第六章 かたくなな斗和
数日後、潤也と相坂は約束通り喫茶店にいた。二人の様子は対照的だった。というのも、潤也はどことなくそわそわした感じだったが、相坂はどっしりと落ち着いて構えていたのだ。
「もうすぐ時間だね」
腕時計を眺めて、相坂はそう言った。
「そうですね」
と、潤也はそう答えた。
「斗和君は来るのかな?」
「来る、と思います」
その時、ウェイトレスの「いらっしゃいませー」という声がした。潤也と相坂は同時に入口の方を振り向いた。
斗和だった。制服姿ではなく、私服だった。それは潤也も同様なのだが。
斗和はキョロキョロと周囲を見渡すと、潤也を目にとめた。落ち着き払って座席に向かって歩いて来る。
潤也と相坂が座る席まで来ると、斗和は凍りついた。双子の弟の向かいに誰かが座っているのを見つけたのだ。
「やあ、アニキ」
潤也は立ち尽くす斗和にそう声をかけた。
「……誰だよ」
「え?」
「誰だよ、この人」
斗和は、わななく体を必死で押さえつけるように、そう言った。
「誰なんだよ、この人は!」
度し難い怒りを感じたのか、斗和は大きな声を出した。
「お、落ち着けよ」
今まで兄のこんなに狼狽した姿を見たことがなかった潤也は、胸中に驚きの波を感じながら斗和をなだめた。
「誰かが一緒なんて聞いてないぞ!」
「まあまあ落ち着いて。私はこういう者です」
年長者らしい落ち着きを見せながら、相坂は懐から名刺を取り出して斗和に差し出した。
出された名刺を受け取って一瞥すると、斗和の顔からみるみる血の気が引いていった。
「潤也、お前、まさか……」
「斗和、話を聞いてくれ。この人は味方なんだ」
「話したのか?」
「ああ。話した。洗いざらい全部な」
「お前、それがどういうことを意味するのか、わかってるのか?」
「大丈夫だよ、斗和。大丈夫なんだ」
「いいや、大丈夫じゃないね。お前はとんでもないことをしたんだぞ!」
「大丈夫、この人は言わないって約束してくれたんだ」
「そんな口約束あてになるもんか!」
「まあまあ、落ち着いて」
相坂が、言い合う二人の間に割って入った。
「とりあえず、そこに座って、斗和君」
そう言って、相坂は潤也の隣の席を指差した。
「いいえ。座りません。洗いざらい全部話したってことは、あなたは俺と潤也の関係も知ってるんですよね」
「知っているとも」
「なら、わかるでしょ? 絶対に座りません」
「座れよ、アニキ。話をしよう」
訴えかけるように、潤也はそう言った。
「敵の隣にほいほい座るほど俺は馬鹿じゃない」
「敵って……、俺達双子の兄弟じゃないか」
「それについては俺は憎しみすら感じているよ。親に対してね」
「そんな……」
「お前と話すことなんかない。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だとは思わなかった、全部話すなんて、しかもどこの誰とも知らない人間に」
「この人は、協力するって言ってくれたんだ」
「お前は何もわかってない、この世界の恐ろしさを。人間は、利得や興味のためなら平気で殺人を犯すんだ。気がついていないだけだ」
「斗和……」
「お前みたいな愚か者と話すことなんかないね」
「どうしてそんなにかたくななんだよ、斗和。俺達、兄弟じゃないか」
半ば、叫びにも近い潤也の言葉は、斗和には全く響かなかった。彼は本来愛すべき弟の言葉を無視した。そして相坂の方を向くと、「あなたが」と言葉を放ち、
「あなたが誰だかよく知りませんが、おそらく父に雇われた探偵なんですよね。ご存知の通り、俺と潤也は敵同士です。それは、何があろうと、たとえ天地がひっくり返ろうと、変わることはありません。もう金輪際、俺達に関わらないでください」
と続けた。そしてきびすを返して、「さようなら」と言い、喫茶店から出て行った。
残された二人の間には、なんとなく嫌な雰囲気が漂った。一人の人間が感情的になった後に流れる空気だった。
「どうしてこうなるんだろうね」
相坂は、ため息混じりにそう言った。
潤也は何も答えなかった。