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Witch and Vampire  作者: 和上奏
一章
11/15

あの後


「て、訳だけど。どうする?」


「俺に言われてもな...。」


正直なところ、ソラが魔女だということは吹っ飛ばされたことから、わかってはいた。

知識はクラ以上にある(と思っている)ため、彼女が追われていた理由も大方予想していた通りだった。

容姿についてクラの話を聞いていて気がついたのだが、俺がソラを見たとき彼女の髪は茶色で目は青だった。

人間と変わらない容姿だ。

おそらく魔力を使ったことにより、変幻の魔法が解けたのだろう。

だが、そこまで魔女だということを隠そうとするのも理解ができなかった。

しかし、敵か味方か、ということに関しては予想外だった。

どうやらクラも、ソラへの回答に困り、俺のところへ来たらしい。


「で、その返事を今ソラが正座しながら部屋で待ってるんだけど。」


「はぁ?」


訳がわからない。

どうやら、俺に危害を加えたから罰をと言われたので、クラが正座と答えたらしい。


「なんで正座?罰はないと言えばよかっただろ。」


「いや、僕もそう言ったんだけど、なら自分の爪を剥がすって言い出して...。

この部屋で過ごすのが罰だって言ったら、苦痛がないって...」


あー。それは確かに正座が正解だったかもしれない。

俺が止めていいと言うまで続けると言われだそうだ。

それもあり、俺のところへ来たのだろう。


「わざわざ床の上でしてたよ。」


「いや、そう言われても...。」


傷だらけの体で固い床の上で過ごすというのは酷なものだろう。

正座はすぐ止めてもらって傷を治してもらった方が、万が一すぐに出て行ってもらうことになったとしても健康体である以上問題はないので、こちらとしては有り難い。

敵味方の件は、ソラの素性がはっきりとしない以上、なんとも言えない。

どうしたものか、と思っていると部屋の戸を叩く音が聞こえた。


「あの、クラ様。お客様がお呼びですが...。」


「あぁもう。早くしてよ。

彼女も、あの子も待ってるんだから!」


「う...。

...........あー、クラのことは大丈夫だって言っといてやれ。」


「ナイトのことは?」


とりあえずこの屋敷に居る以上、誰か1人でも見方と言える人物がいた方がいい。

それに俺はヴァンパイアだ。

このことにソラが過敏に反応していたことを考えると、信用しろ、という方が難しい。


「俺はまだ保留だ。」


「いいの?それで。」


「あぁ。ソラの情報も少ないからな。

今後俺が彼女のことを捕まえようとすることもあるかもしれない。

彼女に対する裏切りはしたくない。」


「...わかった。言ってくる。」


あまり納得はしていないようだったが、そう言ってクラは部屋を出て行った。

クラを呼んだ召使が部屋を離れるのと同時にテラが部屋に入ってくる。


「で、何かわかったか?」


「主。もう体は宜しいのですか?」


替えの水差しを持ちながら、冷ややかな視線を送ってくるテラ。

それもそのはず、数時間前まで息も絶え絶えだった奴が何でもないような顔でもう起き上がっているからだ。

会話をするのと起き上がるのでは体への負担が違う。

ヴァンパイアは魔力での体の修復が可能だ。

折れていた骨も全部くっついているだろう。

衝撃を受けるときに体が硬直して変に力が入ってしまったため体の節々が痛いが、おそらく明日には治っているはずだ。


「まあな。」


テラは俺の返答に大きなため息をついた後、つかつかと寄って来てベッドの横にあるミニテーブルに勢いよく水差しを置いた。


「いくら主の回復力が並の者よりも高いからといって、無茶だけはしないでください。

仕事も休んで下さい。」


とくとくとコップに水を入れながら早口で言うテラ。

本当は明日までに動ける程度には治して仕事に行く予定だった。

