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ラストゲーム

作者: 藤崎 圭

 その瞬間はすべての音が消えたような気がした。

 少し遅れて「ブン」という空気を切る音がして、やがて「パン」という響き

が球場に広がった。

 静かだった一塁側のスタンドが一斉に沸いた。主審が素人とは思えないオー

バーアクションで「ストライッ、バッターアウト。」と叫んだからだ。

 ツヨシは、「ヨシッ」と小さくガッツポーズをした。オレも同じように「ヨッ

シャ」とつぶやいた。

 ツヨシは額から流れ落ちる汗を、拭きもしなかった。頬を伝って地面に落ち

た汗は、地面ではなく太陽に吸収されているように思えた。ツヨシは顔をしか

めて「あちいなぁ」と言った。

 ケンジが山なりのあまり速くないボールを投げ返してきた。

 「ナイスピッチンッ。」

ショートのヨシナリが自分のグローブを力いっぱい叩いてツヨシに声をかけた。

ツヨシはそれに軽く手を挙げて答えると、もう一度「あちい」とつぶやいて、

恨めしそうに空を見上げた。

 天気予報は曇りだと言っていたので、チームのみんなは大喜びをしていた。

今日の試合は守備の時間が長くなることが誰の目にも明らかだった。守備をし

ているときはなるべく曇っていたほうがありがたい。

 しかし、気象庁の自信とみんなの期待を完璧に裏切って、試合開始直後から、

雲ひとつない、快晴の青空が球場を見下ろしていた。試合中に一度、給水のた

めに休憩時間が取られたほどだ。さすがにこんな経験はオレのそんなに長くな

い野球人生の中でも初めてのことだった。

 ただ、予想を裏切ったのは何も天気だけではなかった。

 ツヨシたちも大方の予想、さらには自分たちの予想すらも大きく裏切ってい

た。

 「ワンナウト、ランナーなし。しまって行こうぜ。」

ケンジがホームベースの後ろで、大きな声を出した。ツヨシは右手を高く上げ

て指を一本立て、そして内野の連中が「オウ」と叫んだ。

 あとアウト二つで甲子園。

 下馬評は散々だった。まぁ、当然といえば当然だろう。

 相手は常勝名門校。強豪ぞろいの県からは、甲子園への近道と言わんばかり

にわざわざ下宿をして、その学校へ通うヤツもいるらしい。

 それに引きかえこっちは、県立普通校。センバツでも甲子園なんて行ったこ

とがないばかりか、県大会の一回戦を突破したのだって、一体今までに何回あ

るのか、という程の学校だ。

 それが、決勝まで来てしまった。しかも一点リードで最終回。ワンアウト。

こんなありえない状況を作り上げてしまった連中を、オレは一生忘れないだろ

う。

 ツヨシと出会ったのは、ツヨシが高校に入ってからだ。信じられないことに、

ツヨシは野球の経験が全くなかった。中学では、陸上部だった。ただ、運動の

センスはあったみたいで、たまたまクラスが一緒だったケンジに説得されて野

球部にも入ったし、ケンジの勧めでオレとも出会ったっていう訳だ。そうやっ

て考えると、運命っていうのはおもしろいもんだとつくづく思う。

 高校で野球をやっているヤツは、例え自分の通っている学校が一度も勝った

ことがなかったとしても、甲子園を夢見るものだ。ツヨシが甲子園を夢見るの

に、そんなに時間はかからなかった。人間ってのはおもしろいもんだ。夢とか

目標とかができると、みるみるうちに変わっていく。ここだけの話、ツヨシは

見た目はあまりぱっとしないけど、野球をやってるときはオレから見ても、カッ

コいいって思えるな。

 「アウト、あと二つ。」

ツヨシはふぅっと息を吐いた。良くないな。残りのアウトカウントを勘定する

のはゆとりがない証拠だ。落ち着いて行こうぜ。

 次のバッターが打席に入って、主審が軽く手を挙げた。まだまだあきらめムー

ドではない三塁側のスタンドからは、大音量で『狙い撃ち』が流れて来た。

 「また狙い撃ちかよ。他の曲はねぇのか。」

