持ちかけられる話
「どもーっす、あれ蒼治さんもう定位置についてるんすね」
また一人、部室へと足を運んできた人間が一人。
「よう、瀬谷。今のところ特に誰も来てないけどな。お前、なんかネタ持ってない?」
いやー特に無いっすねーと軽く笑いつつ言いながら、オカルト研究部の最後の部員の瀬谷は、蒼治の横の開けっ放しのドアを通り部室へと入って行った。
皆に定位置として認識された場所に陣取った蒼治が何をしているかというと「情報収集の一環」と彼自身は説明している。
しばらく前から彼は周りに「何か魔法や超常的な噂などがあったら自分のところまで」と宣伝し、活動をしてきた。
その噂集めの、放課後の窓口がこのオカルト研究部前というわけであった。
当初は皆笑ったり疑惑の目を見せていたが、数件の相談をすぐさま解決した(いずれも人的なものであって情報はガセであった模様)結果、困ったら瀬上に相談みたいな流れが出来てしまったのであった。
「にしても最近は来る人減りましたね、何かあったんすか?」
「そういえば瀬谷くんはあの場にいなかったわね」
「あぁ、それなら……」
そうした流れが出来上がり、しばらくの間は来る話来る話全てに向かい問題と対峙して解決してきたのだが、結果どんどんと内容が、
「飼い猫を探してるんですが」
「恋人が浮気してるかも」
「お金が貯まらない」
「何もないけどとりあえず来た」
等々、もはやオカルトとか魔法とか関係なさそうな話で溢れ始めてきたのだったが。
「そこで瀬上が全部怒った、というかきっぱり拒絶した」
と一連の流れを緑園が瀬谷に説明していた。
全く関係ない話ももしかしたら何かあるのかもしれないという可能性を考えて当初はバカ真面目に全ての話に応じていた蒼治だったが、流石にそんなごくごく僅かな可能性ばかりを追っていたのではキリが無いと判断した。
「全部の話を聞いてやる気は無い、応じるかはこっちが決める」
という蒼治の一言で、行列のできる悩み相談所だった蒼治の周りの様子は収まり、今ではごくごく少数の来訪者のみとなった。
「話を聞くかは先輩次第とか、結構な傲慢な言葉ですよね。まぁ部室前が騒がしくなくなったので私としてはこうなってよかったですが」
「まぁ瀬上がそう言いたくなったのも分かるが、星川の言ってることも確かだよな」
それでもまだ相談に来てる人間がそこそこいるんだから大したもんだよ、と緑園が感心してるのか呆れているのか分からないトーンで話す。
「蒼治さんの解決した話が伝わってるから、ホントに最後の頼みの綱として来るんじゃないですかね?前に学校のものを窃盗しようとした外部からの犯人も捕まえたりもしたでしょう?」
「あぁ懐かしいわね、通商、走る人体模型事件の事ね」
「まさか人体模型があんな高価なものだったとはなぁ……あとは光るモーツァルトの左目事件とかもか?」
「あぁ、あの用務員さんの捕まった時のですね、私としてはクトゥルーの目覚め事件とかがオチも含めて好きですが」
「オチってお前……ただまぁ校内の池に謎のちっちゃい建造物が一晩で出来上がってたのにはびっくりしたよ、あそこ毎日通るし」
そんな過去の話を蒸し返していた部員たちの中で、蒼治だけがその話を聞きながらむっと顔をしていた。
確かに解決はしたがそれは彼の望むものではなかった。
彼にとってはそれらの話を言われるのは失敗談やミスを蒸し返されてるような気になるのであった。
ちなみに現在、何故か四人は皆部室内ではなく蒼治の左右に群がっている。
大体いつもそうなのだが、前にどうして部室内でなく自分のところに集まってるのか、と疑問を口にしたところ。
「一人外にいるのに中で活動してたら外が気になってしまいます、この状況は瀬上先輩のせいです」
と星川に言われそのまま何も言えなくなった。
しかしながら、こうなると分かっていながらわざわざ部室に来てその前を陣取っている自分も自分だなと蒼治は思う
――意外と、俺はこの部に甘えているのかもしれないな。
そんなことを思いながらも決して声には出さず、内心でこんな勝手な人間を部員と数えてくれている四人に感謝をしている。
「あ、あの~……」
と、蒼治がそんなことを思い、他の四人が思い思いの事をしゃべっていた時、ふと横合いからそんなか細い声が聞こえてきた。
「あれ委員長、どうした?」
蒼治に委員長と呼ばれた少女は、他の四人の目線とも、さらには蒼治とも目線を合わせるでもなく伏し目がちに申し訳なさそうに立っていた。
「瀬上の知り合いか?」
「はい、同じクラスの弥生紀実、うちの学級委員長です」
瀬上のその答えを受けてもう一度その視線を弥生へと戻す緑園。
やはり少々所在なさげに、自信なくそこに立っている。
彼女がはきはきとクラスを取り仕切っているであろう姿は全くと言って想像できなかったので、押しつけられたか悪意のない推薦だか、どっちにしろそういった形で望まずにその役職に就いたんじゃないかなぁと推測した。
「ところで、こんなところまで用もなく来る訳もなし。瀬上くんに何か用があったんじゃないの?」
「は、はい!そうなんです……」
二俣の言葉に勢いよく肯定したが続く言葉が尻すぼんでいくようだった。
恐らく別に言いづらいことがあるわけではなく、唐突に勢いよく返事が出てしまったのが少し恥ずかしくなったのであろう。
「ほう……俺に相談か?」
そう言った蒼治の顔は打って変わって期待に満ち溢れた表情となっている。
幾数の偽の噂と遭おうとも彼は曲がらない、その目的のため夢のため願いのため、彼は超常を外なる理を魔なる法を望み追いかける。
幾千もの空振りを繰り返そうとも、その一つ先が次こそは真と信じて。
今日もまた持ちかけられた話へと向かうのであった。
「その話は超常的な何かと関係あるんだろうな?」
挑発的にも見える笑顔となった蒼治のその言葉に、クラスメイトである弥生は弱弱しくもしっかりと首を縦に振った。