1日休むだけで仕事が溜まってしまう。

溜まった仕事を終わらせるには休日を返上するしかないのであまり休みたくはなかった。


「え、仕事も駄目か?」


「駄目です。完治するまで外に出ないで下さい。」


「そうか...駄目か...。

仕事道具を持ち込むのは...?」


「駄目です。」


即答だった。

絶対仕事をさせないつもりらしい。

テラは俺が治るまで側にいると言っているので、彼女の目をかいくぐることも無理そうだ。


「第一、主は無茶が過ぎます。

心配する身にもなって下さい。

主の容態を見て卒倒した者もいましたから。」


テラは珍しくとても怒っていた。

確かに、俺が大怪我をすることは少ない。

医者に世話になったのだって、昨年仕事で無茶をして風邪をこじらせたときくらいだ。

まあその時も怒ってはいたが、嫌味を言うくらいだった。


「普通の女だと思って見くびっていた。

次からは気をつける。」


「そうして下さい。」


そう言うと、テラはずいっと水の入ったコップを手渡した。

俺は有難く受け取ると、ゆっくりと水を飲み干した。

一息ついたところで、早速本題を切り出した。


「それで、あのことはどうだった。」


ソラのことだ。

詳しくは言わなかったが、テラは分かっていたようだ。

耳をそばたてて近くに人がいないことを確認すると、静かに先ほどまでクラが座っていた椅子に腰を下ろした。


「はい。古い書籍に。」


そう言ってポケットから小さな紙を取り出した。


「で、なにがわかった?」


「情報は少しでしたが家系についてはわかりました。」


そう言ってテラが話したものは、このような内容だった。



デクルマ家


代々魔女とヴァンパイアが結婚する数少ない家系



「それだけか?」


「はい。元々この家の者は小さな村に住んでいることと、外部との交流があまり無いためのようです。」


「そうか。村の名前はわかるか?」


「いえ...そこまでは...。」


さっと目を伏せるテラ。

これはソラ本人に直接聞かないと駄目そうだ。

だが、彼女の魔力が多い理由が分かった。


「魔女とヴァンパイアの魔力が蓄積された結果か...。」


「ヴァンパイアはデクルマの血を飲むだけで位が中から上に上がった者もいるという噂もあるようです。」


魔力の所持量は遺伝する。

少ない奴が親なら本人も少ないし、同様に多い奴なら多くなる。

親が多い奴と少ない奴だった場合、足して2で割った量になる。

そして何故か祖先が皆魔力持ちだと、基礎魔力と言われる魔力のストック量が少しずつ増えていくらしい。

ソラの魔力量はそのためだろう。

彼女のことを他のヴァンパイアが執拗に追っていたのも理解できた。

魔力の位だけで家柄も決まると言われているヴァンパイアの世界では、位の低い奴らにとって喉から手が出るほど欲しいモノだろう。


「力が欲しいんだろうな。きっと。

それに呪いの年に魔女と結婚した者も魔力が上がるって聞いたことがあるしな。」


世の中なんてそんなものだ。

金と力さえあればなんとかなる。

聞いた話によると位が高いと就ける職が格段に増え、人間の貴族の娘の婿になってくれという声もかかるという。

魔力が強いだけでだ。

何が人間にとって魅力的なのかは謎だが。

他にも有名な話だと、あるヴァンパイアが先週まで夕食が水と芋だったが、魔女と結ばれたことによりワインとチキンになったという話だ。

人間の間でも『魔女』といると幸運になるという話まであるらしい。

魔力を持つ者は人間にも大人気だ。


「主は、まだ力が欲しいとお思いですか?」


テラが若干悲しそうに呟いた。

声が強張っているのは気のせいだろうか。

いつも感情をあまり表に出さない彼女には珍しかった。


「いや。別にいらない。今ので足りてるからな。」


俺は深く考えずにさらりと言った。

大きい屋敷があって、安定した職があって、信頼できる者がいて、他に何を望むというのだろう。

それ以上望むとしたら、なんだ。国か?

