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ダブル  作者: 百鬼
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第五章 偶発

 斗和から「追跡者」の存在を聞かされてから、潤也は居心地の悪い日々を過ごすことになった。当初潤也は斗和の言うことをにわかには信じることが出来なかったが、斗和が頭が良くて観察力も自分よりあることを潤也は認めていたので、「追跡者」は本当にいるのだろう、と思うようになった。それに、自分達の秘密に関わる事態なだけに、斗和が生半可な憶測で「追跡者」がいることを自分に教えるとも思えなかったのだ。だが、実際に自分の目で確かめるまで、確信はしていなかった。

 だから、潤也は、「追跡者」の確信を得る事態に遭遇した時、心の底から戦慄した。まずい。本当に調べられてる。斗和の言ったことは本当だった。父さんは、本当に俺たちのことを……。

 きっかけは、些細なことだった。学校から帰ると、たまたま家に誰もいなかった。ふーん、誰もいないのか。潤也は、何の気なしにそう思った。その時、ふと、斗和の言葉を思い出した。俺達調べられてるぞ。

 そして、ある行動を実行しようかという考えが彼の頭に浮かんだ。

 潤也は迷った。考えた。しかし、事が事だけに、放置しておくのは良くないと思われた。これは、チャンスかもしれない。

 潤也は、家に誰もいないのを再度確認してから、鋼兵の書斎に足を踏み入れた。

 机の引き出しを開ける。

 中には、色々な書類があった。クリアファイルに挟まっている物や、クリップで留められている物など、様々だった。潤也は、父が大事な物は紙に出して保管しておくことを知っていた。一つ一つ、めぼしい物はないか、目を通していく。

 おや、と思った。ファイルに付箋で「二人のこと」と書かれている書類を見つけたのだ。どくん、と、心臓が大きく拍動する。彼は、おそるおそる中身を取り出した。

 そこには、斗和と潤也についてのことが、事細かに記載されていた。どうやら、報告書らしかった。

 潤也の顔から血の気が引いていく。彼は、食い入るように報告書を読み始めた。まさか、自分達の能力までも調べられてるんじゃないのか。

 だが、そういった記述は一切見当たらなかった。どうやら、テレパシーについてまでは露見してはいないらしい。ひとまず、潤也は胸を撫で下ろした。

 しかし、斗和の言っていた通りの状況なのは間違いない。自分は、いや、自分達兄弟は、第三者によって調べられている。そしてそう仕向けているのは父親だ。

 疑われている、と、潤也は思った。斗和との関係を疑われている。これまで完璧に演じてきたはずの兄弟の関係が、その本来の姿が、つきとめられる危険にさらされている。

 どうすべきか。この危機的状況をどのようにくぐり抜けるべきか。

 斗和に相談しようか、と、彼は思った。しかし、それは得策でないような気がした。そう思った理由はよくわからないが、なんとなく、これでは元のままだ、と、潤也はそう思ったのだ。

 では、どうすべきか。このまま知らん顔を決め込むか。思いきって父を問い詰めるか。それとも……。

 潤也は、書類の最後の一枚に目を落とした。相坂銀次という名前の横に、電話番号が記されている。おそらく、これが探偵の名前で、その電話番号だろう。

 しばらくその紙を眺めていた潤也は、おもむろにポケットから携帯電話を取り出すと、書かれている電話番号を「探偵」という名前で登録した。それから、書類をファイルに戻し、元のように引き出しを閉めた。

