ハウリング
「おおおおおおんん!!!!」
「ぎえええええええええ!!!!」
朝の通学路で、二人の高校生が互いに向かって叫び合っていた。この世界でこれはごく普通のことで、言葉を話す前に感情をぶつけるのが礼儀だった。叫び声は相手の性格や気分を表すもので、それに応じて更に大きい声で返すのがマナーだった。これらのやり取りは双方が叫び終わることで通常の会話に移行する。
「おおおおおおんん!!!!」と叫んだのは、鈴木太郎という名の男子生徒だった。彼は明るく元気な性格で、友達も多かった。 …しかし、彼にはひとつだけ悩みがあった。それは、自分の叫び声があまりにも"可愛らしい" ということだった。彼は男らしい声で叫びたかったが、どうしても高くて甲高い声になってしまっていた。彼はそのことでよくからかわれていたが、本当はとても恥ずかしくて嫌だった。
「ぎえええええええええ!!!!」と叫んだのは、佐藤花子という名の女子生徒だった。彼女は美人で成績も優秀で、学校のアイドル的存在だった。しかし、彼女にもひとつだけ悩みがあった。それは、自分の叫び声があまりにも"恐ろしい"ということだった。彼女は優しい声で叫びたかったが、どうしても低くてガラガラな声になってしまっていた。彼女はそのことでよく恐れられていたが、本当はとても寂しくて嫌だった。
二人は同じクラスで、顔見知り程度だったが、この日は偶然にも同じ時間に同じ道を通りかかった。二人は互いに気づき、礼儀として叫び合った。しかし、その叫び声は予想外のものだった。太郎は花子の声に驚き、花子は太郎の声に驚いた。二人はしばらく見つめ合った後、同時に笑ってしまった。それは、自分の悩みを分かち合えたような、心が通じ合ったような、不思議な感覚だった。
「あの、すみません。私の声、怖かったですか?」
「いえいえ、全然です。むしろ、かっこいいと思いましたよ。僕の声、男っぽくないですよね。」
「そんなこと無いですよ。可愛くて羨ましいと思いましたし。」
少しぎこちなく会話を進めながら、二人は顔を赤らめた。それから、趣味を話したり、学校のことを話したりした。
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そうしている間に二人は仲良くなり、毎日一緒に登校するようになった。…しかし、二人の叫び声はまだ変わっていなかった。二人はそれを気にしないようにしていたが、周りの人たちは二人のことを変わり者だと思っていた。
特に、校門の前で毎朝大声であいさつする「デカい声であいさつ部」という部活のメンバーたちは、二人のことを嫌っていた。彼らは自分たちが叫び声のプロだと思っており、二人の声は自分たちの声に敵わないと見下していた。
ある日、二人はいつものように登校していた。すると、校門の前で「デカい声であいさつ部」のメンバーたちが待ち構えていた。彼らは二人に向かって、挑発的に叫び始めた。
「おはようございます!!!!」
「今日も元気に叫びましょう!!!!」
「あなたたちの声は聞くに堪えない!!!!」
「もっと大きく叫べ!!!!」
二人は彼らの声に圧倒され、返す言葉もなかった。彼らは二人を見下すような目で見て、笑っている。二人は悔しくて 恥ずかしくて 泣きたくなった。そのとき、二人は勇気を出し互いに手を握った。そして、力を合わせて、最大の声で叫んだ。
「おおおおおおんん!!!!!!!!!!」
「ぎえええええええええ!!!!!!!!」
その声は、二人の声の個性が混ざり合って、新しい音色を生み出した。二人の声の強さが増幅される事で、圧倒的な迫力を放つ。その声は、二人の心を響かせた。その声は、誰も聞いたことのない、最高の声だった。
「デカい声であいさつ部」のメンバーたちは、二人の声に驚き、恐れ、敬服した。彼らは二人に謝罪し、賞賛し、仲間に入れてほしいと頼んだ。二人は彼らの申し出を受け入れ、笑顔で応えた。そして、二人は「デカい声であいさつ部」の一員となり、毎朝校門の前で登校してくる生徒に叫ぶという部活に参加した。それは二人にとって、ピッタリの部活だった。
