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幾星の宝箱師ミミックファクター

作者: ひなのねね

 全世界洞窟宝箱協会連盟規約。


 そのいち、宝箱師は探索者に道具及び武具の直接的な譲渡を禁止する。


 理由、直接的な道具及び武具の譲渡は探索者同士間での不平等を生む。また宝箱師との癒着や不正を防ぐ目的、並びに探索者の順当な育成を阻害する恐れがある為。


 そのに、洞窟内の難易度に応じた道具及び武具の配置を厳守すること。


 理由、高レベル探索者が低難易度帯の洞窟を不法占拠、及び効率を求め、低レベル帯に籠ることで、前線維持や新人探索者育成が困難となることを防ぐため。


 そのさん、宝箱師は出来うる限りの努力を用いて洞窟探索者と接触してはならない。


 理由、他探索者とのトラブル及び不正を防ぐため。


 ほかエトセトラエトセトラ――。


 このように宝箱師には厳しい制約がある。


 要するに誰にも見つからずに、ダンジョン内の宝箱を管理するのが役割だ。


 そもそも宝箱にアイテムを入れるなら直接、探索者に渡せば良いと思うだろう?


 違うんだなこれが。


 ダンジョンに設置されている宝箱一つで、その世界は良くも悪くもなる。


 例えば過去にこんな逸話がある。


 ある宝箱師が探索者の戦力強化を考え、洞窟の入り口に宝箱を百個程、並べた事件があった。


 宝箱の中身はとても価値のある武器や防具、回復アイテムだった。


 それらのアイテムは初心者ダンジョンには見合わないが、高レベルのモンスターも一振りで殺せるほどの力を秘めているモノばかりだ。


 初めてダンジョン攻略に乗り出した初心者探索者たちは、百個の宝箱を片っ端から開けてダンジョン中のモンスターを殲滅したそうだ。殺しまくった甲斐もあって王から働きが認められ、モンスターを追い払った土地は彼ら初心者探索者の土地となった。


 だが初心者探索者たちは高価な武器を奪い合い、最終的には手に入れた土地も金と暴力と欲に支配された醜い街へと変わってしまった。


 高価すぎる宝箱が人間をモンスターよりも危険な生き物へと変貌させた話さ。


 だから宝箱師は宝箱による世界平和を掲げている。


 ダンジョンと同じレベルのアイテムを設置することで、この世界の探索者の身体と魂の成長を促進させる。


 成長した探索者たちは、いつか星を支配するモンスター達を倒し、人間が住みやすい世界を築いてくれるだろう。


 だから多少遠回りでも、俺たち宝箱師は陰ながら探索者たちを支えているのだ。




 教訓は「適正レベルのダンジョンに適正レベルのアイテムを」


 ついでに今年の合言葉は「宝箱師が作る未来 ~星の煌めき~」である。




 俺も陰ながら探索者の精神を成長させ、日常的にバックアップすら行う宝箱師に憧れてこの世界に入った。宝箱師に必要なスキルを調べ上げ、同期が女や遊びにうつつを抜かしている間に宝箱師の資格を手に入れた。


 宝箱師になってからも師匠に弟子入りし、長い下積み期間を得て、ここ最近、やっと念願のダンジョン宝箱管理者へと任命されたのだ。


 全世界洞窟宝箱協会連盟から託されたダンジョンは「シルフィード森」と呼ばれている初心者探索者が、初心者探を卒業するために踏み込む試験的なダンジョンである。


 これはまさに探索者を陰ながら成長させたいと考えていた俺には、理想的なダンジョンだった。俺が任命されたからには何処のダンジョンにも負けないしっかりと管理された宝箱が設置されている、初心者卒業ダンジョンの名に恥じないダンジョンにしようと心に決めたのだ。


 ――決めたはずなのだが。


「誰だ、こんなところにエンチャントアイテムをぶっこみやがったのは」


 宝箱の中に入っていたのは「エンチャント:炎:ロングソード」だった。


 魔術の力により炎の能力が付与された魔剣。触れたもの全てを消し炭にするという恐ろしいエンチャント能力が付与されているが、俺が消し炭にしたいのは魔剣を宝箱に入れた奴だ。


