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水の聖者  作者: 森川 悠梨
序章
1/7

森。

 ぱちぱち、と音を立てて、焚き火は燃える。冬の夜の冷え切った風が木々の間をすり抜け、葉の擦れる音を置き去りにして行く。

 夜の暗闇に沈んだ森は黒く、野宿をする旅人を包む。

 暗闇の中に包まれた二人の父子おやこは、冷たい空気に晒されながらも共に食事の準備をしていた。


「……猪」


 茂みの中から聞こえてきた少年の声に、火に薪を足していた男が振り返る。


「おお、でかいのが捕れたな。剥いでおいてくれ」

「ん」


 少年は表情を変えず、ひとつ頷いてから剥ぎ取り用のナイフを腰から抜いて手際よく作業を始めた。

 さして大柄ではないが、筋肉がついたその引き締まった体つきの男は、この世界では最も多い職業の一つである冒険者だ。

 狩りから帰ってきた子もまた、冒険者だ。

 男はメイン武器を短槍たんそうとし、少年は双剣を武器とするわりと有名な父子だ。

 父子と言っても、父親であるこの男――ロウは、6年前、ラトス皇国のラトス高原の花畑で死にかけていた子を助けて養い子として育てている。

 当時の彼は記憶がなく、名前すら覚えていなかったからだ。今でもその記憶は戻っていない。

 名前がなければ不便なことに変わりはないと、ロウがじきじきに″シノン″という名を与えた。

 シノンは、天才的な魔術師だった。短槍や長剣、短剣、弓矢など、さまざまな武器を使いこなしていた。

 土地勘やその他の知識などもあり、長年生きてきた老賢者なのではと思うほどに賢い。種族の問題もあるのだろうが、流石に子供の能力を遥かに超えすぎている。

 現在12歳のシノンは、冒険者ランクがB級である。

 最低がF級、最高がSS級なので、わずか12歳にしてここまで上がるのは普通ではない。

 というのも、納得がいかないわけでもなかった。

 なぜなら彼は、滅多に生まれることのない白髪に青い目を持つ子リ・ミ・レイヴァ・クラントと呼ばれる戦闘民族の末裔であるうえに、才を持つ子(シャラスト)であるからだ。

 こんなケースは滅多に見るものではない。というか、他にないだろう。

 才を持つ子とは、生まれながらにしてあらゆることな才能を持って生まれる、いわゆる天才である。

 見た目は獣人となんら変わらない普通の姿をしている。頭に獣の耳がついていて、尻尾もついているのだ。

 高い戦闘能力が優先されるこの世界でもそれなりに優遇される。体を動かすことだけでなく頭を使うことも出来る天才であるため、基本的にどの職にもつける。

 先天的な才能を持つ彼らは、その能力故に、誘拐奴隷商などに狙われやすく、信頼のできる人以外には自分が才を持つ子(シャラスト)であることを明かさない。そのため、長寿であることがばれないよう同じ人とずっと一緒にいることはない。

 だからこそ、他人と深い付き合いをすることがない。先天的な才能を持ってはいても、他人と上手く、深く、そして自然に付き合っていくことだけは、元来よりずっと出来ていない。

 そんな才を持つ子(シャラスト)だが、繁殖能力は低い。その代わり長命種族だ。平均寿命はおよそ700年ほどで、世界中に散らばっている。

 目の色や髪色を能力的に染めることができ、自分の正体を隠すことさえできる。

 例えるならシノンのように、白髪に青い目を持つ子リ・ミ・レイヴァ・クラントである場合、彼らもまた希少で戦闘能力が高い故に人身売買の対象となるため、髪の色を変えるだけでも狙いの対象から外れることが可能だ。

 青目というのはこの世界において滅多に見かけるものではない。……いや、世界中を探しても十数人程度しかいないだろう。

 何故なら、青目は段階的な魔力保有量最高値を表す色素だからだ。

 ただでさえレイヴァという存在が珍しいのに、それに青目という色素が入れば、貴族や誘拐奴隷商人達などは喉から手が出るほど欲しがるだろう。一般には知られていない事実ではあるが、貴族や商人などの教養のある者達にとって、目の色が魔力保有量を示すのだということ位は知っている。

