表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

中編

時系列が回想から現在に戻ります。

 一連のことを話したところ、クララは「なるほど」と軽く頷きました。


「そのような事があったのですね……」


 普段は平然と毒を吐くクララですが、今日は何となく同情的です。それだけ、今の私は疲れた顔をしているのでしょう。


「ええ。誤解を解こうときちんと話そうにも、朝は起きたら既にいませんし、帰った時を狙っても旦那様は直ぐに部屋に隠ってしまいます」


 話している内に、気分が沈んでいきます。


 あれ以降、旦那様は何かと理由をつけて、私との会話を拒んでいます。


 信じてくれない旦那様に対する怒りと、それ以上の悲しみ。胸の中はぐちゃぐちゃで、もう、どうすればいいのか分かりません。


「しかし、貴女なら、諦めず部屋に乗り込むくらいはするでしょう」

「…………こっそり見ていたのですか、クララ」

「そんな気がしただけです。……まさか、本当にしたのですか?」

「しましたよ! しましたが追い出されましたッ!」


 貶されている気もしますが、クララの言った通り、何度か旦那様の部屋に伺いました。……すべて仕事があると門前払いをされましたが。


「やはり、旦那様は私が浮気をしているとお思いなのでしょうか……」

「端から見ていると、貴女がマリオン様の事を大好きなのは一目瞭然なのですがね」


 そう言いつつ肩を竦めるクララ。友人に信じてもらえている事を嬉しく思いますが、そんなにわかりやすいでしょうか。


 首を傾げていると、呆れたような目を向けられました。


「私と会う度にマリオン様の話ばかりなのに、分からない訳がないでしょう」

「だ、だって……聞いてくれるのはクララくらいなので、つい」


 ぼそぼそと言い訳しますが、何だかこれだと私にクララ以外の友人がいない感じがしますね。いえ、否定はしませんけども!


「つい、で延々とマリオン様との思い出話をされる私の事、考えた事がありますか?」

「それについては、申し訳ないと思っています。というか、私だって、もっと多くの方に旦那様がとても素敵な方だとお伝えしたいです! 私の理想の肉体美をお持ちだというのもあるのですが、それだけではなく、気遣ってくれる優しさ、たまに冗談を言うお茶目さ、時々見せる凛々しい表情、他にも……」

「もういいですよ。わかりましたから」


 クララは熱くなる私に冷静にストップをかけた後、疲労を覚えたかのように、指で眉間を押します。


「それで、結局、浮気はしていないんですね?」

「していませんよッ!」


 聞き捨てなりません。信じてもらえていると思っていたのに、まさか、一番の友人にも疑われているとは。


 怒りを表現する為に、机をばんっと叩いて立ち上がってみました。……少しだけ手が痛いです。


「結婚したのは私なのですから、旦那様の筋肉は勿論、手も足も目も! 髪一筋だって私のものです! ……その筈です!」


 段々混乱してきました。いくら友人の前だからと言って、独占欲を曝け出して良いのか迷いましたので、最後に断定を避ける為の言葉を付け足してみます。……何の意味もありませんが。


