お餅を吸い出せ -4-
階段を降りると、両親が僕を待ち構えていた。
僕は2階では大変疲れてしまったので、もう素直に喉に詰まったお餅を取ってあげようと思った。
(そもそも皆はさ。僕が見返りを求めて行動する人間だと思い込みすぎてる気がする...)
お爺ちゃんとの一件が皆の心に残ってるのだろうか...あそこで欲張らなければよかった。
両親は僕の肩に手を置くと、客間へと僕を連行した。
リビングではまだお爺ちゃんとお婆ちゃんが戦っているらしく、バタバタと駆け回る音や食器が割れる音が響いていた。
客間に着くとホワイトボードが2つ用意してあった。
入って奥側のホワイトボードに書かれたものを僕に読ませたいのか、父が顎でクイックイッとそちらを示していた。
「えー...."2019年 新春 第一回 どっちが息子を愛しているか選手権"...?」
僕がきょとんとしていると、両親はパチパチと拍手をして盛り上げている。
僕も雰囲気に呑まれて、2、3度パチパチと手を叩いた。
「えーっと...これはつまりどういうことでしょう...?」
僕が困惑して母親の方を見ると、母親は青白い顔で顎をクイクイと動かして、もう一方のホワイトボードを見るように促した。
「1分...僕のいいところを沢山書いた方が勝ち...最終ジャッジは僕...」
父親が親指を立てて、"その通り!"と僕に合図した。
(いや、こんなことする必要があるのか...?)
(そもそも僕は素直に餅を取ってあげたいのだけれど...)
僕がそんなことを言い出す間もなく、母親は僕にストップウォッチを手渡すと、ホワイトボードの前に立った。
父親も首を左右に傾げてコキコキと音を鳴らしながら、やる気に漲っている様子だ。
両親はホワイトボード横についた固定用のピンを回して、ボードの表裏反転させる。
真っ白のホワイトボードを前にして、マーカーを握りしめると、僕の方を振り返る。
...どうやら開始の合図を待っているようだ。
僕は思わずはぁとため息をつく。
(ここまでやる気になっているなら仕方あるまい...)
僕は渋々とストップウォッチのボタンに指をかけた。
「じゃあいくよー...よーい..スタート!」
僕はストップウォッチのボタンを押した。
その音を聞くや否や、両者猛スピードで書き始めた。
(すごい速さだ...さすがは僕の"両親"...僕のいい所なんて知り尽くしているという訳か...!?)
僕は何となく誇らしげな気持ちになって、両親が何を書いているかこっそり覗いてみることにした。
まずは父親の回答を覗く。
"優しい" "思いやりがある" "気遣いができる" "優しい"
(大体全部一緒の意味じゃないか!...そして"優しい"が2回書いてある...)
僕はがっかりしつつ、母親の回答も覗いた。
"優しい" "思いやりがある" "気遣いができる" "優しい"
(全く同じ!!仲いいな!おい!)
僕は心の中でツッコミを入れた。
彼らのスピードは緩むことがない。どんどんと僕のいい所を書き連ねてく
父: "弟思い" "妹思い" "姉思い" "兄思い"
(うすい...!?"家族思い"で纏められるものを分別して量をかさ増ししている!?)
母: "高校生なのに大人びている" "母親に冷たい" "勝手に部屋に入ると怒る"
(後半ただの愚痴じゃないか? 思春期なんだから、それくらい許してくれよ!)
父: "目元がぱっちりしてる" "この前絵をプレゼントしてくれた" "剣術の才能がある" "母親似で可愛い" "嫁に出したくない"
(これ絶対僕の事じゃないやろ!?目は細いし、絵も描いてねぇ...剣術の才能もないぞ...。これ絶対妹のことだろ!!おい、この禿げ!)
母: "お父さんに似てきた" "偶にお父さんの匂いがする" "お父さんがこの前一緒に歩いていた女の人はだれ...?"
(僕が父親に似てきたのは薄々感じていたが..抜け毛もひどいし...匂いはショック..加齢臭じゃん。そして、父親と一緒に歩いてた女の人は誰!?)
父: "誤解" "あれは会社の同僚" "たまたまばったり会っただけ"
(それは嘘くさいな...というか母親の書いたの見て返事してるじゃんか!?そして、僕のいい所はどうなったんだ!さっきから二人とも!)
母: "嘘つき!" "どうせ不倫してたんでしょ!" "私の事なんてもう愛してないのね..."
(うわ、修羅場じゃないか。まさか父親はほんとに不倫を...)
(あっ、一分経った)
ピッ
僕はストップウォッチを止めた。
母親は父親の方をじっと睨んでいる。その目元には薄っすらと涙が滲んでいた。
父親は俯いて、母親と目を合わそうとしない。
(うわぁ。これは終わった。正月のめでたい日なのに...家庭崩壊だぁぁ!!)
そう僕が絶望していると、父親がごそごそとポケットを探りだした。
そして、小さなケースを取り出すと母親に差し出した。
(なんだ、これ...?)
母親が訝しげにそれを受け取るとそのケースを開いた。
中にはキラキラと輝いくダイヤのネックレスが入っていた。
母親が驚いた様子で父親を見つめる。父親は恥ずかしそうに俯いたまま、ホワイトボードに何やら書き始めた。
"今日は結婚20周年"
"一人でお店に入るのが気恥ずかしかったから、同僚を誘っただけ。心配しなくて大丈夫。彼女は夫にゾッコンな3児の母で、僕には全く興味はないってさ。"
"僕は君だけを愛してい..."
そう書き終える前に、母親が父親に抱き着いた。
父親もそんな母親を強く抱きしめた。
僕はそんな夫婦の深い愛情に感動し、涙を流しながら、拍手を送った。
...ひとしきり感動し終えた僕は、掃除機を手にした。
二人はまだ抱き合っている。
(まあここは、二人とも"勝ち"ということにして、どっちも餅を吸い出してあげよう...全然僕のいいところは書けてなかったけども..)
僕はコホンコホンと咳払いをした。二人は僕の事など見えていないのか二人で見つめ合っている。
「えーあのーお二方。今から勝負の結果を発表したいと思います。えー勝者は...」
(ちょっとこういうのは"タメ"をつくった方が盛り上がるかな...)
僕は目をつむり、頭の中でドラムロールを鳴らした。
そんな僕の肩をトントンと母親が叩いた。
母親がホワイトボードの方を見るように僕を顎で指示した。
僕は言われた通りホワイトボードを見てみる。
"ちょっと出てってもらっていい?今からお父さんと二人で大事な用事があるから"
父親は客用の布団をセッティングしているところだった。
「いやいやいやいや。あなた達が僕をここに呼び出して、なんだか訳の分からない勝負を始めたんでしょう!?決着をつけなくてもいいの?」
母親が僕の背中を押して、ズルズルと部屋から押し出そうとしている。父親がホワイトボードに小さな字で何か書き始めた。
"そういう空気が読めないところがお前の悪いところだぞ"
僕はカチンときた。
「いやいや、それ僕のいいところを書く奴でしょ!?なんでわるいところを書いてるんだよ!というかいいのかよ。喉に餅詰まってるんじゃないのぉぉ!?取らせろよぉぉ」
遂に部屋の外に追い出された僕は、パタンと閉められたドアをじーっと睨んでいた。
(もう一生助けてなんてやらないからな!)
(お幸せに!)
僕は苛立って、ドタドタと足音を立てながら、玄関から家の外へ飛び出した。
お餅を吸い出せ -4- -終-