 だからこそ、シノンにとって才を持つ子(シャラスト)のこの能力は必須だ。

 昔は性別まで変化するという現象が起こっていたらしいが、今ではそんな話は聞かない。

 ちなみに、シノンの養い親であるロウもまた才を持つ子(シャラスト)だ。

 冒険者ランクはA級で、今年でもう47歳、冒険者になって30年が経つ。だが、見た目は長寿であるが故かまだ若く、20代ほどにしか見えない。


 シノンは猪をさばくと串刺しにして、黙ってロウに渡す。それをロウは受け取り、持ち手を地面に刺して火で炙る。

 ある程度焼けたら、塩をふってかぶりつく。やはり野宿で食べる肉は美味しかった。

 噛んだ瞬間に口の中に溢れる肉汁がたまらなく美味しい。街で購入して炊いておいた米を肉と一緒に食べると、最高の組み合わせを生み出す。

 この組み合わせは、シノンの中では最高とも言えるものなのである。

 才を持つ子(シャラスト)の種族の中でも狼の特性を持っているのだから、それはある意味当然と言えた。


「うむ、やっぱりお前が焼くと美味いな。米も最高だ!」

「……うん」


 シノンは特に何を言うでもなく、ただ小さく返した。ロウはわかっているようで、苦い笑みを浮かべながら空を見上げる。

 釣られてシノンも空を見上げると、溢れんばかりの光の粒が夜空全体に散っていた。

 サイズの大きいものから小さいものまで、はっきりと見える。

 やっぱり森はいい。そう、シノンは思った。

 昼間には、その美しい緑を堂々と晒し、この世の″美″を生み出してくれている。森の中で、木漏れ日と共に作り出すなんとも言えぬその芸術は、人が作るものの何十、いや何百倍も美しい。

 夜になれば木々は闇に沈み、代わりに、街では見られない光の粉を撒き散らしたような幻想的な空を見せてくれる。

 これから彼らが目指す土地であるコペル王国というのは、世界で物資の輸出入量……特に輸出量が最も多い国である。豊かな気候と水で、作物は毎年豊作。更に鉱物なども多い方であり、武器や装飾品、希少金属レアメタルの産物など、数多くの物資を取り揃える大国だ。

 戦争をすることもなく、この国を攻めようとする国もない。なぜなら、コペル王国は世界中で最も、兵士と冒険者の数が多いからだ。

 その全員が、徹底的に鍛え上げられた精鋭だ。

 また魔術師も多いため、戦をすれば国によっては3日と持たないとまで言われている。更には超天才魔術師アルマンと呼ばれる少年が1人いるため、戦を仕掛けられる国もまた限られてくるだろう。

 超天才魔術師アルマン。文字通り、生まれながらにして莫大な魔力保有量と技術を誇る天才的な魔術師のことだ。

 世界にたった7人しかおらず、20にも満たない若者ばかりだ。

 彼らは寿命が短く、先代が死ねば次の超天才魔術師アルマンが生まれる。

 国に一人いるだけで、どの国も、戦を仕掛けることを躊躇うほどの威圧感と実力を持っている。

 その中でシノンは、ラトス皇国に暮らすラルという少年と、レラン王国に暮らすレントという少年と一度会ったことがある。

 ラルやレントの方から近づいてきて、シノンを気に入ったため、その結果仲の良い友人となった。普段から人との交流を避けているシノンにしては非常に珍しいことではあったが、ロウ(育て親)からすれば喜ばしいこと以外の何物でもなかった。




 翌朝早くには森を抜け、ヘルガ王国最大の港であるタイムマ半島のシュウダイこうから、東大陸に渡る船に乗り込んだ。

 この世界は、地図中中央に存在する全王王国リリーズを中心としていくつかの大陸や島が存在している。世界の中心であり、政治の中心でもあるリリーズには、世界の女王である全王がいる。

 全王は絶対の存在で、世界中での争いが起こらないようにするために在るものだ。

 現女王は500年ほど前からずっとこの世に君臨し続ける才を持つ子(シャラスト)で、周りからの信頼も厚い。だからこそ、今でも全王王国リリーズは存在し続けているのだから。

 タイムマ半島からコペル王国への直航なので、10日ほど船に揺られることになる。

 ロウと旅をし始めてから東大陸に渡るのは初めてで、シノンも少しばかり楽しみにしていた。旅をして色んなところを周ること自体好きなので、初めての地に足を踏み入れる新鮮な感じというのは、なんとも言えないくらい興奮することなのだ。

 普段から感情を持たないし、持ったとしても滅多に表には出さないシノンだが、好奇心旺盛で負けず嫌いな性格というある意味では最強の組み合わせを持っている。

 更には才を持つ子(シャラスト)という長寿も合わさって、記憶を失くす前は様々なことに手を出していたのだろうと、ロウも確信を持っていた。

 そうでなければ、シノンが複数の武器を使いこなしていたり、この世に存在する術を全て使いこなしてはいないだろう。

 船の中に用意されている個室に入ると、シノンは早速寝台に潜り込んで眠った。

 慣れているとはいえ、さすがに長旅での疲れは出たのだろう。


 ……この時彼らは、この旅一番の危機がおとずれるということを、まだ、知る由もなかった。

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