サードのシゲユキがぼそりと言った。それを聞いて、ツヨシは鼻でふっと笑っ

た。そのままサードを見るとシゲユキと目が合って、お互いにニヤリと笑った。

 シゲはいいヤツだ。ムードメーカーってヤツだ。チャンスだろうがピンチだ

ろうが、とにかく何かをしゃべって周りを笑わかしてくれる。オレはツヨシの

肩から力が抜けていくのがわかった。ナイス、シゲ。

 ツヨシは前傾姿勢になってケンジを見た。サインが出る。軽くうなずくと上

体を起こして両手を高く振り上げた。調子がいいときの手の挙がり具合だ。大

きく振りかぶって、左足を前に出した。歩幅もいい。スピードは出る。あとは

コースだ。

 ツヨシの手を離れたボールは、一直線にケンジのミットめがけて走った。バッ

ターが持つバットの少し下辺りに構えられたミットに、「バン」という音と共

に収まった。バッターが少しだけのけぞった。

 「ストライック。」

主審が右手を挙げて叫んだ。バッターは主審を見て目を丸くした。ボールだと

思ったのだろう。ケンジが勢いよくボールを返してきた。ピチっという音がし

た。痛みに顔をしかめる。

 「高すぎたってことかよ。」

帽子を取って汗を拭うと、ツヨシは独り言を言った。

 ケンジが勢いよくボールを投げ返すのは、ツヨシが失投をしたときだ。もち

ろん、失投するのはある程度仕方がないのだけれど、運よく打たれなかったと

きに、ケンジは戒めの意味も込めてか、強いボールを投げ返してくる。ツヨシ

は自分の投げたボールが高かったのだと、判断したらしい。

 「楽に行けよ、楽に。」

ヨシナリが少しだけツヨシに近づいてそう言うと、また自分のポジションに戻っ

て行った。

 帽子をかぶり直したツヨシは、改めてケンジを見た。サインが出る。ケンジ

が少しだけ外角に動いた。

 ツヨシはうなずいて、モーションに入った。さっきと同じ腕の位置、さっき

と同じ間合い、さっきと同じ踏み込み。

 ボールは一球目よりも少しスピードを落として、それでも一直線に進んだ。

バッターも左足を踏み込んでバットを振ってくる。当たる、と思った瞬間、ボー

ルは斜面を転がるようにスッと落ちた。その上をバットが通過して行く。そし

てボールは地面に上向きに構えられたケンジのミットに収まった。

 今度はさっきよりも随分緩やかなボールが返ってきた。わかりやすいと言え

ば、わかりやすい性格なのかもしれない。

 ケンジはいい言い方をすれば、真面目で熱心な男だった。けれど、正直に言

えばただの野球バカだった。頭の中は野球のことしかない。今の三年生の中で

唯一、一年からスタメンで出ていたのも、ケンジだった。ケンジの場合は、セ

ンスよりも努力の人で、毎日部活が終わってからも素振りやランニングをして

いた。というよりも、部活の時間はほとんどツヨシのピッチング練習に付き合

い、それが終わって初めて自分の練習をする、という感じだった。

 その努力が実って、この試合唯一の得点は、ケンジのホームランによるもの

だった。それまでファールにすることしかできなかった、速球を「イチ、ニー

ノ、サン。」で降り抜いたら、スタンドまで行ってしまった。タイミングとい

うのは、難しいようで簡単なのかもしれない。

 三球目は、外に外した変化球でボール。四球目の速球はファール。運命の五

球目。甘く入った高めの速球をはじき返された。

 ボールはきれいな放物線を描いて外野に飛んでいった。あわや、という当た

りだった。

 そう、あわやということはスタンドには入らなかった。フェンスギリギリま

で下がったライトのマサトが、両手でしっかりとつかんだ。

 一塁側からまた、「ワーッ」という歓声が上がった。

 「あっぶねぇな。」

ツヨシの額から汗が噴き出した。暑さはもちろんだが、冷や汗なのかもしれな

い。それくらいヤバい当たりだった。

 しかし焦ったのはツヨシだけではなかった。ホームベースを見ると、マスク

を外したケンジが、両手をひざに当ててため息を吐いていた。そしてツヨシの

