10
「化け物を連れて行ってくださるので……?」
村の長は、少年のお付きの者が呼びにやると、村の重鎮たちを引き連れてすっ飛んできた。
こんなの、村が災害にあった時くらいだ。目の前の少年は、だいぶ特別な存在らしい。寒いからと貸してくれた上着も、見たこともないほど丁寧な作りで、しかも何やらいい匂いがした。
少年ではなく、年長の付き人が厳かに告げる。
「化け物ではない。これは星の加護の現れ。彼女には晶華の導き手である星守の素質がある」
おお、と歓声が上がる。
星冠は知られていなかったが、星守というのは彼らも知るほど有名なものらしい。これまでは刺すような眼差ししか寄こさなかった男たちが、急に媚びるような視線を、少女の方にまで向けてくる。
報酬は、という声が聞こえてきたところで、少年が視界を塞いだ。
「痛かったら言ってくれよ」
そうして、足を縛る縄を解きにかかる。が、逃がさないようきつく何重にも結ばれたそれは、解放を頑として拒む。他のお付きが代わろうとするが、彼はそれを手で軽く制した。
「好きな色は?」
「ない」
「何か食べたいものは?」
「特には」
「きみの私物はどこにある?」
「何もないわ」
「……そうか」
後ろの醜い話が聴こえないように気を遣っているのだろう。会話が途切れないようにしながら、彼は小さな剣で縄を切りにかかる。しかしそれも一筋縄ではいかない。
次第に少年の額に汗が滲んできた。
――逃げるな。お前が行くところには、災いが起こる。
助けたいと思ったのだ。早く知れれば、逃げることができる。
幸い、少女は悪い意味でその言動が注目される。耳を傾ける人は多かった。
(でも、それだって保身のためだ)
災いを受けた人々は、少女にそれを移しに来る。逃げたと責められる方が、苦しみは少なくて済む。助けたいとか、そんな高潔な志なんてない。
少年の剣の刃が、ぼろぼろになってゆく。向こうから、やっぱり呪われた子なんだよという囁きが耳に入った。道中で、殿下に災いが降りかかったら、村が潰されるんじゃないか? とも。
「私、行かないわ」
静かに、少女は告げる。
「あなたにとって、この星冠が役に立つから、いい顔をするだけ。災厄を引き受けろって言うここの人たちと、変わりはしない。――私は早く消えてしまいたい」
少年はついに手を止めた。しかし、すぐに別の剣を取り出すと、より強く力を込めた。剣には装飾が施されていて、実用的なものにはあまり見えなかったが、少しずつ縄は切れていった。
「約束する。星冠とは関係なく、俺はきみの友でいると」
望は顔を一度顔を上げて、少女との目を覗き込む。屋根の切れ目からほんの僅かに見える、澄んだ空の色だ。少女は目を細めた。
(きれい)
遥か彼方の空の少年は、なおも続ける。
「信じてもらえないだろうな。きみは僕のことを何も知らないのだから。だから、僕のこともきみに伝えたいし、きみのことも教えて欲しい。それから選んでくれてかまわない。少しだけ。少しだけチャンスをくれ」
彼の言葉を少しずつ咀嚼していくように。少女は時間をかけてそれを飲み込む。
「変な人。そんなことしてもらう必要なんてないのに」
そう返しても、望は優しく笑いかけた。
「自分のためだよ。このままきみを置き去りにしたら、寝覚めが悪い。それだけだ。それに、星守さまから、この破魔の剣をお借りしてきている。きみが気にする災いも少しは防げると思うんだ」
小さく、少女は頷く。望は破顔すると、再び縄を切り始めた。今度は嘘のようにするすると剣が通る。ぼとりと黒ずんだ縄が床に落ちた。
「さあ、行こう」
たすけ起こされながら、少女は一歩、また一歩と小屋の外へと向かった。肩にかけられた、彼の上着を握りしめる。
「あ、」
見上げて少女は空に手を翳した。雨は上がり、彼の瞳と同じ色が、そこに澄み渡っている。
ちらと横を見遣ると、同じ色の眼がそこにあった。