買い物2
前回投稿した話の中に出てくる「ジル」と「ザン」の名前が入れ替わっていました。
申し訳ありません。
「それで全部か。」
俺はメモを覗き込みながら言った。
「そうですね。これくらいかと。」
テラはメモを畳んだ。
しかし、これから何をするのかいまいち理解していないらしいソラは、困惑した顔でこちらを見ていた。
俺は苦笑しながらソラに説明した。
「簡単に言うと、制服とペンと眼鏡を買いに行こうって話だ。」
「なんだ。そういうことか。」
ソラはうんうんと頷いた。
全部わかっていますよ、とでも言わんばかりの顔だ。
さっきまでよくわかっていなかったくせに。
俺は笑いながら顔を前に向けて、先ほどよりも少しだけ歩くスピードをあげた。
「あとソラの日用品もだな。」
「日用品ってなんだ?」
まあ確かに括りとしては大雑把だ。
服とか靴とか、というイメージだが、まあ、テラが足りないと思ったものはどんどん買っていくだろう。
「そうだな。ソラの気になるものだな。」
「気になるもの?」
「食べ物でも本でも。物によっては買う。」
ソラのいたところは若干浮世離れしていたのはわかっているので、色々と興味を持つとは思うが。
それに、彼女が何に興味を持つか、ということに興味があった。
「まあ、のんびり見て回れば何かあるだろう。」
そう話していると、仕立て屋に到着した。
ここはオーダーメイドで服を作ってくれる。
学生服はもちろん、フォーマルな場面で必要な服は大抵ここで作ってもらえる。
俺が仕事で着て行っている服もここで作ってもらっている。
店内はそこまで広くなく落ち着いた雰囲気で、こぢんまりしているが売り上げはかなり良いと聞く。
店主に以前聞いたのだが、裏の倉庫兼作業場の面積が広いためどうしても店内が狭くなってしまうらしい。
ちなみに、学生服はリサイクルもしているので、お金が無い学生はここでサイズを合わせてもらい格安で制服を買っていく。
テラが扉を開けるとカランカランとベルの音が鳴った。
奥からごそごそと音がして、一人の女性店員が出てきた。
「はーい...あ!店長ー店長ー!」
その店員は俺の顔を見ると、また店の奥へと戻って行った。
最後にソラがそろりそろりと店内を見渡しながら入ると、ばたんと扉が閉まった。
ソラはその音に少しだけ驚いたあと、ぐるぐると店内を見渡し始めた。
ショーウィンドウには女性と男性の流行りの正装服が飾られている。
ソラは感嘆の声を漏らしていたが突然「ひっ...」と言って俺のそばに寄った。
「どうした?」
俺がソラの見ている方向を見ると、凄い形相でツノの生えた仮面が何枚も壁に飾られていた。
もちろんデザインはそれぞれ違う。
「これか。俺も初めて見たときは驚いた。」
俺は苦笑しながらソラを見た。
極力仮面を見ないように顔を背けている。
俺も幼い頃、あまりの怖さに半べそになって逃げるように店内から出たのは内緒だ。
「そうですかね?すごくいいと思うのですが...。」
そう言って出て来たのは初老の男性。
白髪で小さい老眼鏡をしている。
髭が特徴的でスーツが良く似合う。
仮面を設置した張本人で、仮面はもちろん客には不評らしいが、取り外すつもりはないらしい。
「やあ店長。久しいな。」
「これはこれは。ようこそいらっしゃいました。」
手を差し出されたので、握手をする。
「お体はもう大丈夫ですかな?」
「ああ。ありがとう。」
笑顔で礼を言い、若干困惑した顔をしているソラの方を向いた。
「こちらはマルスさんだ。ここらで1番の仕立て屋だ。」
紹介されたマルスさんは「ほっほっ」と言いながらお辞儀をした。
「これはこれは。可愛らしいお嬢さんだ。」
「ソ、ソラ...です...。」
ソラも少しだけ下がってから、ぺこりとお辞儀をした。
挨拶もそこそこに、俺は早速本題を切り出した。
「ところで、学生服を買いにきたんだが...。」
「えぇ。後は調整すれば完成です。」
マルスさんはカウンターの方へ移動すると、ごそごそと何かを探し始めた。
俺は予想外の返答に驚いていた。
「もう作っていたのか。」
「えぇ。先日テラさんからサイズを書かれた紙を頂きまして。」
俺がテラの方を向くと、彼女が小声で言った。
「採寸をしにいくと言いましたが、初対面の方にサイズを測ってもらうよりは良いかと思い、事前にお伝えしておりました。」
考えていなかった。
ソラは警戒心が強い。
初対面の人に肌を触られたら、俺の屋敷に来た時のように攻撃してしまう可能性だってある。
まあ、あれは俺がヴァンパイアだったからというのが原因だとは思うが。
だが万が一のことを考えた結果だろう。
「いつもすまない。」
「いえ。」
テラは小さく首を下げた。
とても良くできた召使だと常々思う。
「それで一旦試着をして、ご感想をいただきたいのです。」
マルスさんがそう言うと、彼の背後から服を持った先ほどの店員がやって来た。
「こちらへお入りください。」
店内の隅にあるカーテンを開けて、鏡が設置された小部屋を手で示した。
ソラは心配そうな顔で俺と小部屋を交互に見ている。
「入らないのか?」
「いや...。」
ソラは言い澱んだ。
1人で着替えるのが不安なのだろうか。
それとも着方がわからないとかか?
