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水の聖者  作者: 森川 悠梨
序章
7/7

再会

「マガネスおばあちゃん! 今日だよね? シノンとロウさんが来るの!」

「ああ、今もまだその未来は変わってないから、そうなんだろうね」


 バタン、と音を立てて居間に突入したのは、十六歳になったルミナ。幼かった顔立ちもすっかりなりを潜め、大人らしい顔立ちへと成長を遂げた。

 三年前は肩にも届かないほど短かった白銀の髪は背中にまで達しており、顔立ちの美しさにもさらに磨きがかかっていた。

 前にシノンに会ったのは一年と半年も前で、マガネスの予言により今日、シノンとロウがマガネスの家に来ることがわかったルミナは、この日をずっと楽しみにしていたのだ。

 わざわざ街に買い出しに出て、シノンのためにお菓子や新しい服を調達するほどに。


「はは、ずっと楽しみにしていたもんな。もうすぐ会えるよ。ほら、茶を淹れる練習をたくさんしたんだろ。顔を洗って朝食を済ませたら、お茶と菓子を準備してきなさい」

「はい!」


 食卓で朝食を摂っていたエジルは、いつもよりも高い声で、いつもよりも軽い足取りのルミナを見送り、食後の珈琲を一口飲む。


「あんなに楽しそうなルミナも珍しいですよね」


 マガネスの食器を片付けながらそう呟くのは、二十代ほどの若い青年。

 くせっ毛な青髪に淡い緑色の瞳を持つ青年は、ルミナの幼馴染みであり、エジルの兄弟子であるライザ。

 若くエジルよりもずっと歳下であるが故に、大半の者はエジルが兄弟子でライザが弟弟子だと思うことだろう。しかし、一部の熟練の魔法使いがライザを見れば、その優秀な魔力制御力に開いた口が塞がらなくなることだろう。

 ライザは修業の一環として、常に魔力を使用して制御する訓練を行っている。周囲に漏れ出る魔力を抑え、他者や敵から身を隠す(すべ)、魔力を触覚のように扱い、小さな物を動かす(すべ)などが代表的である。

 一部の魔法使いや魔術師は魔力を視覚的に捉えることができるのだが、そんな者たちはきっと揃ってこう言うだろう。『まるで魔力が生き物のように動いている』と。

 というのも、ライザは物心つく前からマガネスに魔術師として育てられてきたおかげで、魔力を使うことそのものが習慣となっているのだ。周囲からすれば天才と称されるにふさわしい腕ではあるが、彼が魔術以外に興味を示すのは富でも名声でもなく、薬草や野菜などと言った植物のみであった。

 そういう意味では、師匠であり育ての親でもあるマガネスと共にこうして隠居生活を送るのは、彼の性には合っているのかもしれない。


「あの子のあんな笑顔、シノンがここに来る時くらいしか見れないものだしな」

「命の恩人でしたっけ。ルミナの一つ下なのに、腕が立つんですね」

「兄さんだって同じようなものでしょう、物心ついたころから師匠のところで修業してるじゃないか。シノンもそんな感じだと、前にロウから聞いた」

「そういうもんですかね」


 特に表情を変化させるといったことはなく、冷静にそう返すライザ。自分のことを特にすごいなどとは思っていないため、褒められたとていまいち実感が湧かないようだ。


「それより、エジルさんは薬を飲むの忘れないでくださいね。あと珈琲は控えてください」

「わ、わかっているよ、兄さん」


 二杯目を飲もうとしていたエジルは、兄弟子に図星を衝かれて肩を揺らすも、咳ばらいをしながら自らの食器を片付ける。


「マガネスおばあちゃん、これ…」

「お、ありがとうね。…ふむ、相変わらずルミナが淹れてくれたお茶は美味しいね」

「ふう、よかった。ありがとう」


 シノンのために練習し、マガネスに飲んでもらうことで反応を窺い、味の評価をもらうルミナ。マガネスの家にいる間はお茶を淹れる練習をし、マガネスに評価してもらうのが習慣になっていた。


「ん、これおいしい」


 マガネスに茶を渡した後、食卓に就いたルミナは朝食を摂り始める。

 ライザが一から育てた野菜と小麦で作られているサンドイッチは、野菜は収穫から間もなく、パンは焼き立てでとても美味しかった。野菜と共に挟まれている肉は鳥系の魔物でありながら豚肉のような風味を持っていて、それでいてあっさりしている。

 特製のソースに包まれた肉はパンと野菜との相性が良く、ルミナは笑みを浮かべてそれを頬張る。

 背中まで伸びた髪は赤い紐で結んでおり、淡い色の中にアクセントが効いていてとても映えるものとなっていた。自分の髪や目、肌の色に合わせてアクセントカラーを飾るのは、現在、街で流行中のファッションスタイルらしい。