視線を感じると、ミットをポンと叩いて再びマスクを被った。

 ボールはマサトからヨシナリに戻された。

 「結果オーライ。楽に行け。」

ヨシナリは近づいてから、下投げでボールを投げた。

 「四番、ファースト、マツナガ君。」

アナウンスが最後まで終わらないうちに、三塁側から歓声とも怒声とも言える

ような、凄まじい声が響いて来た。その響きは地面にも伝わり、ツヨシの体も

ブルっと震えた。オレもつられて震えてしまった。

 「何でここで四番なんだよ。」

ツヨシはポケットからロジンバックを取り出すと、掌に乗せて、ポンポンと二

回宙に上げた。白い粉が舞って、少しだけ横に流れたが、ほとんどは下に落ち

た。風はほとんどない。

 ツヨシはロジンをポケットにしまうと指先に向かってフーッと息を吐いた。

再び白い粉が舞った。

 三塁側スタンドからは『狙い撃ち』ではない音楽が聞こえてきた。おそらく、

四番の彼固有の応援曲なのだろう。三塁側スタンドは一面ピンク一色。そろい

の帽子にうちわを持って、ど派手な衣装を着たチアガールもいた。

 それに引き替え一塁側は、あえて言うなら黒一色。特にそろえているものは

ないし、応援団もない。普段室内で練習をしているブラスバンド部が急遽外で

練習を始めたせいか、日焼けした顔は小麦色ではなくて真っ赤になっていた。

野球部の一年生を中心とした練習着を着た連中が中心になって声は出している

が、攻撃中ならともかく、守っているときはスタンドも見守っている状態だっ

た。

 ツヨシはケンジのサインにうなずいて、モーションに入った。サインは外角

低めのストレート。ツヨシの投げたボールはケンジの要求どおりに、ミットに

向かって一直線に進んだ。

 「キーン。」

甲高い金属音がして、ボールはすごい速さでシゲユキのはるか頭上を越えて行っ

た。ヤバい、なんて思う暇もないほどの凄まじい勢い。ツヨシが振り向くと、

ちょうどボールが磁石に引き寄せられるように、外野スタンドのポールの左側、

三塁スタンドに飛び込むところだった。

 溜息のような低いうなり声が三塁側から流れ出てきた。ツヨシの額から落ち

た汗は、瞬く間に蒸発していった。

 誰も何も言わなかった。ツヨシも独り言を言うゆとりがないらしい。ケンジ

の出すサインにうなずき、ボールを投げた。

 二球目のフォークは見逃され、三球目も外角に外れた。四球目、思い切って

内角を攻めたところ、フルスイングされて、レーザービームのように外野の壁

に突き刺さった。ラインの数センチ外。ライトのマサトは一歩も動けなかった。 

 審判からボールを受け取ったケンジが山なりの緩やかなボールを投げてよこ

した。ツヨシは深呼吸ともため息ともとれるような深い息をした。

 カウントは二ストライク、三ボール。いやがうえにも球場は盛り上がり、緊

張感に包まれた。

 ケンジは座り直して、横目でバッターを見た。バッターボックスのほぼ中央

に立つ四番打者は、瞬きもせずにツヨシを睨みつけていた。

 六球目のサインが出された。その時、オレは妙なものを見た。ツヨシが首を

振ったのだ。

 軽くだが、確かに横に振った。オレが知る限り、ツヨシがケンジのサインに

首を振ったことはない。見間違いだろうか、と確認する間もなく、ツヨシはモー

ションに入った。

 しかしそれはおそらく見間違いではなかった。ツヨシが投げた六球目は一球

目とほとんど同じ場所に投げ込まれた。オレの記憶が確かなら、ケンジはフォー

クのサインを出したはずだ。

 「カキーン。」

鋭くはじき返されたボールは一球目と同じように、レフトスタンドめがけて飛

んで行った。三塁側からは歓声が、一塁側からはため息が聞こえた。

 レフトのシュンが全力で走り、こちらを向いてジャンプした。その上をボー

ルが越えていく。そこまで見届けてやっと、ツヨシはベースカバーに動いた。

ランナーはセカンドベースで止まる勢いではない。慌ててシゲユキの後ろに回