そう言うとテラは安心したように小さく笑った。


「そうですね。」


それ以上は何も言わなかった。

喉が渇いたので俺がコップに水を入れてる間、テラはポケットからマッチを取り出すと、火をつけて持っていた紙を燃やした。

そのままテーブルの上に置いてあった小皿の上に乗せると、立ち上がった。


「私としては、良いお相手も見つけてくれたら完璧だと思いますが。」


「んぐ!?ゲッホゲホ!」


突然のことに驚き、飲んでいた水が気管に入った。

まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。

社交的な性格ではないので、そういった相手が居たことはなかったし、考えてもなかった。

言い返そうとするが、咳が治らない。

テラは部屋の戸を開け、澄ました顔でこちらを見た。


「もう遅いから寝ましょう。

いつかお相手が出来たら、私が死ぬまでに紹介してくださいね。」


そう言うと、テラは部屋の明かりを消した。


「はぁ...」


ようやく咳が治り、俺は起こしていた上半身をゆっくりと元に戻した

相手か、と小さく 呟く。

学生時代、何人か彼女という女性が居たことはあったが、好きとかいう感情はあまり無く、付き合ってくれと言われたから了承した。

だが結局全員に

「私のこと本当に好きなの?」

と言われて振られてしまった。

好きだと言った記憶は無いのだが。

たぶん、テラの言った意味での相手という存在は居たことが無い、と言っていいだろう。

それに俺はあまり愛とかそういうのに対して良い印象を持っていない。

色々と考えようとして、やめた。


「相手か...」


もう一度小さく呟いて、俺の意識は深い闇に落ちていった。





テラと話した後、俺は気絶するように寝て、そのまま丸一日経っていた。

魔力を体の修復に使い過ぎた結果だろう。

しかも一日中同じ体勢で寝ていたのか、体がこっていた。

正直何もせずごろごろとしていたかったが、俺がやっと起きたということで、そんなことをしている暇なんて無かった。


まずテラが、俺が起きたことを確認すると、少し経ってから他の召使と朝食を用意してきた。

メニューは小さい柔らかいパン数個と緑色のポタージュだった。

いつもより少なめだ。

パンは白パンで、焼きたてなのかふわふわもちもちだ。

千切ると湯気がふわっと出てきた。

毎朝のパンと言えばこれだ。

しかも今回のはわざわざ俺のために小さく焼いてくれたらしい。

いつもなら具が混ぜ込んであったりするのだが、今回は普通の白パンだった。

ポタージュのメインは葉物系の野菜らしい。

どろどろとしたこのスープはうちの料理人の得意料理で、俺にはわからないが他にも多くの野菜を使っているのだろう。

スプーンで掬ってゆっくり口に流し込むと、野菜の甘さと温かさが口の中に広がった。

野菜の固形物が一切無かった。

おそらく頑張ってすり潰してくれたのだろう。

顔の筋肉を動かすのもなんだか億劫なので、あまり噛まなくていいのは有り難かった。

なのでいつもよりのんびりと少しずつ食べていた。

だがあまりの遅さに、召使に何度も


「御体は大丈夫ですか?」


「お食事は喉に通りますか?」


と食べている最中に聞かれるので、なんだか申し訳なくなってきた。

テラはその様子をにこにこと(といっても口角が少しばかり上がるくらいなのだが)見ていた。


俺が申し訳なさそうに食べていると、クラが部屋に来た。

俺の様子をひとしきり笑った後、