 そもそもシルフィード森は木々や草原、小川などで形成されたダンジョンである。


 そんな燃えやすいダンジョンの序盤に炎を吐き出す剣なんか設置された日には、ダンジョンそのものが大火事になることは想像できるだろう。


 またエンチャント能力が付いている武器は高レベル帯でもほとんど設置されていない。扱いを間違えば探索者が魔力に飲み込まれて魔術の影響を受けて死んでしまう場合もある。


 以上のことから、俺は今、猛烈に激怒している。


 俺は宝箱を設置した奴を消し炭にしてやりたい気持ちを押さえ、宝箱の裏を見た。


「……またこの銘か」


 宝箱師は宝箱にアイテムを入れるときに、宝箱の裏に宝箱師の銘を打ち込む。


 超頑丈な「ゴールドチェスト鋼」にどうやって銘を打ち込んでいるのか、説明すると明日の朝までかかってしまうので本日は割愛する。


 手順は簡単で宝箱師専用の魔術道具で判子を押すように銘を打ち込むだけ。


 古い銘は上書きされ、アイテムを入れた宝箱師の「チェストネーム」が打ち込まれる。


 姪を打ち込むことで連盟からの信頼も上がり、宝箱師のランクが上昇していくシステムとなっている。


 ちなみにチェストネームってのは、ペンネームみたいなもんな。


「今週はこれで十五回目か。『今日のお昼も☆卵かけご飯さん』、何者なんだこいつは」


 俺は手に取ったエンチャント:炎:ロングソードを回収して腰に吊るす。


 代わりにメタルバグナウを詰め込んだ。格闘師用の爪武器だから、この辺りに出てくる動きの素早い獣系にも対処しやすい完璧なチョイスだ。


 宝箱を持ち上げて裏面に「銘入れ」で俺の銘を打ち込む。


 ――っと。


「よし、これでおっけーだ」


 全世界洞窟宝箱協会連盟でも、マニュアルに沿った完璧な働きぶりの宝箱師に贈られる『チェスト・マイスター』の称号ブローチが俺の首筋できらりと光る。


 チェスト・マイスターであるこの俺にミスは許されない。


 ダンジョン管理を任されたからには、宝箱の不具合は絶対に許さない。


 どこぞのダンジョンのようにダンジョンレベルのバランスを崩している宝箱の数や、モンスターのレベルに見合っていない武器を設置するなんてナンセンスだ。


 チェスト・マイスターたるも者、仕事は常にスマートで完璧に。


 それこそが俺の生きがいであり、やりがいだ。


 適当な仕事は就寝時やお風呂など、ことあるごとに俺を不安にさせる。


 だが完璧に仕事をこなせば、家に帰っても不安に駆られることはない。


 不安に駆られることが無いということは、ゲームをしても漫画を読んでも気が散らない。


 それこそが平穏、ザ・幸せ。


 俺が歩いている人生という名のレールの延長線上には安定した生活が待っている。


 宝箱師として名を上げ、ある程度お金がたまったら悠々自適に暮らす、これ以上の夢はない。


 将来は可愛いお嫁さんと首都に住み、庭付き一戸建てのマイホームを手にして生きていくのだ。


 華やかな未来を妄想しながら、シルフィード森に設置された宝箱を一つ一つ確認する。


 たとえ今日も全ての宝箱がエンチャント系装備や劇薬に更新されていても、鼻歌交じりで中身を更新していく。


 完璧な仕事の延長には完璧な未来。


 未来を信じていなければ、辛い仕事なんてやってられない。


 相変わらず宝箱の中身を入れ替えている犯人は、「今日のお昼も☆卵かけご飯さん」だ。


 宝箱のチェックや入れ替え、宝箱の外見を磨き上げる掃除など全てを終え、俺は今日も布団へと滑り込んだ。


 だが煎餅のように平らになった布団の中で、今日も不安に押しつぶされそうになる。


 明日も宝箱の中身を入れ替えられていたら――その次の日も、その次の日も――終わりのないエンドレス。ダンジョン内のバランスを保てなければチェスト・マイスターの称号は剥奪され、ただの宝箱マニアに逆戻り。


 俺は想像上の筋骨隆々ハゲの「今日のお昼も☆卵かけご飯さん」を恨みながら、歯ぎしりをしつつ眠りに落ちた。


 明日こそは俺の完璧なる宝箱管理の邪魔はさせないぞ、と念仏のように心で唱えながら。




 翌日。


「うー――なあああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 何故だ、何故だ、何故なんだあああ!」


 他の探索者に見つかる可能性もあるのに、俺はついに大声を上げてしまった。


 このダンジョンの最適設置宝箱数は八個、その全ての宝箱が昨日元に戻したにも関わらず、また全部強力なアイテムに入れ替わっている。


 しかもご丁寧に俺が入れたアイテムを「エンチャント強化」してだ。


「しかも炎かよ、燃えるって言ってんだろ!」


 はあはあ、肩を揺らしながらと大きく息を吸う。


 お、落ち着くのだ。ここで俺がキレても仕方がない。


 落ち着いて今日も全てを入れ替える仕事をしなければいけない。


 この超高価な宝箱を放置したらダンジョン内のパワーバランスが崩れ、探索者は足を踏み入れず、モンスターすら寄り付かないデスダンジョンへと早変わりしてしまう。


 それだけは絶対に避けなければいけない。


 この世界を救う探索者のために、いや俺の未来の俺の安寧のために!


 怒りに身を任せて宝箱をひっくり返そうとしたとき、カチッと音がした。


「な?」


 反射的に身をかがめると頭上をドラゴンブレスのような炎が通過する。


「うああああ!」


 燃え盛る炎は元に戻らず、本当にドラゴンがいるんじゃないかと思われたが、するっと落とした宝箱が再びスイッチの上に乗り、炎はピタッと静かになる。


「こ、殺す気か」


 気が付くのが遅かったら、今頃あの世で眼を醒ましているところである。


「やーっと掛ったわね、あたしの罠に!」


 尻餅をついている俺の後ろから、やけに自信満々な声が飛んできた。


「あたしの宝箱の中身をすり替えまくってるのあんたでしょ!」


 俺が声の方を振り返ると、やたら高いところで仁王だちしている少女が目に付いた。


 年の頃は俺と同じ十七歳前後かそれより少し若い。


 輝く金髪を横結びしている気の強そうな――もとい、天真爛漫な少女。


 服装は赤を基本としたローブを身に着けており、やけに巨大な鞄を背中に背負っている。


 腰の革ベルトに繋がっている薬品類を見ると、錬金術師のスキルを有しているようだ。


「すり替えまくってるのはお前だろ」


 あ、よく見るとパンツ見えそうじゃね?


