ループの始まり(中)
4月13日 晴れ
「よっ、新道」
「……実か」
匡正の2度目の自己紹介を聞いた翌日。
2回目の4月12日、そんな現実味のない事実を俺は、正夢というまだ納得のいく理由を選び、何事ものなかったかのように2度目の4月を過ごしていた。
「なんか暗いぞ、お前」
「いつものことだよ」
「そこは……否定する場所じゃないのか?」
窓側の1番後ろから1個前の席。そこが、俺の席。
その横には、中学からの腐れ縁の木崎 実の席がある。
ガタイが良く、見た目の予想から反する事もなく柔道部に所属し、県内でも指折りの選手らしい。
「なぁ……実」
「柔道部に入る気になったか?」
「ちょっと聞きたい事があるんでけどさ」
俺は、実の疑問を無視し言葉を続ける。
「実は正夢とかって見るか?」
「突然だな」
「見るか?」
「うーん、正夢か」
実は顎に手を当て、真剣に考えていた。
俺がその姿を眺めていると、教室の前側の入り口から匡正が入ってくる姿が見えた。
「たまに見るかな……正夢」
「……そうか」
実の返答を聞いていると、匡正が俺と実の間を通り自分の席に座った。
「おはよう、新道君」
これで何度目になるのか……いや、まだ2度目になるのか……俺は匡正に挨拶を返す。
「おはよう、匡正」
それと同時にチャイムが鳴る。
先生も教室に入って来て、またいつも通りの1日が始まる。
俺は、学校前にある桜のトンネルを眺めながら大きな溜息をはいた。
4月20日 曇り
2度目の4月20日。
アレは正夢だと決めたのに、2度目とか言ってる俺は、もしかしたら中二的な思考があるのかもしれないな……。
「おはよう、新道君」
「うん?……あぁ、匡正か。おはよう」
匡正が転校してから、日課になりつつある挨拶を交わしながら、俺は授業の準備をする。
「新道君の顔って、幸せが逃げて行きそうよね」
自分の席に座らず、俺の横にずっと立っていた匡正が突然呟く。
「余計なお世話だ」
あ……この会話もデジャヴだな、と心の内で思いながら、俺は匡正に言い返す。
匡正は俺の返答に満足したのか小さく笑い、自分の席に座った。
「今日も……いつもと変わらず、退屈な1日な気がするな……」
「新道君、何か言った?」
「いーや、なんにも」
匡正は小さく、そう──と答え、それ以上特に話しかけて来なかった。
4月30日 雨
「あれ?新道君。帰らないの?」
「それは、遠回しに早く帰れと言ってるのか?」
机の正面を向き、読書をしている匡正に対し、窓側に背中を預け座っている俺は、匡正に皮肉を言い返す。
「別にそんなつもりで言ったんじゃないわよ。ただ、前の雨の日は早くに帰ったから」
「うん?匡正が転校して来てから、雨なんて降ったっけか?」
「あっ……降ったと思うけど……」
匡正が転校して来てから、まだ2週間ちょっとしか経っていない。
その間に雨が降ったかどうかなんて、忘れるものか?……いや、俺も自信ないな。
「降ったかもなー……雨」
「そう……よね……」
匡正の言葉に少し違和感を感じたが、俺は深く考えず話しを打ち切る。
「ねぇ……新道君」
「……なんだ」
教室には、俺のように雨が少しでも弱くなるのを待つ生徒がちらほらいる。
でも、教室には俺と匡正以外の話し声は聞こえずしんとしていた。
「新道君は……何度も同じ事を経験した事はある?」
「頭でも打ったか?」
「あっ……えっと……そう!正夢!」
「正夢?」
それは、俺が実に聞いたことそのままだった。
「正夢、ね……今日も昨日も全部正夢だったかな」
誰かに今の4月は2度目だと言いたかった為か、俺は自分でも気付かないうちに、そう呟いていた。
「それ……どう言う意味……」
「だから──」
匡正に向き直り、俺が経験した1度目の4月を語ろうとした瞬間、この土砂降りの中、窓の外を上から下に落ちて行く女子生徒が横切った。
「今……何か……」
「新道君……もしかして記憶が残って──」
何だ……だんだんと匡正の声が遠のいて……。
俺の視界はそのままシャットダウンした。
4月12日 晴れ
「東京から引っ越して来ました、匡正 未来です。よろしくお願いします」
今日は4月12日……確かにそうだ。
昨日の夜、新学期となる今日の為に準備をしたのを覚えている……でも、その傍ら2度の4月を経験したのも覚えている。
「えーっと、じゃあ……窓側の列の1番後ろに匡正さんの席を用意したから、今日からあそこが匡正さんの席ね」
「分かりました」
匡正……俺が覚えている最後の言葉。
『新道君……もしかして記憶が残って──』
これが意図するのはいったいなんなんだ……。
「よろしくね……新道君」
匡正が俺の後ろに座り、前にいる俺に挨拶をしてくる。
「あ、あぁ……」
考え事の最中の挨拶。俺は生返事をした。そして、俺は生返事をしてから気付く。
何故、匡正は俺の名前を知っているんだ……俺はまだ名乗っていないはずなのに。