り込む。シュンが右手でボールをつかむと振り向きながら投げた。

 ランナーはボールなんて見向きもせずに突っ込んで来た。シゲユキがグロー

ブでボールをつかむと、地面を払うようにタッチに向かう。クロスプレー。

砂埃が舞った。

 「セーフ。」

塁審が両手を広げて叫んだ。三塁側から、叫び声が飛び散った。

 シゲユキが顔を上げて塁審を見た。目が合った塁審はとっさに視線を外した。

それを見てさらにシゲユキは塁審に向かっていこうとしたが、その間にツヨシ

が入った。

 「絶対アウトだ。俺の手が早かった。」

シゲユキはツヨシにグローブを見せて言った。

 「あいつだってそう思ったんだ。だけどセーフって言っちまったから、俺と

目が合った時に目をそらしたんだ。」

 普段はお茶らけてばかりいるシゲユキがこれほどまでに言うのなら、本当に

アウトだったのかもしれない。けれど、審判が言ったことは覆ることはない。

それが野球だし、スポーツだ。

 「しょうがない。次だ。」

ヨリナリがシゲユキの肩をつかんで、ベースから離した。塁審はもう既に、ベー

スよりもずいぶん後ろの方に下がっていた。

 「元はと言えば、俺がサインを無視したのがいけなかった。わりぃ。」

ツヨシがそう言うと、シゲユキは黙ってツヨシにボールを渡した。ツヨシはゆっ

くりとマウンドに戻った。すると、

 「ターイム。」

と主審が両手を挙げて叫んだ。そしてダッシュで一塁側のベンチからコウスケ

が走ってくるのが見えた。それを見て、内野陣が慌ててマウンドに駆け寄って

きた。

 「何だよ、間合いを開けるために来たのか。」

マスクを外しながらケンジが尋ねた。マスクのせいか、一番顔に汗をかいてい

るのはケンジだった。

 「違うよ、何かわからないけど、とりあえず言って来いって。」

コウスケは少しだけ息を切らしていた。

 「なんだ、そりゃ。」

 「知らないよ。こっちだってびっくりしてんだから。」

 「最後に三年を全部集めて、思い出作りでもさせようって魂胆か?」

 「あぁ、あの監督なら、ありうる。」

一同は一塁ベンチを見た。眼鏡をかけた監督が腕を組んで微笑んでいた。

 三年生で試合に出ていないのはコウスケだけだ。今日の試合も点差があれば

出れただろうが、誰も予想をしないような僅差になってしまったので、出番が

なかった。

 「絶対この瞬間をどっかで写真に撮られて、卒業アルバムに載せられる

ぞ。」

 「あぁ、内野全員三年だしな。」

シゲユキは嫌そうな口調で言ったが、顔はにこやかだった。

 「それにしても、マウンドっていいな。スタンドがよく見える。」

コウスケは三塁側のスタンドを眩しそうに目を細めて見た。

 「何見てんだよ。お前は。」

 「いや、あのチアガールの子。見えるか。」

 「あぁ、前から三番目だろ。かわいいよな。」

 「お、やっぱりハルも気づいたか。いいよな、あの子。」

コウスケは嬉しそうに話に乗ってくれたファーストのハルヒコの肩を叩いた。

 「アホか、お前らは。」

シゲユキが笑いながら言った。もう先ほどの怒りはどこかへ行ってしまってい

るようだ。

 九回裏、二アウト、ランナー三塁。一打同点。ホームランが出たら逆転サヨ

ナラ。バッテリー間で言えば、パスボールやワイルドピッチで同点だ。どうし

たって緊張するし、笑える状況じゃない。

 でも、こいつらは笑う。そういう奴らだ。

 主審が少し離れたところから声をかけてきた。ルールの三十秒が過ぎたのだ

ろう。促されるように、マウンドにできた輪が広がっていく。

 「ツヨシ。」

一番早く自分のポジションに戻りかけていたセカンドのトオノが振り向いて声

をかけた。自然とみんなの視線がトオノに集まった。

 「ありがとな。」

 「何だよ。」

 「いや、今が言うタイミングかと思って。」

これにはオレも驚いた。今じゃないだろ、ってのは誰にでもわかることだ。オ

レの代わりにコウスケが笑いながら言った。

 「今じゃねぇだろ。」