 その時、玄関の扉の音がした。母が帰ってきたのだ。潤也は、慌てて父の書斎を後にした。


「君が潤也君だね」

数日後、潤也は街のとある喫茶店にいた。相坂に電話をかけ、会う段取りをつけたのだ。

 今、その相坂が目の前にいた。潤也の座席には、レモンティーがほとんど手付かずの状態で置かれている。

「相坂さんですか?」

潤也は首をあげて上目遣いに相手を見据えてから、そう言った。

「そうです」

「なら、もう俺が天宮潤也だってことは、知ってるんじゃないですか?」

「双子だからね。斗和君かも知れないだろ?」

相坂は苦笑すると、手を腰に当てた。

「座ってもいいかい?」

「どうぞ」

潤也は、自分の向かいの座席を丁寧に指し示した。

 相坂は、潤也の向かいの席の椅子を後ろに引くと、そこに座った。

「タバコ、吸うんですか?」

「わかるかい?」

「胸ポケットにありますから」

「よく見てるんだね」

「別に。そうでもないですよ」

「吸ってもいいかい?」

「ターゲットの前で吸ってもいいんですか?」

「ターゲットか。ははは」

相坂は朗らかに笑った。そばに来たウェイトレスに「彼と同じ物を」と言ってから、両手をテーブルの上で組んだ。

「で? 話って?」

「聞きたいことがあります」

「ほう?」

「いくつかあるけど……。順番に聞いていきます」

「どうぞ」

「まず、どうして俺に会う気になったんですか?」

「どうしても何も、私の目的は君達を調べることだよ。君達の方から情報を提供してくれるんなら、これは願ったり叶ったりだ」

「そうなんですか? 俺の……いや、俺達の推測では、相坂さんの目的は俺達に知られずに俺達を調査することですよね。これじゃあ、その目的が達せられないんじゃないですか? 知ってしまったんですよ、俺達は」

「確かにそうだね。でも、だからと言って、君達が私の存在を知ってしまったことはもう、消せない事実だろう?」

「……」

「なら、それに合わせて臨機応変に動くまでさ」

「……頭がいいんですね」

「これでも学生時代は劣等生でね」

ウェイトレスがレモンティーを運んできた。相坂は、ありがとう、と言って受け取る。

「それから、もう一つ」

潤也は指を一本立てた。相坂は、依然として両手をテーブルの上で組んだまま、姿勢を崩さない。

「どんなことを知ってるんですか?」

「別に何も」

相坂は、事もなげにそう言葉を放った。

 潤也は少し色めきたった。産毛が逆立つ感じだ。

「……どういう意味ですか?」

「冗談だよ、冗談。こう言うとどんな反応を示すのかな、と思って言っただけさ」

「からかわないで下さい。こっちは真剣なんです」

「悪かった」

「……質問の答えがまだですね」

相坂は、組んでいた手を解くと、腕を胸の前で組んで、考え込む表情になった。それから、

「これといって、何も。君達は、ごく普通の高校生さ。一般的な、ね。学校生活も順調で、生活態度も、まあまあ当たり前な感じ。君のお父さんから聞いていた通り、いい子達だと思う。ただ……」