「よかった。街でレシピを買ってきて、試してみたんだ。口に合ったようで何より」


 自分の作った料理をおいしそうに食べてくれているルミナに笑みを浮かべながら、ライザは食器を洗っていた。

 ルミナは食べ終わった後の食器の片付けを手伝い、早々にお茶とお菓子の準備を始める。

 太陽が最も高く昇る頃、ルミナが最終確認をしている間に、マガネスとライザの探知魔術に二つの反応が見られた。しかしそれはよく知っている反応であり、二人は特に警戒をするでもなく、そのまま普段通りに振舞っていた。

 しばらくすると、ツリーハウスの階段を二人の人間の足音が鳴らすのが聞こえてきた。それを聞いたルミナは待ちきれないといった様子で外へ飛び出し、ベランダの手すりを乗り出し、シノンとロウへ手を振って声をかけた。


「シノン、ロウさん! いらっしゃい!」

「お、ルミナか。久しぶりだね」


 身を乗り出しているルミナを見上げながら、ロウは笑顔で手を振り返す。シノンは相変わらず反応が薄いものの、ルミナを見上げて口元に少しだけ笑みを浮かべていた。

 二人は家の中に招き入れられ、皆と挨拶を交わす。


「師匠、ロウさんたちも来たことだし、少し薬草を探してくる」

「ああ、気を付けて行ってきな」


 ライザは大きな籠を背負い、マガネスにそう言った。


「あ、ライザ、気を付けてね!」


 ルミナに見送られたライザは頷きながら家を出る。そして振り向き、今お茶を淹れるね、とシノンに告げてから、パタパタと奥へ行ってしまった。


「シノン、身長が伸びたようだな」

「まあ、はい」


 エジルがシノンに声をかける。一年と半年で多少は身長が伸びたものの、まだルミナの方が少し高いようだ。成人もしたので、シノンの身長はこれからどんどん伸びてくることだろう。


「ルミナは今日を楽しみにしてたんだ。よかったら、また話してやってほしい」

「はい」


 にこ、と笑いかけた後、エジルはロウへと話しかけた。肩を組みながら大人同士で話をしに、シノンから少し離れた場所へと連れて行ったのだ。

 そんな時、奥の部屋からルミナが戻ってくる。一瞬、ロウがシノンの隣にいなかったため、少し探したらエジルに絡まれているロウの姿を見つけ、クスリと笑う。


「お待たせ、シノン。どんなお菓子が好きかとかわからなくて、色々買って来ちゃったの。甘いものは好き?」

「うん」

「よかった! これ、秀亀王国のお菓子なんだって。豆とお砂糖の練り物らしいんだけど、とっても甘くて美味しかったから、一緒に食べよう」


 頑張って練習したお茶を淹れながら買ってきたお菓子を意気揚々と紹介している。


「餡子? 確かに、あれは美味しかった。でもこれは食べたことがない」


 以前シノンが食べたのは、黒餡子の団子だった。しかし目の前にあるのは、淡い桃色や黄色、緑色、そして青色が織り交ざる不思議な色のお菓子。花のようにも見えるし、てまりのようにも見えるそれは、お菓子というよりも芸術品のようにも見えた。


「お店の人が言うには、これは『和菓子』っていうんだって。秀亀王国の伝統のお菓子で、最近コペル王国でも流行り始めてるの」


 ルミナは小皿に乗せられた和菓子をシノンの前に置きながらそう話す。和菓子に合わせてお茶も秀亀産の緑茶で、シノンの湯飲みには茶柱が立っていた。


「あ、茶柱…」

「えっ、ほんとだ。じゃあ、シノンはきっと今日、いいことがあるね!」


 異国では、茶柱が立つことを吉事の前兆とするらしい。

 一部の地域では、茶柱が立っていることを他者に知られると、その相手に幸運が移るという話もあるようで、それを知っていたシノンはわずかに口角を緩めながら、ありがたくお茶菓子を一口、楊枝を使って口に入れる。


「…ん、美味しい」

「ほんと? よかった」


 自分が選んだお茶菓子を美味しいと言ってもらえたことが、ルミナは嬉しく、笑みを零した。

 口いっぱいに広がる甘みを噛み締め、シノンはそのお菓子を味わって食べた。よく見ると、その和菓子の中には黒餡子も入っていた。

 柔らかく崩れやすいであろうこのお菓子は、一つ一つ、全て手作業で作られていると聞いたことがある。繊細な指先と精神で作られる和菓子は、世界でたった一つの芸術とも言える。職人の優しさと温かさを感じるこの和菓子に、シノンは心から敬意を抱いていた。