「あたしはすり替えてない、宝箱の中が勝手に「入れ替わりたいっす!」とあたしに囁くのよ」


「それをすり替えてるっていうんだよ、あほなのか?」


 これは――パンツ見えそう。


「開けても何のサプライズも感じないような宝箱ばっかり設置しちゃって。言われた事しかやらない中年サラリーマンみたいなチョイスしかしないから、あたしがサプライズを与えてやってるんです~!」


「うるせえ、サプライズなんかいらねえんだよ、宝箱の中身によってバランスを保つ方が大事じゃねーか!」


 も、もう少し身をかがめれば、行けそうだ――もう少し!


「バランスなんてクソ喰らえよ! 探索者は「うっわー、このダンジョンにはどんな宝箱があるんだろう」ってワクワクして入ってくるのに、想像通りのレベル帯の武器や毎回見たようなアイテム入ってたら、街で言いふらされて誰もダンジョンに来なくなるじゃない!」


「だから八個あるうちの一つを一か月に一個だけ、ハイポーションにしてるだろうが!」


 よし、そこだ、逆光で少し見にくいが――!


「あほじゃないの~! ハイポーションなんて今時はやらないっつーの。入れるのはそれこそラストエリクサーだって、その方が「やっべ、こんなとこで出るのかよ!」とかいわれちゃって、探索者沢山来るんだから!」


「沢山来なくてもいいわ、大切なのはバランス、探索者の心の成長!」


 あと数ミリ――――――!


「心の成長なんて――ってあんたなんで、地面に這いつくばってんの。気持ち悪い」


 少女はダンジョン内で芋虫とナメクジを足した化物でも見たかのように、顔を引きつらせて高台からのそのそと降りてきた。


「――見えなかった、見えなかったが、それでよかった。見えないからこそ良かった。見えた瞬間にそれは只の布切れと化してしまう。見えていないからこそ、俺の想像上のパンツが現実を超え、真のエロティックへと昇華する。ああ、だからこそ見えなくていいんだ。見ようとして見えなかった、それが一番じゃないか」


 自分にしっかりと言い聞かせ、俺は姿勢を正して立ち上がる。


 ありがとう、合掌。


 太腿は悪くなかった。


「独り言、ぶつぶつ言ってると刺されるわよ。あと手を合わせんな」


「うお、口に出てたか」


「聞き取れないからこそ、気持ち悪い」


「聞こえても気持ち悪いだろうがな」


 少女は何のことだか訳が分からないという顔をして肩を竦める。


「それでお前が「今日のお昼も☆卵かけご飯さん」か」


「そういうあんたは「✟深淵のサンダルフォン✟さん」ね」


 お互いに向かい合うなか、湿り気のある風が間を通り抜ける。


「すっかり忘れてたぜ、ダンジョンを管理するものは一人ではない場合もあるってことをな」


「ええ、そのようね」


 全世界洞窟宝箱協会連盟規約の中には、『ダンジョンの宝箱を一人で管理する』とは書かれていない。管理場所を持たない流れの宝箱師や数百人単位で管理する宝箱師もいるのを思い出した。


「報告が遅れているってことか」


 今日のお昼も☆卵かけご飯さんも同意見なのかコクリとうなずく。


「どーも、今日のお昼も☆卵かけご飯さん、全世界洞窟宝箱協会連盟、ナンバー一〇八の✟深淵のサンダルフォン✟です」


「どーも、✟深淵のサンダルフォン✟さん、あたしは全世界洞窟宝箱協会連盟、ナンバー四九の今日のお昼も☆卵かけご飯よ」


 どんな状況でも宝箱師は挨拶を忘れてはならない。


 異国の街で聞いたような話を連盟の会長が広げたことで、挨拶は宝箱師の中では重要な事柄となっていた。


 勿論この世界でも挨拶を忘れると村八分にあうので、どんなにいがみ合っていようとも挨拶を忘れてはならない。


 ちなみに「さん」付けで呼ばなければいけないのも古からの規則である。


 さんをつけないものは相手への敬意が無いとみなされ、やっぱり村八分だ。


「今日のお昼も☆卵かけご飯さん、このシルフィード森はな、探索者が初心者卒業を目指してやってくるダンジョンだ。構成も木々が多く、モンスターは獣がうろついている。俺は彼らが順当に次のステップに勧めるように、レベルに応じた宝箱の中身を置いてる。だからダンジョンレベルに合わないアイテムの設置はやめてほしい」