「テラに一緒に入ってもらうか?」
ソラはちらりとテラの方を見た。
テラはソラに向かって微笑み、首を傾けた。
ソラは下を向いた後、息を少しだけ吸ってテラの方に体を向けた。
「一緒に入ってもらってもいいか?」
「えぇ。大丈夫ですよ。」
ソラはほっとした顔をして、テラと一緒に小部屋へ向かった。
テラは店員から服を受け取ると、ソラと中へ入り、カーテンを閉めた。
とりあえずこれで制服の件は大丈夫そうだ。
俺が店内を見渡していると、マルスさんが話しかけてきた。
「ところで、新しい服はいかがですかな?」
彼は会う度に新しい服を仕立てないかと勧めてくる。
まあそれもそのはず、俺はこの店ではかなりの上客だ。
多くの人は服を仕立てず、出来上がった物を買っていく。
仕立てるよりも出来上がっているものを買った方がかなり安いからだ。
結婚式など、重要な場面で使う服は皆ここで買うらしいが、仕立てるのは貴族様ばかりで、庶民は調整だけで終わってしまうらしい。
しかも貴族の多くは社交界シーズンと呼ばれる限られた時期にしかやって来ない 。
定期的に訪れてくれる俺が、かなりの収入源と言っても過言ではない。
だが、生憎今は服が足りていた。
俺は申し訳なさそうにマルスさんに言った。
「すまないな。今は服を買う予定は無いんだ。」
「そうですか。それは残念ですな。では、こちらはどうですか?」
しかしマルスさんは諦めない。
今度はピンなどの小物を勧めてきた。
毎度のことで笑ってしまう。
こっちはほぼ全員の客にやっているらしい。
ジルが以前「カフスを勧められた」と言っていた。
つける予定は無かったのに買ってしまったらしい。
ジルはいい奴だから、ぽいぽい買っていそうだ。
そんなことをしていると、テラが小部屋から出てきた。
「終わりました。」
俺は手にとっていたサイコロのピンを陳列棚に戻し、テラの元へ向かった。
テラがカーテンを開けると、そこには制服を着たソラが立っていなかった。
代わりに最後に見た時と同じ格好のソラが立っている。
「...ん?着ていないのか?」
「いえ、もう着終わりました。」
テラが澄ました顔で言い、制服を店員に預ける。
どうやら俺が商品を見ているうちに終わっていたらしい。
ソラも小部屋から出てきた。
「それでは出来上がり次第、ご連絡致します。」
「ありがとうございます。」
「あっ、ありがとう、ございます。」
店員が頭を下げて、テラも頭を下げてお礼を言った。
それを真似てソラもお礼を言う。
そしてそのままテラとソラは店内から出て行ってしまった。
疎外感がすごい。
俺も店から出ようと、ドアノブに手をかける。
「じゃあマルスさん、よろしく頼む。」
「えぇ。またお越し下さい。」
俺は片手を上げ、マルスさんは綺麗なお辞儀をした。
ドアを開くとカランカランと音がして、俺は外に出た。
ずっと薄暗い店内にいたからか、目に光が沁みる。
目を細めて光に慣らすこと暫し。
ドアの横を見るとテラとソラがいた。
テラは俺の顔を見ると、広げていた紙を畳んで仕舞った。
若干機嫌が悪そうだ。
「それでは、文具を買いに行きましょう。」
テラがそう言って歩き出した。
ソラもツンとした顔をしている。
何かしてしまったのだろうか。
俺は横を歩いていたソラに話しかけた。
「そういえば、どうして制服を見せてくれなかったんだ?」
必要な買い物だから行ったのもあるが、ソラが制服に着替えた姿をやや楽しみにしていたのも事実。
出来上がった後に見せてもらえばいい話なのだが、一緒に来たのだから声をかけてもらいたかった。
すると、ソラがむっとした顔でこちらを見た。
「ナイトに話しかけたのに、無視された。」
「え?」
「ナイト、って言ったのに。ナイトは他の商品を見ていた。」
どうやら、違う商品を見ているのに夢中になってしまい、ソラの声が聞こえなかったらしい。
「そうか、悪かった。」
「別にいい。」
全然良くなさそうなのだが...。
だが、一向に目を合わせてくれない様子を見ると、今すぐに機嫌を直してもらうのは無理そうだ。
ということは、テラにも話しかけられたのに無視をしてしまったのだろう。
悪いことをしてしまったな、と頭をかいた。
機嫌を直してもらう方法を考えていると、テラが止まった。
「こちらです。」
そう言って店内へ入って行く。
ソラの次に俺も店内へ入る。
床に敷いてあるマットを踏むとチリンチリンという音がした。
おそらく床にボタンがあって、踏むとベルが鳴る仕組みなのだろう。
面白い。
「いらっしゃいませぇ。」
可愛らしい制服を着た店員が挨拶をする。
先ほどとは打って変わってピンクを基調とした店内だ。
商品は可愛らしい雑貨ばかりで、客層も若い女性ばかりだ。
文具以外にもアクセサリーや小物なども置いてある。
「あまりこういう店に来たことはないから緊張するな...。」
人とぶつからないように移動する俺をよそ目に、ソラはテラと一緒に商品を見て回っていた。
自分とはあまり縁のないリボンやフリルのついた箱を手に取ってみる。
「ソラは、こういうのが好きなのか。」
少々意外だった。
自分のことを「我」と呼ぶのに、とは言わないでおく。
行く前も身だしなみを気にしていたことを考えると、思っていたよりも女の子なのかもしれない。
ソラは決めるのが早いらしく、テラが持っている籠にぽいぽいと気に入った物を入れていく。
今は2人でどの商品を購入するか話し合っているようだ。
確かにいくつも黒ペンは要らない。
まあ、どうやら俺の出番は無いようだ。
「(外で待つか。)」
俺は外に出ることにした。
数分後には出てくるだろう。