに倣う。が、「よい、面を上げよ」と星守がそれを制した。
(この方が星守……)
星冠を持つ者を統べる者。晶華を導く者。
「この度はご苦労じゃった、望」
望は再び首を垂れる。星守は満足げに小さく頷くと、少女の方へ向いた。
「第二王子は、私の読見とった吉星を、見つけに行ってくれたのじゃ。それがそなたじゃったとはな」
するすると、裾が滑る。ほわりと花のようないい香りが、少女の鼻をくすぐった。
星守は、子どものように興味深げに、少女の星冠を観察した。前から後ろから横から。ひとしきり眺め終えると、大輪の花のように笑んだ。
「珍しい星冠じゃな。まだ成長途中の星じゃ。菊花のもと、しっかり力の制御を学ぶとよい。案ずるな。みなはじめは同じじゃ」
ころころと笑いながら、彼女は元の位置に戻る。
「さて、名があった方が呼びやすいの。私がつけるのもよいが、名はより縁が重要になる。望よ、道中相応しいものはあったか」
「相応しい、ですか」
少年は考え込んだ。
「名付けとは、責任あるものじゃ。名に込めた願いが彼女を構成する一部となる。彼女を見出したそなたが名をつけてやるとよい」
望はしばし思案して、口を開いた。
「――蝋梅」
少女は、懐に挿していたひと枝を取り出す。小さな山吹色の花の奥から、優しげな芳香が漂ってきた。その心は? と星守は続きを促す。
「道中香ってきたのです。初めて見るというので手折って渡したのですが……まさしく彼女のようですね。凍るような寒さの中、あたたかな光の色で春を呼んでいる」
少女は不思議そうに望を見つめた。それほど美しく、表現されたことなどない。
そんな、資格などこの呪われた身にあるのだろうか――そんな考えが先に立つ。しかし星守は、匂い立つような微笑みを向けた。
「知っておるかもしれぬが、晶華ではの、子がうまれると、その時期が盛りの花の名をつける。よく育ち、そして咲きほこれるようにと。そなたの名は、これより蝋梅じゃ」
「蝋梅」
自らの声で、反芻する。
「蝋梅」
横で、名付け親が優しく呼んだ。その音は、不思議とじんわり胸に染み入っていく。蝋梅は手にしていた枝をしっかりと握った。
(これが、私――)