「昨日話したら、わかっただって。」


滲む涙を拭きながら言った。

それだけ言って、また部屋から出て行った。

それだけかよ、そう思いながら、朝食を食べ終えたのでスプーンを置く。

しかし、この後が大変だった。


召使が食器を片付けるの入れ替えに、来客を告げる鐘の音が聞こえた。

まだ朝じゃないか、と思い時計に目を向けるともう10時だった。

起きたのが8時頃だったので、1時間以上食事に時間をかけていたことになる。

まあお腹が空いていたので何度もお代わりしたからだとは思うが。

まず、俺が起きたという話を聞いて急いで医者がやって来た。

ベッドから出て、立った状態で服を脱ぎ、骨が折れていた箇所などを診てもらい、体調などを言った後、医者は診断書を書いて


「経過は良好ですね。一週間後また呼んで下さい。お大事に。」


と言って部屋を出て行った。


俺が服を着ていると、今度は仕事先の部下が3人来た。


俺の仕事は国境管理の責任者だ。

太く長い橋の近くにある建物で俺は仕事という名の判子押しを毎日毎日している。

国境を越えるには、中に入るのも外に出るのも申請が必要で、俺が判子を押さないと国境を渡ることは出来ない。

申請書とその者が提示した個人情報が本物か確認して、大丈夫だったら入国、出国となる。

この時国外から来た人が危険人物かどうかの判断も俺がしなくてはならない。

出国する人も同じだ。

指名手配犯が出国なんていったら、俺は牢獄行きだ。

俺が仕事に就いた時の上司に、実際あったことだから気をつけろと言われた。

ちなみに俺がこの仕事を始めて2年になる。

上司は俺が来て半年後に定年で退職した。


今日はいつも警備をしてくれている時に俺が休憩がてら話しに行くジルとザン、俺の秘書のミズルが来てくれた。

3人とも俺よりも5以上年齢が離れているのに、尊敬してくれている。


召使に案内されて来た3人は部屋に入ると、まずジルが体に包帯が巻かれた俺を見て目を見開いた。


「ナイトさん!大丈夫なんすか!?」


「ああ。体を動かせる程度にはな。」


俺は3人を安心させるように笑いかけながら服を着た。

ジルは先ほどの表情のままバタバタと俺の元へ駆け寄ってくる。

そのまま俺の体を触ろうとして、怪我をしていることを思い出し、ぴたりと止まった後、俺の体を見ながら俺の周りをぐるぐると歩き始めた。

しゃがんだり背伸びをしたり、目を細めたり大きく開けたりしながらいつまでも歩き続けるジルの頭をザンが引っ叩いた。

俺はジルの様子に若干戸惑っていたので助かった。

ミズルはというと部屋の端にいたテラにお見舞いの品を渡していた。


「おいジル。ナイトさんに迷惑かけるな。」


ほんとすいません、ジルが...とぺこぺこと頭を下げるザン。


「いや、俺も心配かけて悪かったな。」


俺はそんなザンの肩をポンと叩くと、ジルが、お前だけずるい、俺も肩ポンってされたい、とザンの肩を揺らした。

そんなジルを無視して、ザンが言った。


「もうオレ、ナイトさんが階段から転げ落ちたって聞いた時、心配で心配で...。」


俺はベッドの上に座ると、ザンの(時々ジルの)話を聞いた。

一昨日の夜に怪我をしたので、次の日、つまり昨日召使が俺が仕事を休むことを伝えに来たらしい。

よっぽどのことが無い限り俺は休まないので、心配になった2人は仕事が終わった後ミズルと一緒に屋敷に来たが、話せる状態では無いと言われて追い返されたらしい。その時に、俺が階段から転げ落ちて大怪我をしたと言われそうだ。