「い・や・よ!」


 はっきりと分かりやすく彼女は拒絶した。


「昔のしきたりのせいで多くの探索者が怪我をしたり、ダンジョン内で命を落としてるの。だったらもう少し強いアイテムを設置するべきだわ」


 最近は宝箱の中身強化派が増加したと聞いたが、今日のお昼も☆卵かけご飯さんも中身強化派の一人らしい。


 そこで俺は何故これまで宝箱の中身を強化しないのかを説明した。


 新人探索者の育成に関係する事や過去に私利私欲に走った者がいたのを交えて。


「……分かってるわ、そんなこと。今まで幾度だって聞いてきた。けど私は耐えられないの。もう誰も失いたくない」


 くっと唇をかむ姿が痛々しい。


「今日のお昼も☆卵かけご飯さん……もしかして、」


「そうよ、やられたわ」


 空気が冷たくなっていく感じがする。


 そうか、宝箱師と探索者はお互いに手を取り合うことはない。だが相容れない間柄の職業同士だからこそ、惹かれ合う人物たちもいると聞いたころがある。


 悲劇的ロマンティックというやつだ。


「あたしの財布がね」


「財布かよ!」


 全然、寒くもなかったわ!


 今日、すげーあったかい!


 しかもお前、お金がないからチェストネームが、今日のお昼も☆卵かけご飯さんなのか!


「それからあたしは思ったの。強い武器さえ設置すれば、誰かがあたしの財布を食べたモンスターを殺してくれると」


「このダンジョンにそこまで強いモンスターはいねーよ!」


 しかもエンチャント武器を使ったら、飲み込んだ財布もろとも存在消滅するからな?


「……本当にそうかしらね」


「どういう意味だ?」


 さっきまでの明るい表情が一変して、親の仇でも思い出したように唇を噛む。


 どうやら今度こそ本当にシリアスな思いが籠っているようだ。


「倒せるなら私が倒したい……そういう相手よ」


 ぱっちりとした二重の瞳の奥に青い炎が灯る。


「……無理すんなよ」


 基本的に宝箱師は戦闘能力皆無である。


 逃げる事や隠れる事には特化しているが、武器を扱う力は備わっていない。


 だからモンスターに襲われたら一目散に逃げるのがセオリーだ。


 だが彼女は戦いたいという、何らかの因縁のために。


 それに、と彼女は気持ちを切り替えるように明るく続ける。


「だって全財産なのよ? 財布を全て取られたら武器の仕入れもできないし、薬品も調合できない。宝箱師にとって中に入れるアイテムが無くなるのは死活問題なの」


 にへへと恥ずかしそうに笑う。


 湿り気は苦手なようだ。


「たく、仕方ねーな!」


 俺はぼりぼりとわざとらしく頭をかいて、胸に湧き上がるもぞもぞする気持ちを誤魔化す。


「俺も手伝ってやるよ、その財布喰い探し」


「ほんと!」


 子兎のようにぴょうんと跳ねて、今日のお昼も☆卵かけご飯さんは胸の前で両手合わせる。


「宝箱師たるもの同業者を放っておくわけにはいかねーし、宝箱の管理がチェスト・マイスターである俺の使命だしな」


「あんたみたいなパッとしない奴の、そういうチョロいとこ好きよ!」


「一言多いな、お前は」


 だが初めて小さな両手で、握りしめられてはこれ以上言い返すことはできないのだ。


 ――どうやら俺はちょろいようだ。




   ★




 探索者の役割はダンジョンのボスやモンスターを狩り、街までモンスターが溢れないようにすることだ。モンスター討伐のついでに宝箱を漁ったり、自らのスキルを高めたりすることで、次のダンジョンへ向かえる力をつけていく。


 探索者や宝箱師を含めた全ての冒険者の役割は、星から人類の敵であるモンスターを、害がない程度まで倒すこと。


 というわけで、未来の英雄を育成する初心者卒業レベルダンジョン「シルフィード森」の構成を改めて思い浮かべる。頭の中に緑色のワイヤーフレーム調のマップが浮かび上がった。


 ダンジョン自体ははそれほど深くはない。


 街の近くの平原に入り口があり、三階にボスともいうべき巨大な蜘蛛がいる。不思議な事に巨大な蜘蛛は何回倒しても次の週には復活しているのだから、命の神秘を感じざるを得ない。


 鮮やかな木々に覆われ、川のせせらぎが聞こえる観光地にしたいダンジョンナンバーワン、それが「シルフィード森」である。


 俺と今日のお昼も☆卵かけご飯さんは、他の探索者に見つからないようにシルフィード森の宝箱を一つずつ確認していく。


 朝早くから宝箱のチェックをしていたが、そろそろ探索者が乗り込んでくる時間だった。


 俺たちは財布喰いを探す目的だが、まずは今日のお昼も☆卵かけご飯さんが仕掛けたアイテムを回収しなくてはいけない。


 初心者探索者にエンチャントアイテムンなんて渡した日にゃ、俺たちもろ共ダンジョンが業火に包まれてしまうからだ。


「んで、相手はどんな奴なんだ」


「恐ろしいやつだったわ……私が目を離した一瞬の出来事」


「素早いってことはウルフ系か?」


 この森には獣系と虫系、水辺には魚系が存在する。


「どうかしら。一つ確実なのはとても恐怖を感じた。あれほどの威圧感はこれまで体験したことがなかったわ」


「威圧感か……こりゃ、俺たちだけじゃなくて本部に要請をした方がいいかもな」


 シルフィード森のモンスターなら俺達でも何とかなるが、はぐれモンスターが迷い込んだとなると手に負えない。


「そうね、でも宝箱師として責任は持ちたい」


「自分のミスは自分でか」


 初めて見たときは「何だこの適当女子!」と思ったが、今日のお昼も☆卵かけご飯さんは思うほど適当な奴じゃないかもしれない。


「だから間抜けな財布喰いがアイテム目当てで他の宝箱も漁るかなと思って、罠を仕掛けたんだけど。引っかかったのは✟深淵のサンダルフォン✟さんだけだったわ。間抜けしかかからないと思ったのに、本物の間抜けが掛かって爆笑しちゃった」


「爆笑すんなや!」


 こっちは前髪少し焼けてんだぞ!