「ロウさん、ロウさんの分も買ってきたの。よかったら食べますか?」

「お、いいのか? じゃあ遠慮なくいただこうかな。ありがとう」


 エジルと話していたロウにも、ルミナは和菓子をお裾分けしていた。

 ロウは和菓子の存在を知っていたようで、食べるのを惜しみながらも、その甘さに頬を緩めながら頬張る。


「うん、美味しい。ルミナ、ありがとう」

「お口に合うようでよかったです、王都で流行のお菓子なんですよ。よかったら、お土産用にいくつか包みましょうか?」

「うーん、返事をする前に、少しマガネスさんと話をするから、それが終わったらでいいかな?」


 要領を得ないロウの返事に対し、ルミナは首を傾げながらも頷く。


「わかりました、じゃあ失礼しますね」


 ぺこりと頭を下げたルミナは、シノンが座っているテーブルに向かって歩いて行く。


「…さて、マガネスさん、少しお願いがあるのですが」

「ああ、いいよ。あんたの願いなら聞いてやるさ」


 ロウは改まって、マガネスに対してそう言った。三年前の借りを返しきれていないと感じていたマガネスは、迷わずロウに返した。

 シノンの過去を占った結果現れた幻夢龍に関する調査にもまだあまり進展がないからこそ、マガネスは自分にできることであればなんでも叶えてやりたいと考えていた。


「しばらくの間、シノンをここで預かってはもらえませんか」

「ほう、シノンを、かい?」


 少しだけ意外そうに声をあげたマガネス。しかし理由はロウが話してくれるだろうと、彼に話の続きを促す。


「ご存じの通り、俺とシノンは一緒に世界中を旅しています。俺個人としても、シノンと共にこれからも旅を続けたいと、そう考えてはいるのですが…今回とある事情で、シノンを連れていけなくなってしまったんです。用事が終わってから合流しようにも、連絡の取り合いが簡単にはできない以上、あらかじめ信頼のおけるあなたに、預けたいと考えたんです」

「その用事のある場所の近くで待機させる手はなかったのかい?」

「いえ…できればシノンを、その場所の近くに行かせたくありません。それに、場合によっては数か月留守にする可能性があって、その間、シノンが一人で冒険者の仕事をできるとは思えないんです」

「…ああ、なるほどね」


 一瞬だけ理解が追いつかなかったマガネスだが、すぐにロウの言いたいことが分かった。

 冒険者とは、実力だけでやっていける職業ではない。他者との連携やコミュニケーションがかなり重要となり、それは命綱にも匹敵する。

 しかし今のシノンは、ロウのいない状態で他者とコミュニケーションを取ることがかなり困難であった。

 実力は確かで協調性はあっても、他者と話すことが苦手なシノンには、まだ一人で活動するには危険が伴うだろう。

 それに加えてシノンはレイヴァであり、常にその身を狙われる可能性が伴うということもある。

 確かに三年前に比べれば、必要最低限の会話くらいはできるようになったかもしれない。だが、今のシノンの性格と態度では、勘違いや擦れ違いによりトラブルに発展しかねない。それを防ぐためにも、ロウは信頼のおける誰かにシノンを預けるという決断に至った。


「シノンは納得しているのかい?」

「少し反発はされましたが、物分かりがよくて助かりました。ちゃんと帰ってくるという約束を取り付けて、納得してもらいました」

「そうかい。私は構わないよ。ルミナ、あんたも来な」

「え? あ、はい」


 唐突に名を呼ばれたルミナがシノンとの会話を中断し、マガネスの前に立つ。


「シノンがしばらくこの家に滞在することになった。ロウが、しばらく私に預けたいんだとさ」

「え? それって、シノンとしばらく一緒にいられるってこと?」


 それはとても嬉しいが、いったいなぜ? という疑問の顔を、ルミナはロウに向ける。


「まあ、事情があってな。ルミナは普段、ここにいるんだろう? もしよかったら、シノンと仲良くしてやってほしい。用事が済んだら、あいつを迎えに来るから」


 別の場所で交わされている会話になど全く興味がなさそうな様子で茶を飲んでいるシノンを見ながら、ロウはルミナに頭を下げた。


「わ、わかりました、頭をあげてください、ロウさん。危険なことではないんですよね?」


 ロウの様子から、どうにも嫌な予感がしていたルミナが、膝をついてロウの頭を上げさせた。

 ロウは笑みを浮かべながら、ルミナを安心させるように返す。


「ああ。シノンと、必ず帰ってくると約束したからな」


 その言葉に安心したルミナは、微笑んでロウに言葉をかける。


「わかりました。シノンのことは、私が面倒を見ておきますね。ロウさんも、気を付けて行ってきてくださいね」

「うん。ありがとうな」

シノン、ルミナデザインメモ↓

挿絵(By みてみん)

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