3.王子様と面会
数日後、第一王子と我が家で面会する事になった。
「ミレーニア、そんなに緊張しなくても、今日も可愛いよ。」
6歳児なのに、こんな台詞をサラッと言えるアンドレア兄様が凄い。私は、昔、恥ずかしくて言えなかった。
「兄様。」
「大丈夫。レイモンド様とは、兄様も親しくさせて頂いているが、良い方だよ。ね?」
「はい。」
扉が開いて、幼いながらも賢そうな男の子が、数人の人を連れて、部屋に入って来た。
「ヤバっ。まじレイモンド!子供の頃から美形。さすが推しだわぁ。」
前よりも更に小声になっているが、私には聞こえているよ、ユーステア。何言ってるのか、本当に分からないのだけれど。
「私はレイモンド・ハスラー。この国の第一王子だ。」
「ミレーニア・ドルイドでございます。」
ここ数日、母様にみっちりと教えられた通り、スカートの裾を軽く摘んで、ゆっくりと膝を曲げて挨拶をした。
皇帝だった頃、嫌という程に見た挨拶だが、これ程難しいとは思っていなかった。女性の立ち居振る舞いとは優雅に見えるほど大変なようだ。
これから自分は、これを身につけていかねばならない。母様が仰るには、これを身につけるのは、貴族令嬢の常識との事。剣を振っている方が、余程性にあいそうだ。
私の挨拶は、中々のものだったようで、王子がほぉと感嘆の表情を浮かべている。
2人で庭園を歩いてきなさいと、兄様に勧められ、庭園に来たものの、話す事など何も無い。
王子も自分からは何も話しかけて来なかった。
いつもなら、この時間はユーステアとの剣の練習の時間なのにと、つい思ってしまう。
「私は。」
王子が唐突に話し始め、私は彼に目を向けた。
話し始めた割には、王子は、私を見てはいない。じっと前を見据えているだけだ。
「私は第一王子として、いずれは王を継ぐことになる。私の伴侶となる者は、それを心に深く刻んで欲しい。」
「はい。」
何を求めているのかよく分からないので、とりあえず返事はしておいた。だから、何なのだ?
「それでいい。」
いや、待て。私も皇帝として国を率いていたが、こんな子どもに訳の分からない話をさせることはなかったぞ。
この王子、この変な台詞を誰に教わったんだ?
私は、既に婚約者に残念な想いを抱いてしまった。彼とは、親しくなれそうにない。
だがまだ6歳。もう少し長い目で見るべきだろうか?
結局、なんの会話もなく、私達は部屋に戻った。
その後、王子は、兄様と話をして、帰って行った。
正直、疲れて、無駄な一日だった。
夕食後、兄様に誘われて、部屋に行くと、マシュマロを浮かべたココアを用意してくれた。
最近、昔と違って、甘い物が好きになっていて、ココアは、その中でも一番のお気に入りだ。
猫舌の私には、少しだけ熱めのココアを、カップを両手で持って、冷ましながら飲むのは、貴族としては少しはしたないが、何故か落ち着いた気分になる。
「レイモンド様は、どうだった?散歩しながらお話をしたのだろう?」
兄様の質問にどう答えようか悩んでいたら、兄様が訝しげに首を捻った。
「もしかして、楽しい話ができなかった?おかしいなぁ、レイモンド様は、お前に会うのを楽しみにしておられたのに。」
「兄様、楽しみですか?本当に?」
「そうだよ。騎士団に稽古をつけてもらいに行く時にお会いするのだけれど、いつもお前の事を気にかけていらっしゃるよ。」
別人の話としか思えない。どういう事だろう?
「あれ?ミレーニア、一体どんな話をしたの?」
「分からないです。なんだか、伴侶の心構え?みたいな……。」
「伴侶の?え?それ、どういう事?」
私は兄様に請われるままに王子の台詞を覚えているままに話した。
「うーん。何だろうね。私にも分からないな。良い方なんだけど……。私も時々分からなくなる方だから。」
え?それって、変人って事?
「ミレーニア、誤解はしないであげてね。レイモンド様は、努力家で、とても勉強家な方なんだ。」
「……。」
「私からもお話ししておくので、次は普通にお話しできると思うから、嫌わないであげて欲しいな。」
悩みながらも頷くと、飲み終わったカップを受け取り、部屋まで兄様が送ってくれた。兄様の方がよっぽど、賢くて、優しくて、良い方だと思う。
その後、レイモンド様とは、1ヶ月に一度会うことになったが、やはり会話が弾むことはなく、私達の距離は縮まらなかった。
6歳になった私は、王城で王妃教育を受け、それ以外の分野を家庭教師に学ぶ事になった。
体を動かす事が好きな私にとって、楽しみは剣術の時間と、魔術の時間だ。
まだ体ができていないので、かつてのようには使えないが、それでも十分に楽しい。この体でも中級魔法までなら負担なく使える事もわかった。
年相応に見えるように控えめにしているので、少し物足りないが、そのうち上級魔法が使えるようになれば、隠れて練習もできる。
あと、少しの辛抱だ。