5.さぁ話をしよう
連れて来た男達が言うには、どうやら父様の政敵の仕業らしい。ただ翌朝には全員死体になってしまったので、証拠にはならなかった。
父様が私の警護を更に厳重にしたのは言うまでも無い。
今、部屋の中には、私とユーステアだけだ。
さっきから何か言いたそうに、ユーステアの口元がムズムズしている。
「何?」
「え?」
「言いたい事があるんでしょ?私も聞きたい事がある。」
「怒らないですか?」
「きっと怒る。」
「でも、言いたいです。なんで女の子に生まれ変わったんですか?それで、時々、地が出てたんですよね。女の子に生まれ変わってどんな感じですか?」
「2歳から始めたから、違和感は無いよ。それで、お前は?」
「私は2度目の生まれ変わりです。」
「2度目?1度目は何処に?」
「うーん。この世界とは全然違うところで、魔法の使えない世界でした。今いるこの世界は、その世界で遊んだゲームの世界に似ています。」
「ゲーム?」
「そうです。」
「もしかして、悪役令嬢?」
「そうです。そうです。ルイジェリア様も2度目ですか?」
「違う。お前の独り言で聞いた単語だよ。」
「そうでしたか。えーっと。そのゲームの中では、ミレーニア様は、悪役令嬢なんです。」
「悪役令嬢ってなんだ?」
「王子の婚約者ですが、主人公に王子が惹かれていくのに嫉妬し、主人公を虐めたり、危害を加えたりする令嬢の事です。最後は、その悪辣な行いを王子に咎められ、婚約破棄の上、罰を与えられます。」
「待て!婚約破棄はどうでもいいけど、罰ってなんだ?」
「色々ですが、このゲームの場合は、鞭打ちの上、平民落ちです。家族も爵位、領地を没収され、平民になります。」
「私のせいで、家族が?」
「そうです。」
「なんだその話は!それ以外の道は無いのか?」
「あります。」
「よし、言ってみろ。」
「主人公を助けに来た王子に切り殺されます。」
「切り殺される?死ぬのか?」
「そうですね。」
「家族は?」
「侯爵から男爵に落ち、減らされた領地に行くのですが、流行病で……。」
「死ぬのか?」
「はい。」
ふざけるな。父様が、母様が、兄様が死ぬと言うのか?
あんなに優しい人達が?
「主人公とやらを虐めたせいだと言ったな。関わらなければいいんじゃないか?」
「それは……分かりません。」
「だいたい王子が浮気したからと、嫉妬する気にもならないと思う。浮気相手と結婚したいなら勝手にすれば良い。」
「浮気……まぁそうですね。ゲームでは、2人は真実の愛を見つけた事になっています。」
「馬鹿な。婚約したまま、婚約者を蔑ろにして、他の女にうつつを抜かすのは、ただの浮気だ。誠実さの欠けらも無い、男のクズだ。何が真実の愛だ。ふざけるな!」
無性に腹が立ってきた。クズ男のせいで家族が被害に遭う?そんな事はさせない。
「ユーステア、そのゲーム、壊してやろうじゃないか。」
私を舐めるなよ。そんな馬鹿な話は潰してくれる。
手っ取り早く縁を切るには、婚約破棄だが、王家との婚約を一方的に断る事はできない。
「これからどうするつもりですか?」
「おいおい考える。まだ主人公とやらとも会ってないしな。」
「ゲームの舞台は学園です。」
「学園と言うことは、15歳からか。まだ9年もあるじゃないか。なんでもできそうだな。」
私はニヤリと笑った。いざとなったら、国を奪ってしまえばいい。そうすれば誰にも罰する事など出来なくなる。
「物騒な事を考えていませんか?」
「いや。」
国を奪えるだけの力をつけなければな。まずは、剣、魔法、そして、財力。更に人脈。
いっそ、私が他国に渡って姿を消すのもありかもしれない。その方が簡単そうだ。
ゲームが何だと言うんだ。私に喧嘩を売るとはなぁ。
私は久しぶりに体の奥から熱いものが滾ってくるのを感じた。
浮気者になるレイモンドとは、近しくなる必要は無い。
王妃教育も不要だが、勉強は重要だ。そして、人脈も。
私は未来に起こるその日に備えることを決意した。
******
ミレーニアが、王妃教育の帰りに襲われたとレイモンドが聞いたのは、事件から一週間も過ぎてからだった。
あの天使のようなミレーニアがそんな恐ろしい目にあったなんて。とても怖かっただろう。可哀想に。
レイモンドは自分の事のように胸が痛んだ。
月に一度会う日は、レイモンドにとっては、まるでご褒美のような一日なのだ。あの可愛い顔を間近で見つめ、鈴のような声を聞く。
本当は、もっと話もしたいし、月に一度ではなく、毎日でも会いたい。しかし、本人を前にすると、緊張で言葉が出てこないのだ。
それでも1ヶ月必死に悩んで、朝露のついた薔薇の花を摘むために一晩中起きていたり、絵本が好きと聞けば、絵師に習って、彼女の為に絵本を描いたりもした。
剣術が得意と聞いたので、今は、ドワーフの有名な鍛冶屋に短めの剣を作らせている。
本当は自分で剣を作ってプレゼントしたかったが、剣を打つ力が足りなかった。
やはりお見舞いに行きたいが、一目だけでも会えるだろうか。レイモンドは、自分の机の引き出しからひとつの物を取り出した。
これを彼女に贈ろう。