「けど財布喰いの姿をちゃんと目撃してないんだろ? どうやって探すんだ」


「にへへ、そこは抜かりないわ」


 控えめな胸を張って、錬金術師のローブをまとう少女は不敵に微笑む。


「流石だな。薬品か何かで匂いとか目印をつけたのか?」


 宝箱師の服装は探索者の職業と同じ見た目が多い。


 理由は宝箱のメンテナンスをしていても、探索者の格好なら怪しまれないからだ。


 実際に職業として初期スキルを身に着けている宝箱師もいるが。


「この服は可愛いから選んだだけ、見てスカートがヒラヒラふわふわでしょ!」


「どうでもいいわ!」


 何でこんなダンジョンで夫婦漫才みたいなツッコみせにゃならんのだ。


「どうせ✟深淵のサンダルフォン✟さんだって、同じような理由でその服着てるんでしょ?」


「ば、ばばばばばば、ばか、い、いうなよ、お、俺は機能性重視で、だ、な」


「全身黒ずくめの革装備、手には指ぬきグローブ、無駄な紐が太腿や腕について、首にはシルバー十字のネックレス……ダークチェイサーカッコいいとか言ってるの、十歳超えたら笑えないわよ?」


「だ、だから、動きやすさとか、闇夜にまぎれるとか言ってんだろ」


 毎週、「メンズタンキュウシャ」を買ってるとかばれた日にゃ、全宇宙のSNSに情報流されそうだわ。


「なら背中に描かれてる銀色の片翼は消しとこうか? このエタノールでも消えるかしら」


「すいませんでした、かっこいいと思いました」


「素直が一番」


 にこにこしながら、手に持ったフラスコを鞄の中に突っ込む。


 よく見るとそれ硫酸じゃないの?


「んで、結局どうやって見つけるんだ」


「簡単よ。『永遠に黄金に輝き続ける魔術』がかかってるから」


「はあ?」


 流石に聞き返した。


「だから黄金に輝くの、財布が」


「どこでそんなゴミみたいな魔術を見つけてくるんだ」


「風水的に黄色が良いって聞いたから、どうせなら黄金にしたの」


「自分で持ってる時も目立ちすぎるだろうが」


 買い物してる時に鞄から物凄いフラッシュと共に財布を取り出すとか、間抜け以外の何者でもない。


「永遠に光るから夜道は明るいし、ダンジョンで仕事するときも光に困らないわ。それに比べれば八百屋で財布出すのを躊躇うのなんて些細なことよ」


 この子、ほんまもんのあほの子なの?


