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ダブル  作者: 泉流計
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第十一章 暁を望む日々 最終日

 太古の昔、いや、有史以前から、大いなる自然は、変わらぬ姿でそこにある。太陽、大気、山、川、そして、海。誰が創ったのか、それとも誰も創っていないのか、真相は、誰にもわからない。自然は、あるべき姿で、ただあるだけである。そこに人間の意思など存在しないかのように。

 海は凪いでいた。寄せては返す波のしぶきが、細かく飛散している。生命の源である、海。母にも例えられる、海。海は、歓迎しているのだろうか。ここに来た双子を。静かで穏やかな、夏の陽気の中で、斗和と潤也は浜辺にいた。浜辺には人はあまりいなかった。少なくとも彼らの周囲にはいなかった。遠くに、親子連れであろうか、大人の男女と小さな子供がいて、その子は海で遊んでいる。その様子を男女が見守っている。

 遠目から見て、斗和は思った。俺たちがたった一人で生まれてきていたなら……。

「あれだよ」

潤也はある一点を指差しながら、斗和に言った。その先を見る斗和。

「あれが、父さんと母さんが新婚の時に泊まったホテルだ」

双子の視線の先に、大きな建物があった。崖に面した所に建てられており、部屋の窓から海が一望できるだろう。

「夜二人で海を眺めたらしいよ」

「暗かったって言ってたな」

「うん」

二人は黙って建物を眺めた。

「海、か……」

天を仰いで、斗和が呟いた。

「海から、生命が誕生したらしいな、知ってるだろ?」

「うん」

「つまりは、全ての始まりだ」

「うん」

「そして、父さんと母さんは、あのホテルで初めて愛し合った」

「そうだね」

「なあ、潤也」

「なに」

「なんでこうなったんだろうな」

「……」

「俺たちなんて、生まれてこなければ良かったのかな」

「……」

「俺が何を言いたいのか、もうお前には伝わってるだろう?」

「宿命、の話だよね」

「俺たちは、俺たち兄弟はさ、ほとんど同時に生まれてきた。ただ順番が、たまたま俺が先だったってだけで、俺が兄になったわけだけど、本当は、あんまり関係ないのかもしれない。たまたまなんだ。たまたま。たまたま、俺が先だった。お前でもよかったんだよ。何かの偶然で、俺が兄に、お前が弟になった。これって、意味があることだと思うか?」

まるで訴えかけるように、斗和は潤也に尋ねた。

 潤也は斗和の方を向かなかった。真っ直ぐ、父と母が初めて愛を交わしたというホテルを見つめていた。そのままの姿勢で、潤也は答えた。

「……わからないな。考えたこともない」

弟の答えを聞いて、斗和は、ふっ、と、呆れたというよりは感じ入ったという反応をした。

「ここに来ても、さ」

「……」

「ここに来ても、何も変わらない」

「……」

「何も始まらない」

「……」

「俺たちは、この受け入れがたい宿命と共に、生きていかなけりゃならないんだ。一生……」

「どちらかが死ななければならない、という宿命と、共に?」

「……」

海は凪いでいた。波が浜辺に、寄せては返す。

 その時。

 携帯電話の着信音が、双子の周囲に響き渡った。

 斗和の携帯電話だ。

 斗和は、ズボンのポケットから携帯電話を取り出した。画面を確認する。

 画面には、「母」とあった。

「もしもし」

斗和は電話に出た。電話越しに、波の音が聞こえる。

 ややあってから、

「こっちを見て」

という、母の声があり、電話は切れてしまった。

「誰?」

弟は兄に聞いた。

「母さんだ」

「何て?」

「こっちを見て、って」

「こっち?」

潤也はきょろきょろ辺りを見回した。民子の姿はない。ただ遠目に、さきほどの家族がいるだけだ。

「こっちよ!」

明らかに自分たちに向かって放たれたのであろう、大きな声が、二人の耳に入った。

 双子は同時に後ろを振り向いた。

 視線の先に、母のすがたがあった。右手に「何か」を持っている。

 母は、おもむろに、右手を頭の高さまで上げると、その「何か」を二人に向かって投げ放った。

 浜辺に風はなかった。あるのは白い砂浜と、さんさんと降り注ぐ陽光だけだった。

 母の投げ放った「何か」が、ゆっくりと、二人に近づき、二人のちょうど中間に、落ちた。真っ白なそれは、紙飛行機だった。

 紙飛行機に目を奪われていた双子は、母の方を見た。母は、ただ静かに、しかし幾分悲しそうな雰囲気を醸し出しながら、そこに佇んでいた。まるで今のこの海のように。

 母の目を見て、自分たちがどうすべきか、二人は了解した。

 潤也が、紙飛行機を拾い上げた。そしてそれを広げる。斗和も弟の傍らに回り、のぞき込む。

 そこにはこう書いてあった。

『思い出して』

 双子は沈黙した。思い出して。思い出して、とは……。

「思い出す……」

沈黙を破ったのは、潤也だった。

「そうだよ、斗和!」

「え?」

「思い出せばいいんだよ!」

潤也は声を張り上げた。何かに気づいたような表情を見せる潤也に、斗和は戸惑った。

「でも、どうすればいいんだ……」

「思い出せばいいんだよ、斗和! 思い出せばいいんだ! 俺たちは兄弟なんだよ! この世界に他にいない、無二の兄弟なんだよ!」

「え……」

「思い出せばいいんだよ! いくら時間がかかったっていいんだ! 幼い日の、純粋な気持ちを、思い出せばいいんだ!」

「で、でも、もう物心ついた時から俺たちは……」

「いいんだよ、斗和! もういいんだ」

双子の弟は双子の兄に抱きついた。双子の兄は、状況が飲み込めず、体を硬直させた。

「俺たちは、兄弟だったんだよ!」

双子の兄を抱き締めながら、双子の弟はそう叫んだ。

 潤也のその叫びを聞いて、斗和は一瞬びくっと身を震わせた。それから、最初戸惑いがちに潤也の背中に手を回し、しかしやがて力強く、潤也を抱き締めた。

「潤也……」

斗和の目から、涙が溢れた。

 抱き合う兄弟。

 母は、その様子を眺めながら、一人嗚咽を漏らし、泣いていた。顔をくしゃくしゃにして。

 海は、凪いでいた。

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