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第九十八話 お披露目


 とある街道を五頭のジューラが移動していた。


「……順調だな」


「あのー……殿下、じゃなかった。ラグさん。見なかった事にしてますか?」


「……何をだ?」


「あー、いえ、なんでもないです」


 サリスが最初に尋ねたがラグの反応を見てマリスが、それ以上は踏み込んで聞かないほうがいいと判断したようだ。

 三人娘も正直に言えばワケが分からないと、やや混乱している事もあってか、誰も異を唱えなかった。

 だが、このまま放置していいとも思えない話題だ。

 その事にようやく重い口を開くことにしたラグ。


「はぁ……何故ジューラが強くなっている」


「やっぱり強くなってますよね……?」


「目線が微妙に変化している事から、身体も僅かだが大きくなっているようだ」


 昨日から移動の際に、どうもジューラの様子がおかしいと誰もが気が付いていた。

 しかし、確信が持てなかったという事もあり誰も話題にしなかったのだ。

 だが今日の昼頃と先程の事で無視出来なくなった。


 昼頃に、いつものように自分たちの休憩がてらジューラを休ませていると。

 五頭が揃って森の中に消えていった。

 やや驚いた一同であったが、ストレス発散の為に稀に見られる行動だというのはすぐに気が付いた。

 五頭全部となると珍しい部類ではあるが、なくはない。

 それに彼らは卵の時分から人間と暮らしているために逃げ出すという事がない。

 人間と一緒に居れば食いっぱぐれない事を十分に理解している。それくらいには頭が良い騎獣だ。


 問題は、明らかに格上であろうワッパードラゴンの経年個体を狩ってきた事。

 そしてつい先ほども、ジューラが使うなどとは聞いた事のない魔法を使って獣を倒した事だ。

 よく知られているのは衝撃を伴った咆哮くらいだが、しかしそれも直接的な攻撃力には結びつかない、いわば支援魔法といった感じの現象に過ぎない。


「疑いようがなく、アラズナン家に逗留してからだ。……サリスは何か知っているか?」


「おそらくですが、大半はラキちゃんが原因ではないかと」


「運動場で何かやってたもんねえ。まさか魔法の使い方を教えてたなんて……」


「そういう事か……大半という事は、やはりあの男も原因か?」


 サリスの心当たりにマリスが具体的な推測を重ねたが、概ね間違っていないだろうとラグも納得の色を見せる。その上で大もとの原因について、疑問符が付いてはいるが疑ってはいないようだ。


「ですねえ。たぶんですけど、イズミさんの魔力を食べたのが原因だと思います。そのような事を言ってましたから」


「意味がわからん。人間の魔力を食べるなど聞いた事がないぞ」


「僕も初めて聞きましたけど、そういう種族は割と居るそうなんです。で、必ず魔力を寄越せとねだられるようで」


「それに応えて魔力を与えたのか。何を考えてるんだあの男は」


「「「ですよねえ……」」」


「かっはっは! いや、イズミ殿らしいですな。ラキ殿と同じ感覚で魔力を与えたのでしょう。彼女にとっては本当に嗜好品といった感じでしたからなあ」


「騎獣とあまり気軽に接触しないように注意を促しておくべきか……? 飛翔型がどう反応するのか――そもそもの種族の違いを考慮していないのか。いや、分かっていて変化を楽しむくらいはしていそうだな……」


「彼にしてみれば誤差のようなものですからな。しかし心なしか、ジューラの反応が、こちらの言葉に対して以前よりもはっきりとしているような気がするのは吾輩の気のせいですかな?」


「いや、気のせいではないだろう。ラキの真似かは分からんが笑って頷くような反応も時々だが混じっている」


 ジューラたちに何が欲しい、何がしたい、といった具体的な質問やこちらの行動に対して、明確なリアクションをするようになったのではと疑いを抱き始めたのがカザックの街を出て半日程の事だった。


「問題、と言うほどではないかもしれませぬが、少々気を配らねば拙いですかな?」


「かも知れん」


 レックナートの気がかりになっている事を、どうやらラグも理解しているようだった。

 しかし三人娘はピンと来ていない様子。

 こういう時の役どころは特に決まっていないが、なんとなくタリスが質問する事が多い。


「あの、どういう事でしょう?」


「王都に帰還してからのジューラたちの扱いだ。これが周囲に伝播しないかという懸念が浮上したわけだが……直接的にイズミの魔力を摂取出来ないなら、身体変化は考慮せずともよかろう。しかし魔法の運用方法が予測できない。同じ厩舎に戻して、いつの間にか他のジューラも魔法を使うようになるなどという事になったら、どう説明する? 今までそんな変化は一度も見られなかったというのに、我らがカザックへ行っただけで五頭が五頭とも、すべて想定外の成長をしていたのだ。必ず誰かが不審に思うだろう」


