それぞれの涙
「ホップ、ステップ、」
一番好きな服を着て、お気に入りの髪型に結って、ビルの屋上で夜空をながめ歩く。
「ジャーンプ。」
そして私は地面へとんだ。
***
不毛な会議を終え、豪勢な模様の絨毯がしかれた長い廊下を早足で突き進む。入り口であり出口でもある玄関へ向かう俺の後ろには、従者である亜人の彼女が同じスピードでついてきていた。
「王子、どこへ行かれるのですか?」
彼女は会議室を出てからずっとついてきて同じ台詞を繰り返していた。その台詞に終始無言で答えながら、ただひたすらに玄関を目指した。
やがて屋敷の端につきあたり、曲がった先にある階下へ下る階段を降りようとしたが、彼女はスピードを早めて俺の前に立ちはだかった。壁に手をあて、通すまいと顔を険しくしている。苛立ちが体を強ばらせた。
「はぁ。…どこへ行こうがおまえに関係ないだろ」
手に力が入り拳を握る。
「いいえ。王子は先程の会議でのことをずっと考えてますよね。何年も前から取り組んでいた和平条約のこと。それが、叶わなかったことを。…あれは、あの話は私たちにも関係のあることです!」
先程の会議。あいつらの欲望だけが並んだ内容だった。他国の事など考えもしない、ましてや自国の民の事すら考えていないじゃないか。あんなもの、会議とは呼べない…!
今も強い使命感を宿した眼差しで俺を止めようと立ちはだかっている優しい俺の従者。あんなことに彼女たち亜人を巻き込むわけには行かない。
「いいや、これは俺たちの問題だ。それと、お前たちは国へ帰れ。邪魔だ。」
「っそんな…。…いえ、…帰りません。あなたを、あなたたちを…一人にはできません。いつ殺されてしまうか分からない、こんなときに…!」
邪魔だと言われた彼女が悲痛な顔へと歪んだ。それは声にも動揺が現れるほどだった。
「こんな時だからこそだ!おまえらの命なんて、俺には背負いきれない…っ!重たすぎるんだ!あんな、俺たち人間だけの都合で世界を作り替えようとするなんて。馬鹿馬鹿しい!絶対に止めてやる…。絶対だ!だから!」
「だから、ついていきます」
感情敵になり、つい大きな声で喚いてしまった。しかし冷静な声が頭にすっと響き思わず下に向けていた顔をあげた。その従者の顔は怒っているものではなかった。それは昔、子供のとき外で遊んでいた俺を部屋の窓からながめて愛しそうに微笑んでいた母と同じ表情をしていた。そんな慈愛に溢れた顔のまま、彼女はついていくと言い切ったのだ。
「別に、人間って言いましたけど、王子は私たちのためにたくさん考えて行動してくださっているじゃないですか。私たちの味方です。」
壁についていた手をおろし、そっと強ばっていた俺の手を優しく握る。
「それに、そんな酷い顔した王子をほっといて、私たちだけ安全なところで待つなんて、そんなこと出来ませんよ」
反対の手で俺の背中に手を回し以外と背の高い彼女の肩に顔がぶつかる。強ばっていた体はその優しさにあてられ力が抜けていく。自然と涙が溢れてきた。
そうして彼女と二人、少しの旅に出ることを決意した。