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入部して一ヶ月が過ぎようとする頃、太郎と花子は校長室に呼び出された。彼らは不安になりながら、校長室に向かった。彼らが校長室に入ると、校長先生は笑顔で迎えてくれた。校長先生は彼らに褒め言葉をかけた。
「太郎君、花子さん、あなたたちの声は素晴らしいです。二人の声は学校の誇りです。あなたたちの声に私は感動しました。」
嬉しそうに話す校長先生の言葉に太郎と花子は驚いた。彼らは校長先生が何を言おうとしているのか分からなかった。そして、校長先生に尋ねた。
「一体、どういうことですか?」それに対し、校長先生は答える。
「二人には、特別な役割をお願いしたいのです。いきなりで申し訳ありませんが、今日の給食放送をあなた達に任せたい。二人の叫び声で給食のメニューを叫び上げ、全校生徒に伝えてほしいのです。そして、給食の放送を盛り上げてほしいと考えたのですが…やってくれますか?」
太郎と花子は校長先生の言葉に呆然とした。突然の事で考えがまとまらなかった二人は、校長先生に断ろうとした。少し間が空き、花子が先に口を開いた。
「校長先生、私には無理…だと思います。まだ自分の叫び声に自信が持てないのです。みんなに嫌われてしまうかもしれないと思うと不安なんです。」と、花子が俯く。それを見た校長先生は彼らに言った。
「いいえ、あなたたちはできます。君たちは、やればできる人たちです。自分の声に自信が持てなくても、二人で叫ぶのなら…自信を持てるのでは無いですか?」
太郎と花子は校長先生の言葉に押された。…と同時に、威圧感のある校長先生に対し彼らは逆らえなかった。そして二人は目を見合わせ、了承した。
「わかりました。やります。」
まだ迷いはあったが、やるしかない という気持ちになっていた。
「ありがとう、太郎君、花子さん。あなたたちは、私の期待に応えてくれると信じています。」
校長室を後に、二人は困惑の表情を浮かべながらも放送室へと向かった。
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彼らが放送室に入ると、放送委員の生徒たちが待っていた。放送委員の生徒たちは二人を冷たい目で見て、嫌味を言った。
「あなたたち、私達に変わって給食の放送をするんだって?」
「校長先生に気に入られたんでしょ?」
「あなたたち、自分の声でみんなを幸せにできると思ってるつもり?」
当然の反応だ、普段 叫ぶ事を生業としている僕たちが給食放送なんて…。生徒たちの言葉に反論できなかった。彼らは放送委員たちの言葉に屈しそうになった。しかし、再び彼らは互いの手を握った。そして、力を合わせて、最大の声で叫んだ。
「お"お"お"お"お"お"ん"ん"!"!"!"!"」
「ぎえ"え"え"え"え"え"え"え"!"!"!"!"」
その声は、放送室の中に響き渡った。その声は、放送委員の生徒たちの耳をつんざいた。その声は、放送委員の生徒たちの心を揺さぶった。その声は、放送委員の生徒たちの態度を変えた。その声は、誰も聞いたことのない、最高の声だった。
放送委員の生徒たちは、太郎と花子の声に驚き、恐れ、敬服した。彼らは太郎と花子に謝罪し、賞賛し、協力を申し出た。太郎と花子は彼らの申し出を受け入れ、笑顔で応えた。そして、太郎と花子は放送委員の生徒たちと共に、給食の放送をする準備に取り掛かった。
いよいよ給食の時間がやってきた。太郎と花子はマイクを手に取り、顔を見合わせる。二人は初めて叫び合った日の事を思い出した。相手の考えていることが不思議と分かる。彼らは互いに手を握った。そして、力を合わせて、最大の声で叫んだ。
「こ"ん"に"ち"は"、"全"校"生"徒"の"み"な"さ"ん"!"!"!"!"」
「こ"ん"に"ち"は"、"全"校"生"徒"の"み"な"さ"ん"!"!"!"!"」
空気が震える。
「今"日"の"給"食"の"メ"ニ"ュ"ー"を"お"知"ら"せ"し"ま"す"!"!"!"!"」
「今"日"の"給"食"の"メ"ニ"ュ"ー"を"お"知"ら"せ"し"ま"す"!"!"!"!"」
スピーカーが限界を超える。