 でも、旦那様に対する気持ちは本物だと自負しています。


 最初は旦那様の体つきばかりが気になっていましたが、もう違います。私は、中身を含めた旦那様の全てを愛していると、胸を張って言えるのです。


 ――そんな風に思える方を裏切るなんて、あり得ません。他の誰にも渡したくないのですから。


「そう思う程夢中になっているのに、浮気なんてするわけがありません!」

「――と言っておりますよ、マリオン様」


 クララの言葉は、私に向けられたものではありませんでした。


 嘆息する友人の目は、私の後ろ……部屋の入口辺りに固定されています。


「え?」


 まさかと思って振り返ったらそのまさかでした。


 優しげな面立ち。短く刈られたダークブラウンの髪。青灰色の双眸が、真っ直ぐ私を見ていました。


 見間違う訳がありません。本物です、本物の旦那様です。……それにしても、いつ見ても素晴らしい体つきです。


 でも、どうして屋敷にいるのでしょう。時間的に、仕事中の筈ですが。


「フランシスカ……」


 入口で佇む旦那様に名前を呼ばれました。旦那様の顔が少しばかり赤い気がします。


 こんな旦那様は見た事がありません。喋る時には、いつも淀みなく言葉を紡ぐ方なのですが、今は言葉を探しているような雰囲気です。


 ……もしかして。


「今の話、聞いていらっしゃいました?」

「……ああ」


 ここ暫く、いつにも増して冷たい態度だったので、反応してくれたのは嬉しいですが、できればそんな返事は聞きたくありませんでした。


「…………全部?」


 こくり、と頷く旦那様。途端、部屋の空気が気まずくなります。


 クララに話した事を思い返し、血の気が引いていきます。


 どっ、どうしましょう!? 絶対に引かれてしまいました。私には分かります、だって、私も自分を気持ち悪いと思っていますので!


「な、な、な……」

「連れてきたのは私です」


 頭が真っ白になる私を他所に、説明してくれたのはクララです。付き合ってられないとばかりに一人椅子に座り、優雅にお茶を続けています。


「元々、ニコラス様に言われていたのです。最近、マリオン様の様子が可笑しいから、理由を探ってくれと」


 ニコラス様は、クララの夫にして、旦那様の友人でもあるお方です。


「どう探ろうか考えていたところ、貴女から会いたいという手紙が来ました。私は、これぞ渡りに船と、貴女と会うのを了承したのです」


 ところが、とクララが続けます。


「ここに来る直前、マリオン様が私の屋敷を訪れました。ニコラス様から聞いていた通り様子が可笑しかったので、事情を聞いてみたら、フランシスカが浮気をしているかもと言い出したのです」


 でも、とクララが私に目線をくれます。


「私は、貴女がこういう方だと知っておりましたので、手っ取り早く仲直りして頂く為に、マリオン様に私達の会話を聞いて頂いたのです」


 私は未だに衝撃から立ち直れません。クララの言葉が耳を素通りしていきます。


「ところでマリオン様。浮気だ何だと荒んでおりましたが、杞憂だったでしょう」

「……ッああ、本当に恥ずかしい限りだ。愛する妻を疑った上、濡れ衣だったとは」


 友人の策略だったという事は分かりました。しかし、私が必死で隠していた事を暴露されるなんて……。


「クララ、他に方法はなかったのですか……?」

「手っ取り早くと言ったでしょう。文句はマリオン様に言って下さいな。仕事に影響して、ニコラス様も困ってらしたのです」


 だからと言って、友人たる私の秘密を、分かってて最愛の旦那様にばらしてしまうとは。……いえ、分かっているのです。本当は感謝すべきなのです。私の為ではないとは言え、仲直りの機会を与えてくれたのですから。


 でも、これくらいは許されると思うのです。


「酷いですクララッ、折角隠してたのに、嫌われてしまったではないですか!」

「……それはありえませんよ。後はお二人でじっくり話し合ってみてはいかがですか」


 呆れたように言ってのけて、クララは淑女の礼をしました。どうやら、退室するようです。


「それでは、ごきげんよう。良い報告を待っていますわ。……ああ、そこの貴方、主人の代わりに見送って下さる?」

「畏まりました」


 クララの言葉に執事が頷き、二人が部屋を出ていきます。


「お二人の仲直りに協力して下さり、感謝申し上げます」

「いえ、元々じれったいと思っておりましたの。……お互いに思っておりますのに、どうして伝わってないのか、不思議でしたわ」


 そんなやり取りが聞こえてきました。いえ、聞こえるように言ったのでしょうけど。


 部屋に残った私と旦那様で、顔を見合わせます。


 そして数秒後。どういう状況かを理解した脳が、考えることを拒否しました。すっと意識が遠くなります。


「フラン!?」


 切羽詰まった声が私の名前を呼ぶのを最後に、私の意識は途絶えました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