神様からの贈りもの
この物語をかわいがってくれた私の祖母と、今年旅立ったかわいくてお茶目な義母に捧げます。
アカネはおばあちゃん子だ。
アカネが初孫だったのもあって、おばあちゃんはアカネをとてもかわいがってくれる。
アカネの名前もおばちゃんがつけた。生まれたとき茜空が美しかったそうだ。
昼だったら、青空でアオだったかもしれない。それは男の子みたいでちょっと困る。
うちの家訓は「寝る子は育つ」だそうで、
小学生のアカネは、夜9時には布団に入れられてしまう。
今話題の「赤いシンデレラ伝説」というドラマもみせてもらえない。
小学生にとって、次の日の話題に乗れないということがどんなに辛いかをうちの親はわかってないのだ。
そんなとき、アカネには奥の手がある。
枕をもっておばあちゃんの部屋に行くのだ。
おばあちゃんも夜は早いので布団に入ってテレビを見てる。
たとえおばあちゃんの大好きなサスペンスものを見ていても、「なにがみたいんだい?」ってアカネの見たい番組にしてくれる。
親がダメといった番組もおばあちゃんはこっそりみせてくれるのだ。
まったくおばあちゃんは、孫に甘い。
ある日、昼間にアカネは妹と心霊番組をみた。
窓から、ひぃいいいって幽霊の手が伸びるのだ。
夜寝るときになって、風が出てきた。
ガタガタと窓が鳴る。
怖かった。幽霊なんてうそだと思うけどもしかしたらもしかしたら本当にいるかもしれない。
窓から手が伸びて幽霊が出てきたらどうしよう。思い出したら怖くて眠れなくなった。
横で寝ている妹は、すうすうと寝息を立てている。
妹なんて役に立たない。ふうとため息をつくとアカネは立ち上がった。
こんな時も、アカネには奥の手がある。
枕を持っておばあちゃんの部屋に行くのだ。
「おばあちゃん……。幽霊が怖くて眠れない」
おばあちゃんは、布団をめくって中に入れてくれる。
冷たい足も温めてくれる。
昼間に心霊番組をみた話をする。
外でごうごうと風の音がする。このまま死んだら、私はどこにいくんだろう。
暗い夜の闇に消えてしまうのだろうか?
「ねえ、おばあちゃん。死んだらどうなると思う? 」
「おばあちゃんは、死んだらみんな神様にお返しして天国に行くと思うよ」
「ほんとうかな?」
「おばあちゃんも死んだことないから、わからないねえ」
と、おばあちゃんはふふふと笑った。
「おばあちゃん、アカネ、死んだらどうなるかすごくこわい。天国もあるかどうかわからないし」
「そうだねえ、じゃあおばあちゃんが死んだら天国があるかどうか幽霊になってこっそり教えてあげるね」
おばあちゃんは胸のあたりで手首をまげてひゅうドロドロと幽霊のまねをする。
アカネは恐がりだ。たとえおばあちゃんでも幽霊はまずい。
「えええ、おばあちゃんでも幽霊はこわいよ」
「ふふふ、じゃあ夢に出てきてこっそり教えてあげるね」
その日おばあちゃんはアカネに、死んだら死後の世界をリークしてくれると堅く約束した。
おばあちゃんは用意周到だ。
あさっての修学旅行のパジャマがないと騒いでいたら、「早くから用意しないからだ」とお母さんとおばあちゃんから怒られた。
「おばあちゃんなんて、秋の老人会の旅行の準備もうできてるよ」と得意げにいう。
老人会の旅行は、3ヶ月も先だ。さすがに早すぎると思う。
でもおばあちゃんは孫に甘い。
しょうがないねえといいながら、近所のイズミや行ってかわいいパジャマを買ってくれた。
家に帰るとお母さんに怒られながら、修学旅行の荷物をつめた。
ついでに、おばあちゃんが自分の旅行鞄の中身を見せてくれた。
「ほら、カメラでしょ、着替えでしょ、バスに酔ったときの薬に胃薬、頭が痛いときの薬。
寒いときに困らないようにカーディガンと。
早くから少しづつ詰めていけば、簡単だろう?
何でも早め早めに用意するんだよ。早めに用意しとけば何かあっても困らないんだよ」と。
それは、用意周到っていうんだって。
でもそのあとで、おばあちゃんは、「カメラはどこだっけ?」
「おばちゃんのカーディガンしらないかい?」って探してた。
そのたび、アカネは「おばあちゃんの旅行鞄だよ! 」って教えてあげた。
「ふふふ、そうだったね」っておばあちゃんは旅行鞄から荷物を取り出すのだ。
やっぱりおばあちゃんは、はやく支度しすぎだと思う。
アカネは、旅行の支度は『よういしゅうとう』じゃなくて『短期決戦』でいいやと、お母さんが知ったら怒りそうなことを思った。
***
アカネは大学生になって家を出た。
夏休みや冬休みに帰るたび、おばあちゃんはなんだか小さくなった。
体もだんだん動かしにくくなってるようだ。
お母さんの話だとだんだん体が動かなくなる病気になったそうだ。
杖をついて歩くおばあちゃんに「大変だねえ。つらくない?」と聞いた。
「おばあちゃんの足は、70年以上使ったからねえ。よくもったほうさ」
ふふふとおばあちゃんは笑った。
アカネが社会人になる頃には、とうとうおばあちゃんは体が動かなくなって入院した。
「おばあちゃん、体が動かなくってつらいね」
おばあちゃんの動きにくくなった体をそっとなでる。
「アカネ、自由に動ける体も神様からの贈り物なんだよ。お金も名誉も美貌も体もなにひとつ天国には持って行けないのさ。全部お返しして天国に行くんだよ」
「おばあちゃん、美貌があったの?」
と聞くとおばあちゃんは、「若いときはモテモテだったんだよ」とふふふと笑った。
「アカネは、若い頃のおばあちゃんに似てるから美人になるさ」と言った。
いやいや、おばあちゃんに似てるけど美人になりそうにないよ。
美貌は嘘だね。
そしておばあちゃんはすこしづつ、いろんなことを忘れていった。
病院にお見舞いに行くと、おばあちゃんは私の顔をみて誰だっけなって顔をした。
「アカネだよ」と言っても、キョトンとした顔をした。
おばあちゃんがつけた名前のくせに、おばあちゃんは私の名前も忘れてしまった。
そうしておばあちゃんは、天国に旅立った。
おばあちゃんは、アカネの夢枕にも幽霊にも出てこなかった。
天国があるかどうかの情報漏洩はなかった。
おばあちゃんがアカネとの約束を忘れてしまったのかもしれないし、ああみえて天国も情報管理が厳しいのかもしれない。
用意周到なおばあちゃんのことだから、天国へ行くずっと前から旅行鞄にさっさと荷物を詰めたのだろう。
神様からの贈り物。
自由に動く体、あったかどうか分からないけど、お金と名誉と美貌。
私の名前。
たくさんの思い出。
たくさんの神様からの贈り物をもっておばあちゃんは旅立った。
「やっぱり旅立つ支度が早すぎるよ。おばあちゃん…… 」
アカネは小さくつぶやいた。