第二章不良コーチのまともじゃない指導
「おいおい……何だよここは?」
諸々の書類を済ませ。尾上がコーチとして訪れた綺光高校。久しぶりに訪れたその場所で尾上は途方に暮れていた。
「部室。柔道部の」
それに答えたのはポニーテールの少女。智衣だ。
「部室じゃねえよ。道場はどうした?」
尾上が指差した場所は十畳ほどの畳の部屋だった。柔道をするには余りにも狭い。
「柔道場は今は空手部が使っているから。柔道部はここに練習場所が移ったの」
「移ったのって……お前なあ。ここじゃまともな練習が出来ないだろ? つうか部員が入るのか? 何人部員が居るんだよ?」
「…………二人」
小さい声でボソっと智衣が呟く。
「ん? 聞こえなかった。もう一度言え」
「二人よ。私と、マネージャの笹倉ゆかなちゃん」
智衣は隣に立っていた眼鏡の少女を紹介する。すると笹倉はペコリと恥ずかしそうに頭を下げた。
「お、おう。こいつ部員だったのか。何で付いて来てるんだろうと思ってたが、っておい! 二人しか居ないのか? しかも一人マネージャーって! 良くそれで俺の事をコーチに呼ぼうと思ったな!」
尾上が批難すると智衣はバツが悪そうに視線を逸らす。
「しょうがないでしょ。お祖父ちゃんが居たころは男子柔道部が有ったみたいだけど、大分前に廃部ちゃったし、女子は柔道やりたいって人がそんなに居ないし」
(そうか。男子柔道部は廃止になったのか)
尾上は智衣の言葉に一人頷く。それは尾上自身に無関係な話では無かった。
「まあ部員が居ないのはしょうがない。別に戦争するわけじゃないからな。あくまでタイマン。人数は関係ない」
「あ、貴方が文句を言ったんじゃない」
智衣が不満げに頬を膨らませる。その隣では笹倉が尾上に怯えた様にフルフル震えていた。
「良し、まあ取りあえず始めるか。行くぞ。二人とも」
そう言うと尾上はさっさと部室から出ようとする。
「え? 部室から出るの? ランニングでもするの? ならちょっと待ってくれないかしら? 私、柔道着に着替えるわ」
そう言って智衣は笹倉を連れて部室に入ろうとする。
「は? ランニング? しねえよ。そんな物。それに着替えなくて良い。今日は練習しないからな」
「練習しない? どうして? 私は全国一にならなきゃいけないのよ? 練習をサボっていいわけ――」
「はいはいはい。そういうのはいいから黙れ。そういう所、ジジイにそっくりだな。でもお前は俺のやり方にケチをつけないって言った。約束は守れよ?」
「……分かったわよ。行きましょう。笹倉さん。でも……一体何処に行くの?」
「う~ん。取りあえずパソコン室に行くか。有るだろ?」
「有るけど」
「良し、じゃあ笹倉。お前職員室行ってパソコン室の鍵とって来い」
「ひゃ! ひゃい!」
笹倉はビックリした様に体を震わせた。それを見た智衣がキッと尾上を睨む。
「ちょっと、笹倉さんを脅かさないで」
「脅かしたつもりは全くもって微塵もねえんだが……」
尾上は疲れたように溜息を吐いた――。