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水の聖者  作者: 森川 悠梨
序章
6/7

商隊護衛

 三年の月日が経過した。

 コペル王国に存在するある街道を、小さな商隊が列を成して進んでいた。

 護衛の者を含めて十五人程度のその集団は、馬車を中心に、五人ほどの護衛が馬車を囲むように徒歩で進んでいる。

 その護衛の中には、小柄な体格で顔が見えないほど深くフードを被る少年もいた。

 多くの者は、彼を魔法使いだと勘違いすることだろう。しかし彼が配置されているのは、最も気を抜いてはならず、最も危険で、人を護衛するにあたって最も難易度の高い最後尾である。

 彼は小柄であるにも関わらず、馬車の進行速度にぴったりくっついて進んでおり、常に周囲への警戒を怠らなかった。


「いやはや、槍の王と称される御仁を格安で雇えるなんて、私も運が良かった」

「目的地が偶然重なっただけです。俺としても、集団で移動できるに越したことはないですし、お互いに利益があるのですから、気にしないでください」


 馬車に揺られている商隊のリーダーの男に話しかけられたロウは、相変わらず慣れない敬語でそう答える。

 ロウは馬車の右側に配置されており、右側からの気配にさえ気をつけていれば良い点から、ある程度世間話をする余裕があった。

 それをわかっている商人の男は、ロウの邪魔にならない程度に時々話題を振っては情報交換を行っている。

 ロウも商隊護衛の経験は長く、そんな商人の意図を汲んで世間話に付き合いながら、商人との情報交換も同時に行っていた。

 主に得たい情報というのは、これから行く街の市民・情勢・政治の状態、ここ最近の噂話、周辺での魔物の出現情報などである。

 冒険者として活動しながらも傭兵に近い生活を送るロウにとって、情報はかなり貴重なもの。あらゆる情報に精通する商人との世間話は、それなりに有意義なものとなるのだ。

 そして後方――馬車の背後に配置された少年、シノンは、そんな商人たちとロウの会話を聴きながらも、常に魔力を周囲に広げて気配を探ったり、非常に優秀な聴力を活かしてわずかな変化も見逃さないよう気を配っている。


「…にしても、今の時期にビース町に行くなんてよぉ…物好きな商人だぜ」

「…物好きと言えば、今回の護衛にも加わってる、槍の王ロウもだぜ。目的地とか言ってたぞ…」


 先頭を歩いている二人の男が、互いにしか聞こえない声で話している。


「無駄話をするな。いつ敵が来るかわからないんだぞ」

「チッ、わかってるよ」


 馬車の左側を歩く剣士らしき大柄な男が、そんな二人の男の行動を注意する。

 剣士とは言っても、背中に装備された武器は片手剣ではなくクレイモアであり、防具もそれなりに重装備に見える。ただし、彼が装備している鎧はミスリルと鉄の合成金属であり、通常の防具よりも頑丈で軽い。


(なんであんなに軽率な人間が、よりによって先頭なんだ……いっそ左側の剣士が先頭で、先頭の二人が左側をやってくれた方がマシなんじゃないか……)


 周りの警戒を怠らないようにしながら、シノンは心の中でそう呟いた。

 先頭の護衛というのは一見難易度が低い位置であるように見えるが、襲撃があった際は臨機応変に左右に援軍へ向かわなければならない。緊張感がないようでは、秒刻みである戦闘において命取りになるし、自分だけでなく仲間の命も奪うことになる。

 警戒を怠り油断していると、例えば左右のどちらかから敵が来たとき、対応が遅れてしまう原因になる。


「四時の方向魔物を目視で確認! おそらくオークと思われる! こっちに向かって五、六体ほどの群れが走って来てる!」


 右側の警戒を行っていたロウが、御者と商人、そして自分以外に護衛を行っている冒険者たちに向かって大声で合図を送る。


「オーク以外に近くの敵は今のところ感知できない。二人で対応可能、念のため馬車の見張りをお願いします」

「了解」


 ロウに続いてシノンも声をあげて、現在の周辺の状況を全員に共有する。

 それに対し、剣士の男は念のため武器を手に取りながら、返事を返し馬車の周囲を警戒し始める。

 しかし、シノンの声が聞こえていなかった者がいた。


「オークが五、六体だと? おい、俺らも加勢するぞ!」

「おう!」

「おい、待て! シノン君の声を聞いてなかったのか!?」


 先頭の護衛をしていた男二人が、剣士の男の言葉も聞かずそれぞれの武器を取り出して背後へ走って行ってしまった。

 そんな二人の男を、御者の男はえっ? といった不安そうな視線で見送ることしかできていなかった。

 本来ならば、シノンの言葉をよく聞いて、二人の男は引き続き先頭側で馬車の警護を続けるべきだった。万が一、シノンが感知できていない敵が潜伏していた場合、戦闘中に馬車が襲われてしまう可能性があるからだ。もしそうなれば、剣士の男一人では対応しきれない…そんな危険な可能性をはらんでいる。


