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せめて私らしく  作者: 徳田武威
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第一章不良コーチと女子高生  7

「おら! もう一片言ってみろよオラ!」

 ゴス、ゴスと鈍い音が路地裏に響いた。それは人の拳が人間の顔面を打つ音。

 殴っていたのは少年だった。学ランを着ている幼さの残る顔立ちに不釣合いの鋭い目をした少年。尾上タカシはデザインが違う恐らく他校の制服を羽織った少年の胸倉を掴みながら一心不乱にその顔面に拳を叩きこんでいた。

相手の少年は既に戦意を失っているのか涙を浮かべながら許しを乞うていた。

「おい。俺の何処が調子に乗ってるんだよ? 言ってみろ。ちゃんと言えるまで殴るのを止めねえぞ?」

 尾上はニコッと笑みを浮かべる。すると相手は首を振りながら掠れる様な声を出す。

「すみません……すみません……」

「そんな言葉は聞いてないんだよオラ!」

 尾上は再び強く相手を殴りつける。それに死の恐怖を感じたのかボロボロになった顔で少年が悲鳴を上げた。

 この路地裏、薄暗い場所だが良く見るとそこら辺に倒れている人影が有った。そしてそのいずれもが今殴られている少年と同じ様にボロボロだった。

「尾上さん勘弁してください。自分らが調子に乗ってました。もうしません。もうしませんから……」

「うるせえボケ! オラ! 死ね!」

 尾上が血走った目で相手に止めを刺そうとした時だった。

『ポン……』

 肩にふんわりと置かれた手。余りに場違いなその感触に尾上の体が一瞬固まった。

 敵かと思い尾上がバッと鋭く後ろを振り返る。

「もう戦う意志は無いじゃないか。これはもう喧嘩じゃないぞ」

 そこに立っていたは尾上が全く予想していなかった人物だった。

 立っていたのは初老の男性だった。白髪の混じった短髪で体は小柄。柔和な表情はとてもこの殺伐な環境に居る様な人間には見えなかった。

「何だぁ……ジジイ」

 尾上は牙が生えているのでは無いかと思えるほど、歯を剥き出しにして相手を威嚇する。しかし、それに動じた様子は初老の男性には無い。

(何だ……この力は……)

 しかし、内心動揺していたのは尾上の方だった。彼の肩に置かれた手、そこから抑え付けられる力は認めたく無いが。尾上よりも強いという事を肌で感じさせた。

(ふざけんじゃねえ……)

「離せよオラ!」

 尾上は体を振って初老の男の手を剥がすと、容赦無しの拳を初老の男に向って放った。

「おっと」

『パシン』

 それを初老の男は手の平で軽々と受け止めた。そして仏の様に笑う。

「くふ……正当防衛だぞ? 小僧」

 初老の男性は尾上の胸倉を掴んだ。そして……背負い投げした。

「――――!」

 尾上の視点が急速に反転する。凄まじい速度、見えているのに体は反応しなかった。

(やべえ、この、速度、死? 死? 死!)

 コンクリートに頭が急速に迫る。走馬灯の様な物が尾上の脳裏に浮かんだ時だった。

『フワァ……』

 さっきまでの速度が嘘の様に驚くほど優しく尾上の体は地面に寝かされた。そして仰向けに空を見上げる尾上の視線に初老の男性が映る。

「くふ、小僧、お前今死んだぞ?」

「…………!」

 尾上の顔が怒りに紅潮した。しかし、初老の男性の言葉を尾上自身が認めていたのか、体が全く動かなかった。

「才は有る。しかし、足りん。小僧お前が私に負けた理由が分かるか?」

「何だよくそジジイ言ってみろ」

「サボっていたからだよ。周りを見ろ。倒れているのは粋がっているだけのただの子供だ。お前はそいつらに勝って自分が一番強いとでも勘違いしていたんだろ? しかし私は違う。鍛えぬいた屈強な男達と戦い抜いて来た。だからお前は負けたのだ。こんなヨボヨボのジジイにな」

「負けてねえよ。俺は殺されてねえからな」

 尾上は倒れたままそう吐き捨てた。するとそれに初老の男はニッと笑う。

「確かにそうだな。喧嘩である以上。どちらかが負けを認めるまで負けじゃない。ならばこの勝負はお預けだ。いつでもお前が挑戦したい時に挑戦すれば良い。お前、名前は?」

「………………尾上」

「そうか尾上。私は綺光あやひかり高校の榊原扇だ。柔道のコーチをしている。来る時はちゃんと連絡をしてから来るんだぞ。あははは」

 榊原はそう言って豪快な笑みを浮かべながら去って行った。尾上は悔し涙を一筋流しながらそれを見送った――。



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