「今"日"の"メ"イ"ン"は"、"カ"レ"ー"ラ"イ"ス"で"す"!"!"!"!"」
「今"日"の"メ"イ"ン"は"、"カ"レ"ー"ラ"イ"ス"で"す"!"!"!"!"」
お腹が熱くなり、喉が焼ききれそうになる。
「今"日"の"サ"ブ"は"、"サ"ラ"ダ"と"ヨ"ー"グ"ル"ト"で"す"!"!"!"!"」
「今"日"の"サ"ブ"は"、"サ"ラ"ダ"と"ヨ"ー"グ"ル"ト"で"す"!"!"!"!"」
互いに負けじと声を張り上げる。これで僕たちの役割は終わった。
…はずだったが、 僕にはまだやり残したことがあった。
「花"子"さ"ん"!!僕"は"!!あ"な"た"を"!!愛"し"て"い"ま"す"!!」
突然の絶叫告白に花子は驚愕の表情を浮かべ、咆哮をあげる。
「ぎ え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"/////"!!!!!!!!!!!」
今日一番の叫び声が、全校生徒の耳を破壊した。
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・・・彼女の絶叫の後、束の間の静寂が訪れた。
全校生徒たちは 耳鳴りが止まらない中、花子の返事を聞くため耳を澄ませる。
そして、花子は先程より大きな声で返事をした。
「 お"お"お"お"お"お"ん"ん"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"」
あまりの音圧に学校全体が揺れ、校舎の基礎がズレる。
…と同時に、太郎はこの絶叫が「私も好きです付き合ってください」
という意味を込めた絶叫だという事を超高速で理解した。
「ぎえ"え"え"え"え"え"え"え"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"」
僕はそれに反応するかのように大きな声で返事をした。
「 お"お"お"お"お"お"ん"ん"!"!"!"!"!"!"!"!"!」
「ぎえ"え"え"え"え"え"え"え"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"」
もはや二人は言葉を紡ぐ必要など無かった。「絶叫」という二人の意識は
やがて学校外にも届くようになった。
その声は、町に届いた。その声は、町の人々の耳をつんざいた。その声は、町の人々の心を揺さぶった。その声は、町の人々の態度を変えた。その声は、誰も聞いたことのない、最高の声だった。
町の人々は、太郎と花子の声に驚き、恐れ、敬服した。彼らは太郎と花子に拍手し、歓声し、応援した。彼らは太郎と花子に祝福し、賞賛し、愛した。彼らは太郎と花子に一緒に叫ぶことを約束した。そして、町の人々は一斉に叫んだ。
「 お"お"お"お"お"お"ん"ん"!"!"!"!"!"!"!"!"!」
「ぎえ"え"え"え"え"え"え"え"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"」
その声は、町から国に届いた。その声は、国の人々の耳をつんざいた。その声は、国民の心を揺さぶった。その声は、国民の態度を変えた。その声は、誰も聞いたことのない、最高の声だった。
国民は、太郎と花子の声に驚き、恐れ、敬服した。彼らは太郎と花子に拍手し、歓声し、応援した。彼らは太郎と花子に祝福し、賞賛し、愛した。彼らは太郎と花子に一緒に叫ぶことを約束した。そして、国の人々は一斉に叫んだ。
「 お"お"お"お"お"お"ん"ん"!"!"!"!"!"!"!"!"!」
「ぎえ"え"え"え"え"え"え"え"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"!"」
日本中の絶叫が世界に響き渡る。愛という名の咆哮が世界中の心を動かした。
その日は、夜が来なかった。 世界中の人々が愛を叫び 人々と繋がった。
月日が経ち、やがて人々の絶叫は 神へ届いた。
神は たった二人の人間から生み出された愛の伝播に大層困惑した。
それに呼応する様に 神も愛を叫んだ。
数多の生物に向け 自らの愛を ひたすらに叫んだ。