「おらぁあ!」

「!? なんでここに!!」


 大きな声をあげてオークに襲い掛かる男たち。それに気づいたロウが驚きの声をあげ振り向く。

 シノンはそんな男たちのことなど全く気にも留めないまま残りのオークを狩っていた。六体いたオークの内、男たちが駆け付けるまでの間三体は既に片付いており、ロウが声をあげている間にシノンが一体片づけたため、残りは二体。

 残りの二体のうち一体に男たちは襲い掛かり、連携を取りながら戦闘を開始した。


「ロウ、あとを任せてもいい?」

「任せろ。馬車の方を手伝ってやってくれ」


 ロウの言葉を聞いてから、シノンは馬車がある方へ走り去る。

 ロウは、シノンの指示を聞かず戦闘に参加してきたDランク冒険者の男二人に呆れたような視線を向けたが、すぐに残りの一体のオークと対峙する。

 男たちがオークを倒すのに二人がかりで三分ほどかけているのに対し、ロウはオークとの戦闘にそこまで時間をかけず、十数秒と経たずオークに致命傷を負わせ、その戦闘を終了させていた。


「ああ、よかった、えっと…シノン君だったかな?」

「問題はない?」

「ないよ。来てくれて安心した…はあ、あの二人はDランクだというのに、護衛の経験はないのだろうか…」


 思わず、といった様子で、剣士の男はため息を吐く。

 依頼主の前で雇用ミスだと思われかねない言葉を吐くこの剣士の男にもシノンは少し驚いたものの、馬車から身を乗り出し、申し訳なさそうな商人は剣士の男とシノンに向かって頭を下げた。


「すみません、彼らは私がお世話になった方のご子息様と、そのご友人でして。護衛の経験を積ませたいとのことで、今回雇わせていただいたのです。ご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございません…ロウさんも含め、お三方には今回の護衛代は、相場の二倍をお支払いします」

「いや、俺は結構だ。それ以上に遥かに優秀な人間が二人もいたので、今回に関しては別に命の危険もなかった。だが、次回以降はないようにしてやってくれ。他の護衛の人間たちのために」

「…ロウに合わせます」


 商人は剣士の男とシノンに何度も頭を下げながら謝罪と感謝の言葉を口にしていた。

 そうこうしているうちに、ロウとDランク冒険者の男二人が戻ってきた。

 後方には、魔物や魔獣が血の臭いに引き付けられて後続の通行人が困らないよう、死体を焼却したと思われる煙が見える。


「一ついいか。この後は俺とロウさんと、先頭を護衛していた二人、配置を入れ替えて行こう」

「は?」

「俺は構わない」

「いや、なんでだよ! 町に着くまで配置は変わらないんじゃなかったのか?」


 剣士の男が提案をすると、ロウは特に異論はなく頷くが、先頭を護衛していた男二人は反発を表明した。


「正直、俺は不安だ。護衛中のお前らの勤務態度、シノン君の指示と情報共有を無視し馬車の護衛を放棄した浅はかさ、そして何より商隊護衛としての経験の浅さ。出発前は自信満々に先頭側を護衛したいと希望していたから任せたが、この状況ではとてもではないが命を預けられない。リーダーはロウさんだ、俺の意見はこうなんだが。リーダーに合わせるから、ロウさんが決定してくれ」

「いいだろう。側面の護衛の方が、君たちにとっても負担は少ないと俺も考える。どうかな?」

「…チッ、リーダーが言うなら仕方ねえ。いいか、リーダーに言われたから代わってやるだけだ。お前の指示を聞いたわけじゃないぞ!」

「別に指示をしたんじゃない。提案しただけだ」

「変わらねえだろ!」


 剣士の男に突っかかるDランク冒険者の男二人。このままでは諍いが起こってしまうかもしれないと感じたロウが諫めると、二人の男は不貞腐れながらそれぞれ馬車の左右側へ歩いて位置についた。


「フン。この中でも最年少だろうシノン君が、一番優秀だな」


 実際のところは諍いに巻き込まれたくなかっただけなのだが、四人の男達が配置について話し合う中、シノンはさっさと自らの配置についていた。

 剣士の男は自分も幼稚だったと反省しつつ、シノンの冷静さを褒める。


「あれも幼い頃から俺と旅をしているからな。護衛の経験も、冒険者としての経験も、そこらの人間よりは豊富なはずだ」

「はは、それは羨ましいものだ」


 仕切り直し、再び出発した一行。

 町への道のりはまだまだ続く。

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