「ほんと苦労したわ。革の財布を黄金に輝くように魔術を掛けられる魔術師がいなくて」


「革財布専門で黄金に輝かせる魔術師とか聞いた事ねえわ」


「錬金術界隈にぎりぎりいたのよね」


 ぎりぎりいたのか……。


「でもここ最近歩き回っているが(お前のせいで)、黄金に輝くモンスターなんて見てないぞ」


「あたしもそれが気がかりなの。あの黄金の輝きなら例え食べたとしても、胃袋が黄金に光るはずだし」


 逆に可哀相じゃない、盗んだモンスターさん。


「じゃ、とりあえず財布喰いが、他の宝箱を漁りに行くと信じて全部元に戻しながら行くぞ」


「えー、折角、飛び出す槍とか振り子斧とか毒ガスも用意したのに」


「それシーフの役割だよね?」


「宝箱師兼錬金術師でも、基本を覚えればそんなの簡単に作れるます~!」


「偉そうに言うな! ほら、未来を担う探索者が命を落とさないうちに即刻回収するぞ」


 世界の命運を握る探索者が怪我をしないように、今日のお昼も☆卵かけご飯さんとシルフィード森を歩き回る。


 モンスターは多いものの熟練の宝箱師ともなれば足音を消したり、体臭を誤魔化すデオドラントアイテムを持っていたり、逃げる隠れるはお手の物だ。


「しっかし、冗談抜きで調べてきた宝箱の全てに罠しかけやがって……」


 ギャグと思うレベルで壁から手裏剣が飛び出したり、モンスターが飛び出してきたり、呪いでカエルにさせられたりで流石の温厚な俺も血圧が上がりそうです。


「財布喰い以外にも、今日こそは宝箱の中身を入れ替えてるやつ――✟深淵のサンダルフォン✟さんなんだけどね――罠で殺せばもう入れ替えられないかなって……てへ☆」


「サイコパスもいいとこだな」


「あたしだって財布がないから残り少ないアイテムを駆使して、宝箱に細工したんだから!」


 えっへんと大きく控えめな胸を張る。


 ……どんなに罠にはめられても、とある部分に目線が釘付けになるのは、悲しいかな男のサガだ。控えめでも。


「ぬぬぬ、つ、次は気をつけろよ」


「めんごっ♪」


 絶対反省してないな。


「たく、これじゃ最後の宝箱は何が飛び出すかわかったもんじゃねーな」


 シルフィード森の最深部手前、セーブポイントと呼ばれる何のためにあるのかよく分からない、ただ発光する無意味なパワースポットへ続く道へと到着する。


 このT路地をセーブポイントじゃないほうに曲がると最後の宝箱がある。


「最後の宝箱にはボスの弱点である良い感じの武器が入っているのが定番だ。ボスは巨大蜘蛛だから、ここだけは炎系装備も許される」


 それでだ、と俺は続ける。


「今日のお昼も☆卵かけご飯さんが、ここにいれたの覚えてるか?」


「✟深淵のサンダルフォン✟さんは、毎日食べた卵ご飯の数は数えているか?」


「しらんわ、どこの吸血鬼の話してんだよ!」


 今日のお昼も☆卵かけご飯さんといると、ツッコみスキルばかりが上がって行くから困る。ツッコミ・マイスターの称号とか貰えちゃうんじゃないの?


「今日のお昼も☆卵かけご飯さんはな。初めは鼻をかんだティッシュと割りばし、昨日はエンチャント:雷:ザリガニだ」


「美少女錬金術師が鼻かんだディッシュなら逆に貴重品なんじゃ……?」


 確かに。


「なんじゃ……じゃねーわ。ダンジョンにはゴミ箱もないから、ゴミ捨てるの街まで戻らないといけないから面倒だったんだからな」


 ついでに自分で美少女付けたとこは、つっこみいれねーからな!


 お約束すぎて悔しいし。


「あとザリガニ臭いから。マジで生臭いから。宝箱の中身は洗ったし、ザリガニも川に返してやった。。もう二度とするなよ、特にナマモノはな」


 エンチャント:雷:入ってたせいで、何度感電したことか。


「いやあ、もう入れるの無くて……ノリでエンチャント付けたら付くもんだよね、ザリガニにも」


 心底どうでもいい実験だわ。


 こんな奴に錬金術師のスキルを教えた魔術師を、正座させて一から生命のモラルの大切さを説いてやりたい。


「まあまあ、早いところ最後の宝箱チェックしちゃおう。早く財布を探しに行かないとお腹空いて大変だし――」


 最後の宝箱の広場へと今日のお昼も☆卵かけご飯さんが曲がろうとしたとき、不意に足が止まる。


「うわ、急に止まるなよ」


「い、いた」


「いた?」


 振り返った彼女はこくこくと何度も頷く。


「ほら、あれ!」


 彼女が指さす先、そこには二つの宝箱が設置されている。


 一つは毎日、俺がメンテナンスしている赤を基調としたオーソドックスな宝箱だ。


 そしてもう一つが黄金。


「お、おう……」


 まごうことなき黄金だ。


 黄金を基調とした、なんて言葉は生温い。


 自らが光り輝く黄金の宝箱として草木生い茂る広場のど真ん中に鎮座している。


「これはあれかな、今日のお昼も☆卵かけご飯さんが罠を仕掛けたときに、中に一緒に財布を入れたまんまだったとか?」


 ぶんぶんと左右に首を振る今日のお昼も☆卵かけご飯さん。


「じゃ何でこいつ光ってんだ……」


 ん、待てよ。


 シルフィード森の宝箱は全部で八個。


 ここの広場に最後の宝箱は設置されている。


 だがこの広場には九個目の箱も置かれている。


 これはつまり、どういうことだ?


「あければ分かるか」


 黄金の宝場の中身はなんじゃろな。


 ゆっくりと黄金の宝箱に手を掛ける。


 おお、確かに中身が何だか分からないというのは刺激的な気がする。


 今日のお昼も☆卵かけご飯さんの財布のような気もするし、それ以上のアイテムが入っているような気さえする。


 自分が宝箱師だったから気が付かなかったが、探索者は普段からこんな高揚感を宝箱に持っていたなんて正直羨ましい。




「離れて!」




「え?」


 理解できずに今日のお昼も☆卵かけご飯さんへ振り返ると、さっきまで頭があった場所に何かが爪を立てた。


 爪?


 いや、もっと強大な何か。


「ミミックよ!」


「ミミックだって!」


 俺はすぐさま後ずさりして、今日のお昼も☆卵かけご飯さんの手を取って走り出す。


「何でミミックがいるんだよ」


「さ、さあなんでかなあ?」


 背中からはガチョンガチョンと、跳ねながらも時速一五キロくらいで迫るミミックの足音(箱音?)が聞こえる。


 足(?)早すぎないか!


「今日のお昼も☆卵かけご飯さん、さては宝箱に財布が喰われたこと知ってたな!」


「いやー、怒られると思って」


「誰だって怒るわ!」


 誤魔化すために神妙な言い方したのかよ!


