遊牧民の物語
「例えばユダヤ教のしきたり、肉と乳製品を同時に食べてはいけない、これはよく考えれば、遊牧民の生活の知恵に過ぎない、遊牧民の主食は乳製品と肉だろう、つまり単なる食生活にバリエーションをつけようとしただけだ」
「まあ、遊牧民をやめてもその生活を改めないからそんな風に奇妙に思えるってことですね」
「そしてユダヤ教の十戒にもある偶像崇拝を禁ずるというのもそれと同じだ」
「同じ、ですか?」
「モンゴルの遊牧民は無駄なものは何一つ持たない、すべてコンパクトに収納し持ち運ぶ、それが彼らのライフスタイルだ」
「まあそうでしょうねえ」
「神像というのはなんでできている?」
「普通は、石とか金属、場合によっては木もしくは焼き物ですね」
「つまりとてもかさばって重い。むろん紙に書くという手段もあるが、紙は当時のパピルスだが、流通がとても限られているので、とてもじゃないが、その流通から外れたものは手に入れることができない」
「紙がないなら羊皮紙なら手に入るのでは?」
「羊皮紙は中世だ、それと一匹の羊から何枚の羊皮紙が採れるか知っているか?」
「何枚なんですか?」
「一枚だ、当時作る技術があってもちょっと利用できない」
「……」
「つまり運べないから彼らは偶像崇拝をあきらめなければならなかったのだよ、したくてもできなかったのだ」
「あ―そうですかねえ」
「しかし宗教はあった」
「そりゃユダヤ教っていうくらいですから」
「聖書にある、『神は言葉であった』」
「それくらい知ってますよ」
「つまり物語を語り継ぐことが彼らの宗教儀式だったのだ。聖書とはその物語を編集したものだろう」
「まあ可能性はありますね」
「彼らは複数の部族に分かれていた、おそらくそれらを統合しユダヤ王国を築く際に物語を文書化し聖書に編纂した。そして、編集の段階で、一本の物語に再構築した」
「再構築とは」
「例えば前述のカインとアベルだ。アダムとイブが楽園を追われ定住した先に作った双子がカインとアベルだという。しかし、カインはアベルを殺害し、その場所をも追われることとなった。
その際に叫んだ言葉が『私を見つければほかの人間に殺されるだろう』これは聖書の中でも有名な矛盾点だ、彼ら世界最初の一家で一体どこにほかの人間がいるのか、しかし、編集によって、アダムとイブがこの物語につけられたとすれば矛盾は消滅する」
「まったく別の物語だったというんですか」
「また似たテキストは合成された、ノアの箱舟の際に水深の単位が複数あるという間違い、これも複数のテキストを合成したと考えれば問題ない、洪水説話はメソポタミア全土に広がっている、この物語を複数の部族が持っていたとしてもおかしくはない、それに新たな物語を付け加えていったのが聖書の始まりと考える」
「それはそうでしょうね、で、殷周革命はどこに行ったんですか」
「それは次回」
「お楽しみに」