頭を打って気を失っているので、回復次第伝えに行くと言われて、仕方がないので渋々帰ったのだという。


俺はその話を聞いて、確かに階段で転げ落ちたくらいで頭打って気を失って1日起きないってそりゃ心配するな、と1人で笑った。

2人には笑い事じゃないと怒られたが。


ジルもあんなに包帯を巻いているとまでは思っていなかったのだろう。

先ほどの行動にも納得だ。

にしても、俺が怪我をした理由が階段から転落ということになっているのは少々無理がある気がする。

まあ、女の子から攻撃を受けて大怪我と言っても話がややこしくなるだけなのでこちらの方が都合は良いのだが。

一通り話を聞き終わったところで、ミズルがやって来た。


「テラさんに色々聞きました。

ある程度のことは私達がやっておきますので、ゆっくり体を休めて下さい。」


ゆっくりを強調された。

ある程度がどのくらいなのか気になるが、ミズルに仕事を任せるしか選択肢がないので、俺は小さく頷いた。


「ありがとう。よろしくな。」


名残惜しそうにこちらを見るジルを引っ張って行くザンとミズルの3人が出て行った後も来客は絶えなかった。


次に俺がたまに買いに行く橋の近くのパン屋のおじさんが来て、たまに服を買う仕立て屋のマダム、以前血を貰うためにアルバイトとして雇った女性まで。

他にもほとんど名前も覚えてないような人まで来ていた。

そして約半数以上が女性だった。

皆俺の体を心配するような言葉をかけた後、今後ともよろしくお願いします、と言ってお見舞いの品を渡してきた。

おかげで部屋の隅には様々なモノが山積みだ。

気持ちは嬉しいが、これを機に色々と買って貰おう、仲良くなろうという魂胆が見え見えの奴もいてなんだか疲れてしまった。


「人と接するって疲れるな。」


俺はずっと愛想笑いを浮かべていて疲れた頰をぐりぐりと指で押しながら言った。

テラはというと、山積みされた貰ったモノの仕分けをしていた。

食べ物や花、その他諸々を分けて運び出していて、こちらも大変そうだ。

俺はその日の夜も色々と疲れてしまい、テラが全てモノを運び出す前に寝てしまった。




次の日は、来客は来なかったが、ソラのことで忙しかった。


まず、朝起きると、クラがバタバタと飛びながら昨日のことの報告しに来た。

クラも疲れているのか、げっそりとした顔で羽を啄ばんでいた。


「昨日さ、とりあえず綺麗になってもらおうって思ってお風呂入ってもらったんだけど。」


俺は遅めの朝ごはんを食べながらクラの話を聞いていた。


「傷とかは大丈夫だったのか?」


「そこはさすが魔女だね。

自分の魔力である程度は治してたよ。」


体が元の大きさに戻ったことにより、体を小さく維持するために使っていた魔力を傷の修復に使えるようになったらしい。

しかし、傷は治っても汚れた体や焦げた髪は治らない。

とりあえずお風呂に入れることにしたのだが、風呂に入れるのが大変だった。


「昨日ナイトに沢山お客さんが来たじゃん?

それに怯えちゃってさ、部屋から出てくれなかったんだよ。」


部屋の位置的に昨日訪れた人とソラが会う確率は限りなく低いのだが、引っ切り無しにやって来る前日までいなかった知らない人が怖かったらしい。

結局ソラが風呂に入ったのは今日の明け方だったという。


「皆さ、ナイトのことで忙しそうだったし、ソラもさ、僕が無理矢理風呂へ引っ張って行こうとしたらソラに泥玉投げつけられて。

逆に僕が風呂に何度も入ったよ。」


さらに、入った後も大変だったらしい。

湯船に突っ込んだが、体の洗い方を知らないと言い出したのだ。

流石にクラがソラのことを洗うのはちょっとアレなので、唯一屋敷で住み込みで働いているテラに洗って貰おうと思ったのだという。

しかし、どこを探してもテラの姿は無く、仕方がないので、口頭で洗い方を伝える方法をとったのだが、上手く伝えられず、悪戦苦闘。

ソラはシャワーを使ったことも無いために、蛇口を思い切りひねり、勢いよく冷水をかけられ、頭を洗う時に目を閉じ無かったために、石鹸が目に入って痛いと騒ぎ。

やっと風呂を出たのは、他の召使が屋敷に来る少し前だったという。


「もうお風呂なんてごめんだ。」


ぶんぶんと羽を振るクラ。

まだ乾ききっていなかったのか、ぴっぴっと水が飛んだ。


「お疲れ。」


俺はパンを千切って口の中に放り込みながらぶっきらぼうに言う。

昨日クラが俺のことを笑った報いだ。

俺の様子にむっとしたクラは、


「ありがと。

それと、そのパン貰っていい?」


「あ、おい!」


俺の了承を得ずに、最後のパンの一欠片を勝手に食べてしまった。

俺は溜息をついて、空になった皿を見た。

食べてしまったものは仕方がないので、食器は召使に下げて貰った。


俺は伸びをした後、クラの方を見た。


「それで、その後は?」


「ソラは部屋で寝てるよ。」


「そうか。服は?」


「服って?」


「いや、あんなにボロボロで小さい服着れないだろ。」


「まあそうだね。あれも捨てちゃったし。」


「そうか。捨てたか。」


...捨てた?