「宝箱に罠しかけただけじゃ、中身を入れ替えに来る人が致命傷じゃないかなって思ったから、命与えてみちゃった。ごめんね☆」


 眼をうるうるさせて、上目使いで俺を見るが、


「それどころじゃねー!」


 セーブポイントを入り口の方に曲がろうとすると、さらにガシャンガシャンと箱音がする。


「お前まさか、他の箱にも……!」


「うん、この森の箱には全部命を吹き込んだわ! 天才過ぎない? ちなみに九個目の箱は自前でサプライズのために特別設置したんだから」


「それがさっきの箱か――!」


 サプライズってことは、


「武器が入ってるんだな!」


「もちのろんろん、最強よ」


「なら――!」


 四の五の言っていられない。俺は今日のお昼も☆卵かけご飯さんの手を引っ張り上げて、そのままひょいと抱きかかえる。


「ひゃ」


「口閉じてろ!」


 ボケられたらツッコまなきゃいけない。


 ツッコんでたら空気が吸えなくて速度が落ちてしまう。


 速度が落ちたらミミックの餌だ。


「うおおおおおお!」


 踵を返して来た道を戻る。


 だが、先ほどの広場に戻るにはミミック一号と戦わなくてはいけない。


 知っての通り俺には戦う力なんてない。


 けど宝箱師として完璧に物事はこなす心意気はある。


 それが俺のポリシーでもあり、俺自身を構成するアイデンティティ。


 もう二度とこんな走り回る日々はごめんだ。


 平穏で心配事のない完璧な日常を俺は求めている。


 だから、だから――。


「バランスが大事だっていってんだろおおお!」


 頭を噛み砕くミミックの咢が頭上へと迫る。


 ガキンッ。


 金属と金属がぶつかり合う音。


 それはミミック一号と二号から八号がぶつかり合った音。


「え、ど、どうして――?」


 俺に抱きかかえられている今日のお昼も☆卵かけご飯さんすらも、何が起きたのか理解できていないようだ。


「ダークチェイサーの基本スキルは回避なんだよ」


 宝箱師が完璧に仕事をこなすには、探索者に見つかってはならない。


 だから俺は己の存在を消すためにダークチェイサーという職業で隠密技術を学んだ。


 血で血を洗うような特訓をしたようなしないような日々を過ごしたら、数秒だけいい感じに回避できるいい感じのスキルを身に着けていたのだ。


「つまり、よく分からんがいい感じに避けた、とでも言おうか」


 自分でも何故か分からんが必死になると避けれるのだ。滅茶苦茶腹が減るので一日に数秒だけが限度だが。


「このまま逃げ切るぞ」


「いけいけー!」


 逃げれると分かった今日のお昼も☆卵かけご飯さんは、腰の薬を次々と後方に投げまくっていく。


 五感に感じるのはシルフィード森に不相応な爆発音と衝撃、閃光と硝煙の臭い。


「やったか!」


「そういうときって、大体やってないよね――っと!」


 ダイナマイトの束に火をつけて後方にぶん投げ、爆風で俺たちも先ほどの広場へと叩きつけられる。


「うげっ」「あうっ」


 無様に顔から地面へと突っ込んでしまった。


 しかも川が流れていて、衣服までびしょ濡れである。


 隣を見ると今日のお昼も☆卵かけご飯さんも同じように水に濡れて服が透けかかっていた。見て良いのか悪いのか……。


 ぶんぶんと頭を振り、エロよりも命が危険かどうかを再確認する。


 欲望に従うのはそのあとだ。


 先ほどまで走っていた通路を確認すると、モクモクと黒い煙が上がっていた。


「ふう……流石に終わったか……」


「あたしも探索者になれるね、この手腕なら。今、ジョブレベル上がった気がするし」


 なんだ、ジョブレベルって。


「これにこりたら宝箱に細工するなよ?」


 思う存分、濡れネズミの姿を見れると思ったら、彼女は羽織っているマントの前を締めて、しっかりと濡れた洋服をガードしていた。


 く……ミミックの危険性よりも性欲を重要視するべきだったか――!


「はーい、わかってますよう」


 今日のお昼も☆卵かけご飯さんは、とことこと宝箱に近づき、蓋を開ける。


 するとその手には、


「それのどこが最強の武器なんだ」


「かわいいでしょ?」


 へへ、と恥ずかしそうに構えるのは、布製の傘だった。


 ドピンクでふりふりレース付きの。


「こうやって構えると、剣みたいじゃない?」


「見えなくもないが……」


 傘でミミック八体倒せとか、ソードマスターでもきつくない?


