001. 森。
ぱちぱち、と音を立てて、焚き火は燃える。冬の夜の冷え切った風が木々の間をすり抜け、葉の擦れる音を置き去りにして行く。
夜の暗闇に沈んだ森は黒く、野宿をする旅人を包む。
暗闇の中に包まれた二人の父子は、冷たい空気に晒されながらも共に食事の準備をしていた。
「……猪」
茂みの中から聞こえてきた少年の声に、火に薪を足していた男が振り返る。
「おお、でかいのが捕れたな。剥いでおいてくれ」
「ん」
少年は表情を変えず、ひとつ頷いてから剥ぎ取り用のナイフを腰から抜いて手際よく作業を始めた。
さして大柄ではないが、筋肉がついたその引き締まった体つきの男は、この世界では最も多い職業の一つである冒険者だ。
狩りから帰ってきた子もまた、冒険者だ。
男はメイン武器を短槍とし、少年は長剣を武器とするわりと有名な父子だ。
父子と言っても、父親であるこの男――ロウは、6年前、ラトス帝国のラトス高原の花畑で死にかけていた子を助けて養い子として育てている。
当時の彼は記憶がなく、名前すら覚えていなかったからだ。今でもその記憶は戻っていない。
名前がなければ不便なことに変わりはないと、ロウがじきじきに″シノン″という名を与えた。
シノンは、天才的な魔術師だった。短槍や長剣、短剣、弓矢など、さまざまな武器を使いこなしていた。
土地勘やその他の知識などもあり、長年生きてきた老賢者なのではと思うほどに賢い。種族の問題もあるのだろうが、流石に子供の能力を遥かに超えすぎている。
現在12歳のシノンは、冒険者ランクがC級である。
最低がF級、最高がS級なので、わずか12歳にしてここまで上がるのは普通ではない。
ロウの冒険者ランクはA級で、今年でもう47歳、冒険者になって30年以上経つ。この世界では15歳で成人であり、自立して冒険者となり、今に至る。
シノンは猪を捌くと串刺しにして、黙ってロウに渡す。それをロウは受け取り、持ち手を地面に刺して火で炙る。
ある程度焼けたら、塩をふってかぶりつく。やはり野宿で食べる肉は美味しかった。
噛んだ瞬間に口の中に溢れる肉汁がたまらなく美味しい。あらかじめ炊いておいた米を肉と一緒に食べると、最高の組み合わせを生み出す。
この組み合わせは、シノンの中では最高とも言えるものなのである。
「うむ、やっぱりお前が焼くと美味いな。米も最高だ!」
「……うん」
シノンは特に何を言うでもなく、ただ小さく返した。ロウはわかっているようで、小さく笑みを浮かべながら空を見上げる。
釣られてシノンも空を見上げると、溢れんばかりの光の粒が夜空全体に散っていた。
サイズの大きいものから小さいものまで、はっきりと見える。
やっぱり森はいい。そう、シノンは思った。
昼間には、その美しい緑を堂々と晒し、この世の″美″を生み出してくれている。森の中で、木漏れ日と共に作り出すなんとも言えぬその芸術は、人が作るものの何十、いや何百倍も美しい。
夜になれば木々は闇に沈み、代わりに、街では見られない光の粉を撒き散らした幻想的な空を見せてくれる。
これから彼らが目指す土地であるコペル王国というのは、世界で物資の輸出入量……特に輸出量が最も多い国だ。豊かな気候と水で、作物は毎年豊作。更に鉱物なども多い方であり、武器や装飾品、希少金属の産物など、数多くの物資を取り揃える大国だ。
戦争をすることもなく、この国を攻めようとする国もない。なぜなら、コペル王国は世界中で最も、兵士の数が多いからだ。
その全員が、徹底的に鍛え上げられた精鋭だ。
また魔術師も多いため、戦をすれば国によっては3日と持たないとまで言われている。更には超天才魔術師と呼ばれる少年が1人いるため、戦を仕掛けられる国もまた限られてくるだろう。
超天才魔術師。文字通り、生まれながらにして莫大な魔力保有量と技術を誇る天才的な魔術師のことだ。
世界にたった7人しかおらず、20にも満たない若者ばかりだ。
彼らは寿命が短く、先代が死ねば次の超天才魔術師が生まれる。
国に一人いるだけで、どの国も、戦を仕掛けることを躊躇うほどの威圧感と実力を持っている。
その中でシノンは、ラトス皇国に暮らすラルという少年と、レラン王国に暮らすレントという少年と一度会ったことがある。
ラルやレントの方から近づいてきて、シノンを気に入ったため、その結果仲の良い友人となった。普段から人との交流を避けているシノンにしては非常に珍しいことではあったが、ロウからすれば喜ばしいこと以外の何物でもなかった。
翌朝早くには森を抜け、ヘルガ皇国最大の港であるタイムマ半島のシュウダイ港から、東大陸に渡る船に乗り込んだ。
この世界は、地図中央に存在する全王王国リリーズを中心としていくつかの大陸や島が存在している。世界の中心であり、政治の中心でもあるリリーズには、世界の女王である全王がいる。
全王は絶対の存在で、世界中での争いが起こらないようにするために在るものだ。
現女王は500年ほど前からずっとこの世に君臨し続ける才を持つ子という存在で、周りからの信頼も厚い。だからこそ、今でも全王王国リリーズは存在し続けているのだ。
タイムマ半島からコペル王国への直航なので、10日ほど船に揺られることになる。
ロウと旅をし始めてから東大陸に渡るのは初めてで、シノンも少しばかり楽しみにしていた。旅をして色んなところを周ること自体好きなので、初めての地に足を踏み入れる新鮮な感じというのは、なんとも言えないくらい興奮することなのだ。
普段から感情を持たないし、持ったとしても滅多に表には出さないシノンだが、好奇心旺盛で負けず嫌いな性格というある意味では最強の組み合わせを持っている。
きっと、記憶を失う以前のシノンは様々なジャンルに手を出し、技を磨いてきたのだろうと、ロウは確信していた。
船の中に用意されている個室に入ると、シノンは早速寝台に潜り込んで眠った。
慣れているとはいえ、さすがに長旅での疲れは出たのだろう。
……この時彼らは、この旅一番の危機がおとずれるということを、まだ、知る由もなかった。