クラはソラに合うサイズの服を持っていない。

クラは備品がどこにあるか面倒だからと言って把握していない。


「...は?じゃあ今ソラが着ている服は?」


俺は恐る恐るクラに聞くと、平然とした顔で、


「服?無いよ。

シーツにくるまってる。」


「お前なあ、ソラはカラスじゃないんだぞ?」


カラスの状態では服を着ないのは当たり前だが、そんなことはお互い分かっている。


「え、でもあんまり気にしてなかったよ?」


「そういう問題じゃないだろう。」


俺は頰を少し掻いた後、部屋に戻ってきたテラに


「あー。ソラに服を買ってくれないか?

...し、下着も...。」


「わかりました。頼んでおきます。」


と言って、他の召使に伝えに行った。

テラが行った後、クラはにやにやと耳を赤くした俺の方を見て、


「下着で照れるなんて、主も可愛いとこありますね~。」


と馬鹿にしてきたので、追い出した。

テラが戻ってきてから5分後、テラに書庫から持ってきてもらった本を読んでいると、クラはまた戻ってきた。


「髪も切ったほうがいいかな?」


「髪?」


「ソラの髪が焦げちゃっててさ。」


「切った方がいいのか?」


「僕も聞かれたから、聞きに来たんだけど。」


そう言うと、クラはドア付近に集まっている他の召使数人をを見た。

皆タオルやハサミや鏡を持っていて準備万端だ。

俺も見ると、目が合った。

全員期待した目でこちらを見てくる。


「...わかった。好きにしろ。」


俺がそう言うと、召使達は、小さく歓声をあげて、ソラの部屋へ走っていった。


「はぁ。大丈夫だろうな...。」


「ソラを心配してるの?」


まだ戻っていなかったクラに聞かれた。

俺は小さく頷いた。


「怖い思いさせたら、と思ってな。」


これはソラの為でも、俺の従業員の為でもある。

まだソラはこの屋敷にいる全員を信頼しきれていない。

もし彼女がこちらに危害を加えたら、と思うとどうしても不安になる。


「ふーん。そんなに気にしなくてもいいと思うよ。」


「そうか...。」


ここばかりはお互いが信頼出来る存在であると思わなければどうにもできない。

俺は早くソラについて調べようと思った。


「そういえば、どうして髪を切る話になったんだ?」


「あ、さっき、服を持ってきてくれた子がいたんだけど」


時間的にまだ店が開いていないので、要らなくなった服を見繕ってきたらしい。

彼女がその服を渡しにソラの部屋に行った時、ソラの可愛さに驚いたのだという。

そして同時に、ソラの髪が気になって気になって仕方がないと言ってきたのだという。


「ソラがお腹が空いたって言うから、ご飯を持ってきてもらった時に他の人達にも見られて。」


話は広まり、ソラがご飯を食べ終わって皿を下げて貰おうとして時には、先ほどの召使達がハサミやらなんやらを持って来たのだそうだ。

一応俺に許可を取った方がいいのではないかという話が出て、クラに言うように頼んできたらしい。


「それでさっきのか。」


「もっと可愛くするんだって息巻いてたよ。」


「そうか。」


「首を長くして待っててよ。きっと変わり様に腰抜かすよ。」


「なんだそれ。」


「それじゃ、僕も行くね。」


「あぁ。」


そう言ってクラが出て行き、俺も本の続きを読もうとした時、クラが戻って来た。


「そういえば、ナイトはどんな服が好「あーもう、任せるから、何でもかんでも俺に聞きに来るな。」


俺は大きな溜息をついた。

もうなんでもいいから本を読ませてくれ!


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