 そっち選んでたら即死ルートだったわ。


「これにて一件落着か」


 思いきや、ガチャン……ガチャン……と何処か遠くから金属音が響いてくる。


「……おい、まさか」


「こ、この音」


 ガチャ、ガチャン、ガキャン。


 ガチャ、ガチャン、ガキャンガチャ、ガチャン、ガキャン。


 ガチャ、ガチャン、ガキャンガチャ、ガチャン、ガキャンガチャ、ガチャン、ガキャン。


「や、やばい、逃げるぞ」


「ど、どこへ?」


 言われてみればこの広場は太い木々が行く手を阻み、袋小路を形成している。


 俺たちは八体のミミックを前に後ずさりするしかできなかった。


「その傘、なんかエンチャントしてないのか、いつもみたいに」


「そ、そうだ、確かこれにも!」


 ばっと勢いよく傘を開いてみるが何も起きない。


「あれれ、な、なにを付与したんだっけ」


「知らねーのかよ!」


「ごめんね♪」


 可愛く謝ってもミミックが歩みを止めることはない。


「お、終わりか……宝箱師としてこの世界の探究者を育て上げる夢が――」


「✟深淵のサンダルフォン✟さんにそんな夢が……でもこんな時のために強い武器を与えて探索者たちを強化しておくべきじゃなかったの?」


 もう下がるところもない。


 足元は流れる川に沈み、背中は太い木々ばかりだ。


「……そうかな。こんな時でもそうは思えないんだ」


 俺はミミックから視線を外し、今日のお昼も☆卵かけご飯さんを見つめる。


 不安げな表情が俺の胸を軋ませた。


「彼らは『自分たちで順当に成長している』、そういった成功体験を積み重ねていかなければ、探索者という「全体の意識」はレベルアップしないんだよ。宝箱の中に強力なものが入っていて、それだけに頼っていたら、この星は困難は突破できない」


 だから彼らに自分たちの足で歩いて行ってほしい。


 勝利を掴む方法を、喜びを知ってほしい。


 そのためなら俺たち宝箱師はいくらでも手を貸そう。


「でも、それもここで終わりか」


「✟深淵のサンダルフォン✟さん……」


 震える小さな手を俺は握る。


 彼女も同じように俺の手を握った。


 最後の抵抗か、今日のお昼も☆卵かけご飯さんはピンクの傘を開いて肩にかけている。


 まるでどこかの令嬢化お嬢様だ。


「それじゃ、またいつかどこかで会えたなら、あたしも✟深淵のサンダルフォン✟さんの手伝いしてみよっかな。そういう先も見たくなった」


「そのときは、しっかり頼むぜ」


 語り終えるのを待っていたのか、ミミックたちは一斉に俺たちに飛び掛かる。


 腕も足も捥ぎ取られて、ジ・エンド――。




「「あ、あれ?」」




 俺の想像では激痛が走っているハズなのに、薄っすらと目を開けるとミミックたちが全てぷスプスと煙を上げて感電死している。


「な、何が起こったんだ?」


「さ、さあ?」


 辺りを見回すと俺の足元に見慣れない何かが動いているのが見えた。


「こいつは――ザリガニ?」


「あ、ザリガニだ」


 足元にいたザリガニは目をウルウルさせて、俺を見上げていた。


 どうやらこいつは今日のお昼も☆卵かけご飯さんにエンチャント:雷:を付与され、宝箱に込められたが、俺に助けられたエンチャント:雷:ザリガニさんだった。


「(きゅっきゅー!)」


「あー、何か知らんけど、ザリガニの鳴き声が聞こえる気がする」


「✟深淵のサンダルフォン✟さんも雷に頭やられたんじゃないでしょうね」


「やられてないわ! でもなんで大丈夫なんだ? もしかしてそれか?」


 俺が見た先は彼女が持っているボロボロになった傘だった。見事なピンクは真っ黒になり、鉄の部分も見事にむき出しである。


「あ、思い出した。この傘、雷落ちても大丈夫なようにエンチャント:雷耐性:付けてたんだった」


「うおお、シルフィード森じゃ、全く役に立たねえ」


 ここ、雷なること滅多にないのよね。


「ったく……どこまでダンジョンに合わないものを宝箱に入れてんだか」


「にへへ、たまには役に立ったでしょ?」


 するりと俺の手から彼女は離れる。ほんの少しばかり名残惜しい気がしたのは気の迷いだ。


「ま、悪くはねーか。あーあ、また宝箱前部設置しなおしだ。しかも今度は箱から」


 でも何だか悪い気分じゃない。


 トラブルを乗り越えた後だからなのか、清々しい気分だった。


「それまであの宝箱に働いてもらわないとね」


 彼女は自分が設置した九個目の宝箱に近寄り、黄金に輝き続けている財布を胸元に仕舞う。 そしてボロボロになった傘――今は鉄の棒きれ――を見つめた。


 彼女は一度俺の顔を見て、向日葵のように笑い、鉄の棒を箱の中に押し込む。




 やれやれ、まあ、その武器ならダンジョンのレベルに見合った武器だ。


 こんな彼女が宝箱師なら、この星の探索者は毎回、大変そうだ。




 ☆☆☆




「どうだったかね、F-DQF-十五惑星は」


 幻想擬体から復帰した俺を、全世界洞窟宝箱協会連盟のF-DQF-十五惑星調査隊長が見下ろしていた。


「順調ですよ。報酬による原住民の意識レベル及び文化的遺伝子であるミームの成長も予定通りです」


 暗黒に浮かぶ片翼の船から自然に満ちた青と緑の星を見下ろす。


「三千年後には私たち地球人と接触できるレベルになれると思うかね、サンダルフォン?」


「ええ、想定外のファクターも潜んでいますから、可能ですよ。僕が保証します」


 F-DQF-十五惑星の周辺に浮かぶ別の艦隊を見ながら、彼女のことを思い浮かべる。


 進化に必要な「想定外」を内に秘めた宝箱――彼女となら、この星の開拓も退屈しなさそうだ。


                                      END

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