第一章不良コーチと女子高生
「喧嘩に使えない武術なんてやってる意味ねえよ。こっちから願い下げだ」
少年は学ランを着ていた。顔立ちは幼いがその佇まいと引き締まった体からは明らかに一般人とは違う。肉食動物の様な雰囲気がある。
「待つんだ尾上! 話はまだ終わってない」
その背に白髪の初老の男性が声をかける。その表情は怒っているわけでは無く、尾上の事を気遣っている様なそんな顔だった。
「先生わりぃ。やっぱり俺には柔道なんて無理だったんだ。俺みたいなゴロツキが今更まともになろうなんて無理だったんだよ……」
「馬鹿者。若造が知ったような口を聞くな。若いんだから間違えるのは当たり前だ。間違ったら直せば良い。それだけなんだ」
その言葉に尾上は足を止めた。しかし、その表情は何処か諦めていた様だった。
「お前だけが責任を負う必要は無いんだ。それに……尾上、お前は誰よりも柔道が好きじゃないか」
「先生……」
尾上はギリッと音が鳴るほど拳を握り締めた。そして何かを堪える様に頑なに後ろを振り返る事は無かった。
「今まで……ありがとうございました」
尾上はそのまま歩いて行った。その目には先生である榊原扇には見えなかったが一筋の涙が流れていた――。