 ラキと接した事で何故か五頭の人間への理解が深まっているらしく、こちらの意図を正確に読み取るようになった事で魔法の暴発などはないと見ていいだろう。

 しかし普通のジューラが魔法を覚えてしまったら、どうなるか。


「あ、ああー……それは……」


「極端な事を言ってしまえば、自分たちの愛騎として囲ってしまったほうが被害が広がらなくて済む」


「被害って言っちゃった……」


「いやいやいや、学生で専用騎獣はないですって! 現実問題として費用が……」


「何を言ってる。今までと違って、そこらの魔獣を狩ってくればいいではないか。学園の厩舎に預けるにしても、気に入って身請けをしたという事で自分たち専用にしてしまえばいい。そのくらいの額は直ぐにどうとでもなるはずだ。今のお前達ならな」


「えーっと……?」


「気付いておらんようですなあ」


「イズミのしご、修業を受ける以前の感覚で考えているだろう」


「今、しごきって……」


「思い出したくないぃーーッ!!」


「お菓子の事を考えるのよ! マリス! タリス!」


「……現実逃避していたのか。諦めて受け入れろ。話が前に進まん」


「「「はい……」」」


「先ほどの遭遇戦もそうだったが、明らかに戦い方がリターンを重視したものに変わっている。良く言えば無駄がない。悪く言えば悪辣にといった風にな。無駄がないとは言ったが、倒すための最大限の事前行動を含めて、という意味だがな」


 相手の動きを予測、先読みし、制限や誘導。そして罠に追い込む。

 索敵からの先手といった勝つための、いや生き残るための選択行動。他にも一見遠回りに見える行動も、より多くの結果を得るための布石としてのものだ。

 それを高い水準で実行していたと、そうラグが言っているのだと三人娘がここにきて漸く気が付いた。

 回りくどいと思わない事もないが、三人娘が以前より格段に強くなっていると言っているのだ。


「要するにだ。王都に到着するまでに金策に励めばいい」


「え゛……つまりジューラ身請けのために積極的に獲物を狩っていくと?」


 常に長女として常識的な対応を心掛けてきたサリスであったが、その態度が僅かに崩れてきた。


「このような事態を想定していたわけではあるまいが、何故か容量のでかい魔法鞄マジックバッグを持たされただろう。練習用に作った習作だと言っていたものがな」


「それを使って好きに狩れという事でしょうかな」


「絶対、在庫処分だったような気がする……」


 タリスがどこか遠い目をしながら、独り言のような突っこみ。

 だがそれには取り合わずにラグが続ける。


「いずれにしても日程には余裕を持たせてある。ジューラの調子が良い事もあって移動も順調。更に余裕が出来たのだ。ならば、その時間を有効に使うべきだろう。それに、どうやら俺も慣らしが必要なようでな」


「慣らしですか?」


「突貫で魔力を増量させられたからな。それが未だに身体に馴染んでいない」


 ラグの言葉にタリスが魔力量を探りながら質問を返すが、そこまで増えているかが読み取れない。

 というか、むしろ知覚できる魔力量が減っているような気さえする。


「ああ。副次的効果というヤツらしい。魔力操作の技術が向上した事で漏れ出る魔力をある程度だが自由に絞れるようになったようだ。まあ向上と言っても『必要に迫られて身体が覚えざるを得ない状態に追い込まれただけ』などと言っていたがな」


「なるほどぉ、魔力量に比例して垂れ流す量が増えたとしたら、とんでもない事になりますよね……」


「そういう事だ。それは置くとして。帰りの道中では積極的に狩っていく。冒険者として行動しているのだから冒険者らしい活動に精を出すのは何も不自然な事はあるまい?」


「ま、まあ、確かに、はい……」


「何、身請けといっても、それほどの額は必要ない。専用騎獣にするための管理費用の一括先払いと思えばいい。学生のうちにというのは珍しいケースだが、全く無い訳でもない。騎獣の管理は学園の厩舎に移すことになるが、その手数料が多少上乗せされる程度だ」


 学園の厩舎であれば他の騎獣との接触を極力抑えられるのも最大の利点だ。鳥系の騎獣と離すという名目で別々に管理する事が出来る。

 学園に預けるといっても、全て人任せにする訳にはいかない。それなりに騎獣の世話に時間を割かなくてはならないのだが、それも必要経費として腹を括ったようである。


「安心しろ。俺も手助けはする。立場上、俺が費用を出してやるわけにもいかんのでな」


「め、滅相もない! 費用を肩代わりなんて、そこまでして頂く訳にはいきません!」


 サリスの慌てふためく心情そのままの言葉に他の二人もブンブンと首を縦に振っている。

 正直ここまで距離感の近い人物だとは思っていなかったが、さすがに王族である事を忘れるまでには至っていない。


「ならば大物を狙っていくのが効率が良さそうだ。レックナート卿の等級であれば準一級までの依頼は受けられる。そもそも受注せずに狩ってしまったとしても後でどうとでもなる。そうであれば金策に適した獲物を狙うのが妥当といった所だろう」