相坂はここで言葉を切ると、右肘をテーブルに乗せ、少し前のめりになった。

「いささか、仲が良すぎるきらいがあるな」

「……」

「これも、お父さんから聞いた通りだったよ」

「……やっぱりそう見えるんですか」

「しかし、これは、よく注意して見ないとわからない。何というか、絶妙に仲が良い。まるで通じ合ってるみたいだ」

「……」

「そして、それを、上手く隠している」

「……」

「何かがあるな、とは、思う。だが、確信にはいたらない。何しろ、証拠がないからね」

「……」

「動かぬ証拠を掴めたらなあ、と、思っていた矢先、君からの電話だ」

「……」

「どうしても証拠が見つからない、手詰まりの状況だったんだ。行くっきゃないと思ったね」

「……そうですか。それを聞いて、なんだかすっきりしました」

「私が来た理由について、だね」

「ええ」

「それは良かった」

相坂は、再び手をテーブルの上で組んだ。

「で? 話してくれるかい?」

「何をですか?」

「君達兄弟のことを、だよ」

潤也は、目線を下げた。テーブルの上に視線を落とした。膝に置かれた手は、握られている。

「……言えません」

「え?」

「これだけは、言えません」

「そんなに深刻なことなのかい?」

「だって相坂さんは、仕事で俺に会ってるわけでしょ?」

「まあ、そうだね」

「結局は、お金、なわけだ」

「否定はできないな」

「そんな人に、これは言えません」

沈黙が流れた。潤也は下を向いたまま、ただ黙ってじっと座っている。まるで、時が過ぎ去るのをこうして祈っているかのように見えた。一方相坂も、微動だにしない。

「なら、どうして私に電話してきたんだい?」

潤也は、びくっと身を震わせた。

「話してみてわかったことだけど、君はそう頭が悪いわけじゃなさそうだ。学校の成績は別としてね。いわゆる頭が悪い部類の人間ではない」

「……」

「自分が、君のいうところのターゲットであるとわかっていながらも、私に電話をかけて、会おうと言ってきた」

「……」

「これには訳があるんじゃないのかい?」

「……」

潤也は黙っている。ただ押し黙って、下を向いている。相坂は、レモンティーを一口飲んだ。それからこう言った。

「実は、君に会うことにしたのには、もう一つ理由があるんだ。そのままでいい。聞いてくれ」

ふうっと息を吐くと、相坂は座り直した。

「私は自殺で一人息子を亡くしているんだ」

潤也は顔を上げた。彼の目に映る相坂は、真剣そのものだった。

「ちょうど、君くらいの歳の頃だった。突然、自殺したんだ。飛び降りさ。大きなマンションの屋上からね。原因は、いまだにはっきりとはわからない。遺書がなかったんだ。そして、妻も、後を追うようにして逝ってしまった。悩んだよ。どうして自殺なんかしたのか、訳がわからなかった。学校でいじめられたということもなかったし、将来について悩んでいるという風でもなかった。死んだ人間を問い詰めることは出来ない。中には、自殺するのはその人間が弱いからだ、とか言って、自殺を自殺した人間のせいにする人もいて、私の知人の中には、そんな奴は殴っちまやいいんだ、なんて勝手極まりない物言いをする輩もいるけど、私はそうは思わない。誰だって、自殺なんかしたくない。私もそうだし、君だってそうだろう? それと同じさ。だから、自殺するには、何らかの原因があるんだ。それが何なのか、全くわからなかった。一時は、妻が逝った後、何度か自分も二人の後を追いたくなる衝動に本気で駆られたけど、思い止まった。それは、無責任だ、と思ってね。考えたよ。何日も何日も。そして、ある日ふと、気付いたんだ。自分が親として息子に向き合ってなかったことにね。仕事に熱中して、いや、仕事を、言い訳にして、子供を見ていなかったんだ。自殺の理由がわからないのも当然だ、だって、見ていなかったのだから。今ではこう思うんだ。あの子が自殺した理由は、私があの子を見てやらなかったからだ、ってね」

相坂は、心持ち俯いた。

「悪いのは、私だったんだ」

そこまで言うと、相坂は黙ってしまった。潤也は、俯いてテーブルに目を落とす相坂を、じっと、見つめていた。

 やがて相坂は、レモンティーを再び飲むと、話し始めた。

「その時は警察に勤めていたんだが、辞めたよ。愛しい息子が自ら死を選んで、妻も後を追って逝ってしまって、自分一人がぬくぬくと過ごしていることに我慢ならなくなってね。辞めてからは、酒浸りの毎日さ。情けない話だけど、そうでもしないと気が収まらなかったんだ。そんな時、ある人に諭されてね。そんなあなたにしか出来ないことがある、と。それで、探偵を始めたんだ。家庭関係専門の探偵をね。依頼は、基本的に親子関係の仕事しか受けない。親と子の関係を見直す、手伝いをしたい、というわけさ。そういうこともあって、君達のような子供、特に男の子を、放っておけないのさ。助けたいんだ。だから、君に会うことにしたんだ」

「そうだったんですか……」

「一応断っておくけど、本当の話だぜ」

「大丈夫、わかってます」

「ありがとう」

潤也は、目の前に置かれているレモンティーを飲んだ。ぐいっと一気に飲んで、レモンティーは半分になった。

「話してくれるかい?」

相坂は、努めて優しい声音でそう言った。

「……実は、言ってないんです」

「何を?」

「相坂さんのこと。斗和に」

潤也の声は、呟くように小さかった。

「そうだったのか」

「はい。言おうかどうか、迷いましたけど。本当は、俺達、俺と斗和は、仲良くなんかないんです」

潤也は、思い詰めた表情でそう言った。

「仲良くなんかない、って?」

「全部、嘘なんです。斗和との関係、あれは全部、嘘なんです」

潤也は斜め下を向いている。彼の視線の先には、木目の床があった。

「相坂さん。テレパシーってご存知ですか?」

「話さなくても通じ合えるって、あれかい?」

「そうです。俺と斗和は、それができるんです」

相坂は目を見開いた。そして、体を少しのけぞらせた。

「それは本当?」

「嘘じゃありません。まるでラジオのオープンチャンネルみたいに、俺と斗和は、互いの思考を読み取ったり、それで声を出さずに会話することができるんです」

「そうだったのか……」

「相坂さん、お願いがあります。このこと、どうか、秘密にしてください。誰にも話さないでください。こんなことができるって、もしも世間に知れたら、俺達どうなるかわかりません。モルモットにされるかもしれない」

