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せめて私らしく  作者: 徳田武威
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第一章不良コーチと女子高生  8

 ――後日。

「おい。何だ君! 道場にスリッパのまま上がるな!」

 柔道着を着た男が道場の入り口に佇む尾上に注意する。

「…………」

 しかし当然の如く尾上はそれを無視した。

「おい。お前!」

 それに怒った男が尾上に近づこうとする。しかし、それは男の肩に添えられた手によって止められた。

「すまんな。私の客だ。ふふ、尾上。良く来たな」

 全てを受け入れる様な笑顔だった。それに尾上は嫌そうな顔をする。

「け、俺はあんたに借りを返しに来ただけだ」

「ふふ、そうか。ならば着替えなくてはな。おい徳山。こいつに柔道着を貸してやってくれ」

「え……しかし、コーチ。この子は……」

「いいから、いいから。本来柔道やるのに資格なんて必要ないんだから。着せてやれ」

 榊原の言葉にしかし、尾上は反発する。

「おい。ジジイ。俺は柔道なんてやるつもりはねえよ」

「ふふ、分かっているよ。別にパンチでもなんでもお前の好きに使えばいいさ。でもな、もし普段着を着てたせいで負けたとか言われたらこっちも困るからな。だから道場ではスリッパは脱げ。戦うのはお前がベストな状態の時だけだ」

 余裕の表情を榊原は見せつけた。それに尾上は血管を浮き上がらせる。

「このジジイ……後悔するなよ」

 尾上はスリッパを道場の外に投げ捨てた。そして徳山から胴着を受け取る。

 尾上は着ていた服を乱暴に脱ぎ捨てると柔道着に着替えた。初めて着るというのに尾上は帯まで綺麗に縛っていた。

「っほ。尾上、お前何処かで柔道やっていた事あるのか?」

「は? ねえよそんなもん。こいつら見てたら分かるだろ普通」

 尾上の言葉に榊原は驚いた様にだが嬉しそうに笑う。

(中々観察力がある。そして道場に入ってから一度も周囲への警戒を怠っていない)

 榊原は尾上の事を観察していた。そしてそこから榊原は尾上に古の侍の様な気配を感じ取っていた。

「ほれ、ではかかって来なさい」

「言われなくても……よ!」

 尾上は開始の合図も無くトップスピードで飛び出した。喧嘩において相手の虚を突くの常套手段だったからだ。

「う~ん。甘い」

 しかしそれに榊原は簡単に対応した。元々榊原に油断など微塵も無かった。

 榊原は尾上の襟を掴むと、そのまま背負い投げをした。しかし、今回は前回と違いきちんと地面に叩き付けた。

「ガハァ……」

 背中の衝撃が肺を通り体を突き抜ける。始めの経験に尾上は戸惑う。

「ふふ、今日はコンクリートじゃないからな。叩きつけさせて貰った。どうだ? 苦しいか?」

「が……馬鹿が!」

 尾上は自らのダメージを無視して立ち上がる。そしてすぐさま反撃に転じる。

(ほっ全く闘志が衰えていない)

 榊原の顔が徐々に輝き出した。それは原石を発見したからに他ならない。

「おら! おら!」

 尾上は何度も投げられながらもその度に立ち上がって来た。そしてそれは既に十分は経過していた。

「もういい加減諦めろよ。俺達だって榊原先生には勝てないって言うのに……」

 部員の一人がそう呟く。

「違う。良く見ろ」

 しかしそれを榊原に徳山と呼ばれていた男が否定する。

「始めは受身を取れて無かったのに今はもう完璧に受身を取っている」

「え……」

 徳山に言われ他の部員達が戦いに目を戻す。

「本当だ……この短時間に成長したのか?」

「ああ、それは防御だけじゃない」

 徳山が指摘した瞬間だった。尾上は榊原に向って背負い投げを放つ。

 それは美しいフォームだった。まるでお手本の様な……いや、それは榊原の背負い投げその物だった。

「くっ……」

 それを榊原は辛うじてかわした。その額には薄らと汗が流れている。

「馬鹿な! この短時間で習得出来るはずが無い!」

「だが実際に習得している」

「徳山! ならばこのままだったら先生が敗れるという事か!」

 興奮した様に叫ぶ部員に徳山は静かに首を振る。

「先生が本気を出せば……あの程度では無い」

 尾上の攻撃をかわした榊原はお返しの様に背負い投げを放つ。

「はぁ!」

 しかしそれを尾上は完全に見切っていた。だから攻撃をかわして反撃しようとする。

「甘いな尾上」

 しかしそれは叶わなかった。まるで重力に惹き付けられる様に尾上の体は榊原に引っ張られた。

「見事なコピー能力だ。だがな本当の技とは長い年月をかけて蓄積した技を言う。表面だけ真似ても本当の意味で私の技では無いよ」

「くそぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 尾上は再び地面に叩きつけられた。だがそれで終わりではない。榊原はそのまま尾上の首を締め上げた。

「くぅ――」

 尾上の意識が一瞬で分断される。電光石火の早業だった。

「ふぅ……」

 榊原は汗を拭った。その顔は満足気だった。

「先生!」

 部員達が榊原の元に集まってくる。その顔は安堵の表情に満ちていた。

「こいつは何ですか? いきなり先生に襲い掛かって来て。まあ先生には全く敵わないみたいですけど」

 部員の言葉にしかし榊原は首を振る。

「ふふ、今はな……しかし、続けていたらもしかしたら一発貰っていたかも知れん。それほどに成長のスピードが早い少年だ。だから取りあえず落とした。私も歳で疲れていたからな」

 榊原は尾上に活を入れる。すると尾上はゆっくりと目を開いた。

「良し。尾上。お前確か極聖中学校だったな。私が推薦してやるから。綺光高校に入学しろ。な? 明日から学校が終わったらここに練習に来る様に」

「……? な、何を言ってやがる」

 寝ぼけていた尾上は当然戸惑う。

「はは。文句は私に勝ったら幾らでも聞いてやるぞ。はははははは!」

 榊原はそう言って悠々と去っていた。尾上は畳を一度強く叩いたが榊原を追いかける様な事はしなかった――。



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