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「化け物を連れて行ってくださるので……?」

 村の長は、少年のお付きの者が呼びにやると、村の重鎮たちを引き連れてすっ飛んできた。

 こんなの、村が災害にあった時くらいだ。目の前の少年は、だいぶ特別な存在らしい。寒いからと貸してくれた上着も、見たこともないほど丁寧な作りで、しかも何やらいい匂いがした。

 少年ではなく、年長の付き人が厳かに告げる。

「化け物ではない。これは星の加護の現れ。彼女には晶華の導き手である星守の素質がある」

 おお、と歓声が上がる。

 星冠は知られていなかったが、星守というのは彼らも知るほど有名なものらしい。これまでは刺すような眼差ししか寄こさなかった男たちが、急に媚びるような視線を、少女の方にまで向けてくる。

 報酬は、という声が聞こえてきたところで、少年が視界を塞いだ。

「痛かったら言ってくれよ」

 そうして、足を縛る縄を解きにかかる。が、逃がさないようきつく何重にも結ばれたそれは、解放を頑として拒む。他のお付きが代わろうとするが、彼はそれを手で軽く制した。

「好きな色は?」

「ない」

「何か食べたいものは?」

「特には」

「きみの私物はどこにある?」

「何もないわ」

「……そうか」

 後ろの醜い話が聴こえないように気を遣っているのだろう。会話が途切れないようにしながら、彼は小さな剣で縄を切りにかかる。しかしそれも一筋縄ではいかない。

 次第に少年の額に汗が滲んできた。

 ――逃げるな。お前が行くところには、災いが起こる。

 助けたいと思ったのだ。早く知れれば、逃げることができる。

 幸い、少女は悪い意味でその言動が注目される。耳を傾ける人は多かった。

(でも、それだって保身のためだ)

 災いを受けた人々は、少女にそれを移しに来る。逃げたと責められる方が、苦しみは少なくて済む。助けたいとか、そんな高潔な志なんてない。

 少年の剣の刃が、ぼろぼろになってゆく。向こうから、やっぱり呪われた子なんだよという囁きが耳に入った。道中で、殿下に災いが降りかかったら、村が潰されるんじゃないか? とも。

「私、行かないわ」

 静かに、少女は告げる。

「あなたにとって、この星冠が役に立つから、いい顔をするだけ。災厄を引き受けろって言うここの人たちと、変わりはしない。――私は早く消えてしまいたい」

 少年はついに手を止めた。しかし、すぐに別の剣を取り出すと、より強く力を込めた。剣には装飾が施されていて、実用的なものにはあまり見えなかったが、少しずつ縄は切れていった。

「約束する。星冠とは関係なく、俺はきみの友でいると」

 望は顔を一度顔を上げて、少女との目を覗き込む。屋根の切れ目からほんの僅かに見える、澄んだ空の色だ。少女は目を細めた。

(きれい)

 遥か彼方の空の少年は、なおも続ける。

「信じてもらえないだろうな。きみは僕のことを何も知らないのだから。だから、僕のこともきみに伝えたいし、きみのことも教えて欲しい。それから選んでくれてかまわない。少しだけ。少しだけチャンスをくれ」

 彼の言葉を少しずつ咀嚼していくように。少女は時間をかけてそれを飲み込む。

「変な人。そんなことしてもらう必要なんてないのに」

 そう返しても、望は優しく笑いかけた。

「自分のためだよ。このままきみを置き去りにしたら、寝覚めが悪い。それだけだ。それに、星守さまから、この破魔の剣をお借りしてきている。きみが気にする災いも少しは防げると思うんだ」

 小さく、少女は頷く。望は破顔すると、再び縄を切り始めた。今度は嘘のようにするすると剣が通る。ぼとりと黒ずんだ縄が床に落ちた。

「さあ、行こう」

 たすけ起こされながら、少女は一歩、また一歩と小屋の外へと向かった。肩にかけられた、彼の上着を握りしめる。

「あ、」

 見上げて少女は空に手を翳した。雨は上がり、彼の瞳と同じ色が、そこに澄み渡っている。

 ちらと横を見遣ると、同じ色の眼がそこにあった。


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