言い終わると、潤也は相坂に向かって頭を下げた。必死の懇願だった。

 相坂は、腕組みした。怪しいとは思っていたが、まさか、テレパシーが使えるとまでは思っていなかった。職業柄、証拠を要求したい衝動に駆られたが、それをするのは、目の前で真剣に頭を下げている潤也に対して失礼なような気がしたし、嘘をついているとも思えなかった。それに、潤也は「モルモット」と言った。テレパシーは人類にとって未知の能力だ。世間がテレパシーの確かな存在を知ると、メディアは囃し立て、研究者はこぞって二人を研究の材料としようとするだろう。二人の人生がめちゃめちゃになるのは目に見えている。悪くすると、彼らは隔離され、刑務所のような実験室で一生を過ごす、ということも考えられる。潤也が「モルモット」という言葉を使ったのももっともだな、と、相坂は思った。

「わかった。確かにかなり危険だな。言わないよ。安心してくれ」

潤也は、頭を下げた姿勢のままで相坂の承諾の返事を聞いた。その瞬間、潤也の緊張は解けた。姿勢を元に戻すと、「よかった」と言って、彼はここに来て初めて屈託のない笑顔を見せた。

 相坂は、その笑顔を見て、言葉だけで安心するところを見るとやはり子供なんだな、と思った。座り直して聞く態勢を取ると、相坂は言った。

「さっき、斗和君との関係は全部嘘だって、言ったよね」

「はい」

「どういうことかな?」

先程までの表情とは打って変わって、潤也は沈痛な面持ちに変わった。それから話し出した。

「何て言うのかな……。俺達って、兄弟なんだけど、ただの兄弟じゃないんです。さっきも言った通り、テレパシーも使えるし。端的に言うと、俺達は、敵同士なんです」

「敵同士?」

「はい。生半可な敵じゃありません。どちらかが死ぬのを、俺達、互いに、心の底から願っているんです」

「兄弟なのに、おかしな話だね」

「俺も、最近はそう思います。なんか、おかしいな、って。でも斗和は違います。あいつは、多分今でも、心の底から俺の死を望んでいます。双子だから、わかるんです」

「両親には話したのかい?」

「それはできません。俺達のテレパシーのことは、両親にすら秘密なんです。それが漏れるのが、怖くて、だから俺達、仲のいい兄弟を演じているんです。介入させないために」

「そうだったのか」

「はい。だから、両親はあてにできません。相坂さん、お願いがあります」

「お願い、か」

「斗和に会ってくれませんか?」

潤也は、はっきりとそう言った。

「私が斗和君に?」

「はい。今度、俺がなんとかして斗和をここに呼び出します。その時、相坂さんも同席して欲しいんです。相坂さんは、話のわかる人だし、俺達の秘密も話さないって約束してくれたし、なんとなく、俺達の、俺と斗和との関係に良いものをもたらしてくれそうな気がするんです。俺、もう、耐えられないんです。どうして俺達はこんなに憎み合っているのか、兄弟なのにどうしてこうなのか、もう、無理なんです。助けがいるんです。だからお願いします、相坂さん。斗和に会ってください。それで、俺と斗和と相坂さん、三人で、話してみたいんです」

言い終わると、潤也は、残っているレモンティーを全て飲み干した。氷がカランと鳴った。グラスをテーブルに置くと、相坂を真っ直ぐ見つめた。

 黙って潤也の言葉を聞いていた相坂は、思案気な表情になって何かを考えた後、

「わかった。なんだか、このままにしておくのは良くない気がするよ。自殺したあの子にとってもね」

と、言った。

「ありがとうございます」

潤也は再び、深々と頭を下げた。

「解決するといいね」

頭を下げている潤也に、相坂はそう言った。潤也は体を起こすと、

「本当に」

と言って言葉を切った。それから、心の底から搾り出すように、

「本当にそう思います」

と、言った。

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