『柔らかいだけの肉体が、なぜ強大な魔的な力を秘めるのか』
≪≪キィィィィイイイイ!!!!!!!!!!!!!!≫≫
鼓膜がビリッと裂けそうな音がして、私は身構えてあたりを見まわした。
スカートなので足がぞわっとした。
真っ暗で、情けばかりの電灯が付いている夜道---。
引っ越しの時に不動産屋に落ち着いた住宅街だと勧められたが、実際は落ち着いているというより何もないのだ。
コンビニもなければ人通りも少ない。
そして毎朝毎夜、通勤時には必ず通る道だが、この夜道にはいつまで経っても慣れない。
暗闇の中からいまにも何かが襲ってきそうなのだ。
音---。
今の音は明らかに異常だった。
起こるべきでない何かが起きたのだ。
何の音だろうか。
あの甲高い音自動車のブレーキ音を想像させる。
おそらく急なブレーキだ。
誰か轢かれたのだろうか。
でも衝突音はしなかった。
キィーっという音だけだった。
それ以外の音が一切なかった。
不気味だ。
この夜道では何が起きてもおかしくない気がした。
早くこの場から去らないと・・・私は歩を速める。
カッカッ、カッカッ、カッカッ・・・自分のヒールの音が響く。
いつもこんなに響いていただろうか。
一度気にし始めると、どうしても神経質になってしまう。
私は好きな歌手の曲を口ずさんで気を紛らわし始めた。
カッカッ、「あなたの知らない~♪」
カッカッカッ、「あなたの素晴らしさが~♪」
カッカッカカッ、「きっと誰にも眠ってる~♪♪」
カッカッ・・・・・・カカカッ!!!
「え、」私は絶句して立ち止まる。
やばい。
私の足音に紛れているが、何者かが私をつけている。
これは人間の足音じゃない。
人間にしては動きが素早すぎる。
私が警戒していることにあっちは気づいただろうか。
警察に通報したり逃げたりしないうちに捕まえようとするかもしれない。
私はハンドバックからiPhoneを取り出して、時間を見るふりをしてからまたバッグに収め、歩き出した。これで何気ない動作だとみなされただろう。
そして次の路地を右に曲がったタイミングだ。
その瞬間に私は靴を脱ぎ棄てて全速力で、ダダダダダッッッッ!!!とスタートダッシュした。
曲がり角の多い道を選び、不規則に曲がった。
跡をつけられにくくするためだ。
足の裏に小石が刺さる。
生ぬるい感覚がある。
血が出ているのだろう。
息を切らしながら、近辺に電気がついている家がないか探すが、ない。
一軒もない。
普段なら一軒くらいはあるはずなのに運が悪い。
むしろ私を陥れるためにご近所総出で示し合わせているかのように思えた。
十ほど角を曲がり、私は電柱の陰に身をひそめた。
限界だ。
もう走れない。
肺が酸素を求めているのが判るが、音をたてないように息をする。
疲労と、そして恐怖とで胸が激しく上下している。
耳を澄ませるが、もうあの奇妙な足音はしない。
ほっとする。
うまく捲けた。
よし。
それにしてもいったい何者だったのかしら。
ただの変質者か。
人間らしくない歩き方をする変質者か。
夜な夜な女性たちをつけ狙う変態なのだろう。
変態だから歩き方が変でも仕方がない。
私はそこで、プッと吹き出した。
変態変態ってこれじゃ私が変な奴じゃん。
そっち系の願望があるわけでもないのに。
そもそも足音なんて私の勘違いかもしれない。
いやそうに違いない。
最近仕事が立て込んでて疲れてるんだ。
私はそう気を取り直して帰ることにした。
帰ったらお風呂入って寝よう。
あっ、貰い物のミニケーキがあったな。
五つ入りでまだ二つしか食べてない。
いや三つだったかな。
んー、食べたのが二つだっけ、残してるのが二つだっけ。
んーーー、まあどっちにしろ残ってはいるだろうし・・・・・・
「初めまして、お嬢さん」
そわっ。
ひやっ。
手。
冷たい手。
振り返る。
白い顔。
顔じゃない、仮面。
跳んで逃げる。
え、体が・・・
「手荒なことはしたくないんでね、フフ」
---笑っている。
私は振り返る。
仮面の三か所、両目と口に三日月型の切れ目。
仮面自体も笑っているんだ。
「そういう術を使ってるんでね。体の自由は利きません、フフ」
---背は高い。
声は高めだが男のもの。
そして服装は、まるで映画の中からでてきたよう。
そう、オペラ座の怪人に出てくる怪人にそっくりだ。
真っ黒いマントに大きなハット。
相変わらずフフフと息を漏らして笑っている。
いったいなんなの・・・私はどうなるの・・・・・・
「あっ、いま『私どうなるのかしら』って思いましたね。」
エ゛ッ、心読めるの
「そして今、私に心に読む能力があるか疑っている。フフ。
あなたの疑問にすべてお答えしましょう。
そう、私は人間の心理、思考を完全に読み取ることができる。
完全にね。
---いまあなたの中で恐怖心が何倍にも膨れ上がりましたね---
そしてあなたの予想する通り私は人間ではない。
いいえ、それは違います。
悪魔ではありません。
確かに一部の宗教では私のような存在をデーモンと呼び習わしていますが、一般の人間は我々を別の名で呼びます。
そして我々自身もそう名乗っています。私は---ヴァンパイアなのです。
あなた、血が出ているでしょう。
こと血に関しては、我々ヴァンパイアの嗅覚は、人間はおろか犬などの獣にも劣りません。
だからいくら逃げても走り回っても無駄だったのですよ。フフ。
音ですか。
あれは一人目の女性の悲鳴です。
人間は不思議なものです。
自らの死を前にすると、とてつもないエネルギーを秘めた悲鳴を上げます。
今までの人生で一度も出したことのないような声でしょうね。
けれどその声は私を余計駆り立てるだけです。フフ。
とても良い食事でした。
みずみずしい味わいでしたよ。フフ。
いいえ、警察は私を捕まえることはできませんよ。
なにしろヴァンパイアですので。フフ。
それではお話はここまでにして・・・」
そう言って仮面を外すと、冷酷な顔が姿を現す。
冷酷なほど美しい顔・・・それは乙女の血を犠牲にしてはじめて美しさを保つことができるのだ・・・
「あなたはどんな味でしょう」と微笑む。
そして巨大な牙の光る口が、私の首に・・・
「さようなら、お嬢さん。」
誤字脱字はご勘弁を。
直していると気分が萎えてくるんですよね。