2.婚約者が決まったって?
私は、父様を思いっきり目を見開いて、凝視した。
このオヤジ、今、なんつった?婚約者?まだ5歳だぞ!
おぉ、いけないいけない。罵声が口からとびだしそうだった。
「父様、私が婚約?」
「可愛いミレーニア、婚約の意味が分からなかったかい?それはね、将来、お父様とお母様のように結婚する事を約束する事なんだよ。わかるかな?」
「家族になるの?」
はぁ、冗談だろ?誰とだよ。
「その通りだ。ミレーニアはお利口だね。お相手は、王様のご長男、第一王子のレイモンド様だよ。」
「王子様?」
まさかの王子。これは断れない。元王子の私には、よく分かる。そして、これから私は、王妃教育を受けさせられるから、王城に出向かなければならない。
つまり、彼女は、その護衛なのだ。
「どうした?ミレーニア、レイモンド様は、お優しい方だぞ。そんな悲しそうな顔をしないでおくれ。」
「父様……。」
父様は私を抱き上げて、いつもの様に頬ずりをしてくれたけれど、私の心は晴れなかった。
男と婚約。覚悟はしていたつもりだが、それでも、まだ、足りなかったようだ。
「今度、我が家でお会いする事になっている。良いお方だから、会ったらわかるよ。」
私は無言でこくりと頷いた。
できれば、王家とは関わりたくなかったのだが……。
部屋の中に護衛と共に取り残された。名前は、ユーステア。かなり優秀らしい。
そういえば、前世の私の護衛の中にも優秀な女性騎士がいた。ズケズケとものを言い、大酒飲みの女だったが、私が死ぬまで私の騎士として働いてくれていた。
彼女もそんなタイプだろうか?
そう思って彼女を見上げると、何やらブツブツと呟いている。なんだ?
「嘘でしょ。まさか、ミレーニア?悪役令嬢のミレーニアなの?え?ちょっとどうしよう……。」
悪役令嬢?それはなんだ?
「マジ?でも第一王子と婚約って……。わぁ最悪。」
おい、聞こえてるぞ。私は人より耳が良いのだ。
「ユーステア、ユーステア。」
こら、聞こえてないな!
「ユーステア!」
「は、はい。すみません、お嬢様。」
「ミレーニアです。よろしく。」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
「それで、悪役令嬢って、何?」
「へ?まさか……。」
「聞こえてた。全部。」
「す、すみません!!」
「それで、もう一度聞くけど、悪役令嬢って、なんだ?」
「……お嬢様、話し方が……。」
しまった。イラついて、地が出てしまった。
「なぁに?教えてくれないの?」
「少し説明しづらくて、また今度ご説明させて頂きます。」
悪役とつくところが、もう良くない話のようだ。
言う気がないのを無理強いしても隠されるだけだろう。ここは、自分の方が一歩引くしか無いかもしれない。
「ユーステア、今度、私にも剣を教えてね。」
「はい、お嬢様。6歳からは先生が正式に付かれるそうですので、それまで私が基礎をお教えします。」
「うん。お願い。」
満面の笑顔で返事をする。少し中身がバレてしまったが、まだ十分に隠せるだろう。
「今日は、良いお天気ですので、少し練習なさいますか?」
「良いの?」
「少しだけですよ。」
「ありがとう。」
裏庭に向かう所で、アンドレア兄様が教師に剣の指導を受けているのが、見えた。
ほぉ、なかなか筋がいいな。体の使い方に無理がない。自然体だ。
「お嬢様、どうしました?あぁ、アンドレア様の練習をご覧になっていたのですね?」
「うん。兄様すごい。」
「そうですね。良い太刀筋です。お強くなられるでしょう。」
「分かるの?」
「私も強いですから。」
少し、この騎士を見直した。変な事を言う奴だが、護衛としては悪くなさそうだ。
「では、木刀を持ってみましょう。」
私は、渡された木刀をいきなり振ってしまいそうになり、自重した。ミレーニアは、初めてなんだから、気をつけないと。
「そう、そこに親指、こちらに人差し指。そうです。剣が手から離れると危険ですからね、しっかり握って。そうです。」
教えられた通りに剣を握る。
「私の真似をして、剣を構えて。そうです。」
「言われた通りに剣を構える。」
「素晴らしいですよ。お嬢様。では、剣を上に構えて、ゆっくり正面まで降ろしてください。肘の力は抜いて……そうです。」
言われた通りにゆっくりと剣を動かす。懐かしい。
「ユーステアが剣を振るところが見てみたい。」
「うーん。分かりました。お嬢様がここまで触れるようになるのは、当分先ですよ。わかりましたね。」
「はい。」
ゆっくり、そして、徐々に速く力強く、ユーステアは木刀を持って、まるで相手がいるかのように剣を振り続けた。
この太刀筋。見るだけでわかる。彼女は、恐ろしく強い。そして、この独特な癖。僅かに剣先を揺らして、相手の剣を翻弄する技。
あの酒飲みのターニャと同じ……。まさか?本当に?