 「そうかなあ。」

 「お前はホント、間が悪い奴だな。」

ツヨシが軽く手を挙げた。それにケンジのミット、シゲユキ、ヨシナリ、ハ

ルヒコのグローブが重なり、戻って来たトオノのグローブも重なった。最後

にコウスケがハイタッチをすると、放射線状にみんな広がって行った。

 「ケンジ、わりぃ、サイン、無視した。」

ツヨシがケンジ後姿に声をかけた。

 「貸し、一つ。」

ケンジは頭の上に手を挙げて、人差し指を突き上げた。

 いい仲間だな、とオレは思う。オレには仲間と呼べるような奴らはいないか

ら、ちょっとだけうらやましい。

 主審が手を挙げて、試合が再開された。

 三塁ランナーは慎重なリードを保っていた。牽制するほどではないけれど、

無視もできない感じだ。ツヨシは一度だけ牽制球を投げる振りをした。

 仕切りなおしてツヨシがバッターと対峙した。ヘルメットを深く被りすぎ

ていて目があまり見えないが、きっといい面構えをしているのだろう。打つ

にしろ、打たないにしろ、こういうときに打順が回ってくるヤツにはヒーロー

の素質があるに違いない。

 さぁ、勝負だ。

 一球で決まる。何となくオレはそんな気がした。

 ケンジがサインを出した。ツヨシがうなずく。オレは不覚にもサインを見

ることができなかった。これじゃあ役立たずと言われても仕方がない。

 ツヨシは一瞬だけランナーを見た。

 ボールは今、オレの中にある。ツヨシがボールを握りなおした。そしてゆっ

くりモーションに入った。オレの中からボールが離れ、オレは一足先にケン

ジに向かって大きく突き進む。そして手が返されるのと同時に大きく足が踏

み込まれる。ツヨシの小さな唸り声が聞こえたような気がした。

 半円を描いて振り下ろされたツヨシの手から、白いボールが勢いよく飛び

出した。目指すところは唯一つ。ケンジのミットだけだ。

 テレビアニメのようにボールから煙も出ないし、ツヨシの背中から炎も出

ない。でも、こういうときは、アニメのようにたった十一メートルちょっと

の距離なのに、長く感じるものだ。

 ボールはまっすぐにミットに向かって行った。外角の低目。ツヨシの得意

なコース。打っても飛びにくいコースだ。

 「キーン。」

渾身のストレートは真芯で捉えられた。ボールは見事なほど正確に進んだ道

を戻って来た。

 「バチッ。」

打ったときの金属バットの音よりも大きな音がして、ツヨシが倒れこんだ。

 ツヨシ、オレはお前に感謝してる。お前のところに来て二年半。お前は本

当にオレを大事にしてくれた。どこへ行くでも一緒だったし、ケンジだって

知らないお前の陰の努力や苦悩をオレは知っている。だからこそ、絶対に甲

子園に行ってほしい。そのためにオレができることは何だったしてやりたい。

っつぅことで、オレは頑張ったぜ。まぁ、オレが本気なればこれくらいのこ

とは朝飯前だ。ただ、あのバカケンジが時々すごい球を投げてきやがるせい

で、ちょっと体が傷んでたらしい。ポケットに大きな穴が開いちまった。こ

れでボールを止めれたのは奇跡だぜ。

 ツヨシ、お前との思い出はどれも最高だ。本当にありがとう。新しい相棒

と甲子園で頑張ってくれ。って言っても、きっとオレほどの働きはしないだ

ろうけどな。

 オレが最後に見たのは、駆け寄ってきた塁審の顔だった。しかも、シゲユ

キに因縁をつけられたヤツだ。意識が薄れて行く。そして聞こえた。

 「アウト。ゲームセット。」


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― 新着の感想 ―
[一言]  僕は、名前を覚えるのが不得意です。ですから誰が誰だか、ゴチャゴチャになってしまいました。こうなるともう、物語どころではありません。それが★★の理由です。  僕のような記憶力の悪い読者もいる…
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