ループの始まり(上)
3話完結です。物語としては完結しません。
4月12日 晴れ
「東京から引っ越して来ました、匡正 未来です。よろしくお願いします」
高校2年という、珍しい時期に転校してきた少女。髪を腰まで伸ばし、清楚という言葉が似合う、そんな少女。
クラスはそのある種のイベントのために、少し騒ついている。
「えーっと、じゃあ……窓側の列の1番後ろに匡正さんの席を用意したから、今日からあそこが匡正さんの席ね」
「分かりました」
俺は早々に転校生への興味を捨て、視線を外へと向ける。
季節は春。学校前の坂道には桜が見事なトンネルを作っている。
「よろしくね」
俺の横を通り、俺の後ろに座った少女はそう俺に声をかける。
「……あぁ」
そう小さく呟き、クラスメイトが1人増えた程度は何も変わらない退屈な1日を憂鬱に思いながら、ゆっくりと目を閉じた。
4月20日 曇り
「おはよう、新道君」
「……あぁ。おはよう」
匡正が転校して来てから、1週間が経った。
だからと言って、何かが変わる訳でもなく、今日も退屈な授業を聞いて家に帰って寝て……。
「新道君の顔って、幸せが逃げて行きそうよね」
「余計なお世話だ」
匡正は小さく笑い、自分の席に座る。
何も変わらない退屈な毎日と言ったが訂正する。匡正が転校してから、毎日がイライラの連続だった。
4月30日 雨
「あら、新道君はもう帰るの?」
「あぁ……待ってても雨が強くなりそうだしな」
俺は人が少なくなった教室を出て、昇降口へと向かう。
匡正はと言うと、俺以外の誰かと話しをする訳でもなく1人本を読んでいた。
「不思議な奴だよ……お前は」
誰に向けたわけでもない小さな独り言。何が不思議なのかは言えないが、不思議な奴。
俺はバカバカしくなり、昇降口へと急いだ。
「こりゃ……靴が濡れないようにするのは諦めるか……」
靴を履き替えながら、外を見ると、外は土砂降り。雨が強過ぎて、昇降口から一直線先にあるはずの校門が見えない。
「はぁ……早く帰ろう」
学校から家までは、歩いて15分。
距離で考えたら近いが、15分間、この雨の中歩くのは苦痛しか感じられない。
「母さんが風呂を焚いてくれてるとラッキーなんだけどな」
俺は靴を履き終え、外へと向かう。
外に出た直後、女子生徒と視線が合った。
「……え」
上から落ちてきた女子生徒。目が合った女子生徒。
俺の視線の先には、一つの赤い海。
「な……にが……」
周りから聞こえる、悲鳴の嵐。
俺はその悲鳴にすら反応が出来ず、雨にうたれながら、目の前の赤い海に浮かぶ1人の女子生徒を見つめ続けた。
4月12日 晴れ
「東京から引っ越して来ました、匡正 未来です。よろしくお願いします」
次の日、俺は、2度目となる匡正の自己紹介を聞きながらクラスを見渡す。
女子生徒が転校して来たため、男子のテンションは高く、女子達も匡正のスタイルに溜息をつく。
「えーっと、じゃあ……窓側の列の1番後ろに匡正さんの席を用意したから、今日からあそこが匡正さんの席ね」
「分かりました」
匡正はあの日と同じく、俺の後ろに座り挨拶をして来る。
「よろしくね」
俺はゆっくりと首を動かし、やっとの思いで口を開く。
「あ……あぁ……よろしく」