「うう……殿下が全力を試したくてウズウズしてるよぅ」


「お前達三人は何かないのか。逗留中に覚えた事で試したい技がいくらでもあるだろう」


「確かにガリガリと色んなものを削られながら得たモノですが……どうも私たちは意識が食べ物関係に特化してしまった感が……」


「だよねえ。何でもない技術だと思ってたものが、全然違う事に有用だったりして、そっちのほうが面食らってるんですよね」


「振動、乾燥、破砕、加熱。これだけ聞くと戦闘に使う魔法かなと思いますけど、全部料理に使うんですよね……乾燥とかドライフルーツを失敗なく作れるのが地味に便利なんですよ。加熱だって色々なケーキの焼き上がり具合の調整にすごく重宝しますし、それどころかあそこで出されたレベルを再現をしようとすると自然に鍛錬になってしまうのが何か騙されているようで」


 サリスがこんなはずでは、と自身の変化に戸惑いを見せると。マリスとタリスが追随するように、その要因を語った。


「ヤツの信条は『無自覚に習得』らしいからな。それに見事にハマったか。かく言う俺も他人の事は言えんが。しかし真っ先に口をついて出る事が菓子の話か」


「良い傾向ですかな? そういったものは生活に彩りを添える事に一役かってくれましょう」


 不安のある生活であるならば特に、と言葉にはしなかったが、そう言われたような気がした三人娘。

 三人娘の抱える事情というヤツについてだと容易に理解できたが、それ以上は言及されなかった。


「だが、その彩りの前に山と獲物を添える事から始めなければならんの。くあっはっは」


「「「うぅ……頑張ります……」」」


 その背中は、諦めとも悲壮感とも言えない、見えない何かが纏わりついているかのような雰囲気である。

 この調子で金策はうまくいくのだろうか、と。


 そんなこんなで狩りに精を出す事にした帰還組の一歩が踏み出された。

 果たして、どれだけの成果を得られるのか。


『だいじょうぶ、だいじょうぶ、何とかなるって』と無責任なイズミの声が聞こえた気がした一同であった。





 ~~~~





「…………すんなり受け入れたねー」


「んぁ? いいんじゃねえの? 似たタイプの女騎士だっているらしいぞ。女子学園生の中にも立ち居振る舞いが男のそれに近いのもいるって話だからな。普段通りに振舞っても、ちょっと変わった生徒くらいの認識ってのは助かるわ」


 リナリーが『お前それでいいのか』と言外に滲ませていたが、オレの認識としては今言った通り。

 面倒がなくていいし楽しそうでもある。何より正体を明かさなくていいってのは随分と気が楽だ。

 そんなわけで今オレは、鏡の前で変装の練習をしている。

 さっきは無理やり着替えさせられたが、制服はコートを変形させれば済むし、メイクもプリントアウトで一瞬で終わる。

 仕上げに胸に詰め物をして喉ぼとけを隠すチョーカーとウィッグを装着で完成。

 どこに出しても恥ずかしくない女子学園生の誕生だ。


「恥ずかしくないんだ」


「やると決めたら恥だとは思わん。成り切るのは潜入の基本だ」


「暗殺じゃないんだから」


 そのくらいの覚悟で臨まんでどうする。

 まあバレても別に不都合はないが。それはいいんだけど、さっきからシュティーナとかメイドさんたちが、オレの変装する様を眺めて何故か「ムムム……」っと唸っているのが気になる。

 完璧な仕上がりのはずだが……


「イズミさんのその技は反則ですね」


「ん? 何がだシュティーナ」


「その一瞬で終わるメイクです。世の女性からしたらズルいの一言ですよ」


 ああ、なるほどねえ。女の人が割とメイクに時間を必要とするってのはどこでも共通のようだ。

 しかしそうは言ってもな。


「オレの能力が前提だから、こればっかりはどうしようもないぞ。それにオレのプリントアウトでも眉毛はともかく目元のメイクは無理だしな」


「目元? ラインやシャドーですか?」


「それもだけど、まつ毛だな。結構面倒くさいんだよ。だからオレはやらない」


「まつ毛?」


 おっと、そうか。アイラインやシャドーは元の世界でも紀元前から原型は存在したって聞いた事はあるけど、まつ毛を本格的にいじるのは近代だったか?

 アイラッシュカーラー、まあ日本人にはビューラーって言った方が馴染みがあるか。

 マスカラも近代だし、まつ毛のエクステなんてホントにここ最近だ。

 そりゃあ、まつ毛をいじるなんて聞いたら食いつくわな。


「説明するより見た方が早いか……」


 道具もないし実演も難しいから、雑誌を適当に引っ張り出すか。

 確か妖精の里でプリントアウトした中に、メイク特集のコーナーが載ってるヤツもあったはず。

 都合が良い事に、色んな流行のメイクを比較してたと思ったけど。


「あー、これこれ。こんな感じでまつ毛をいじるんだよ。やりたかったら、まつ毛カーラーとか作ってみるのもいいかもな。構造自体は単純だから腕のいい細工師なら二日もあれば作れるんじゃないか?」


 雑誌の特集ページを数枚見せる。メイドさんも顔を寄せ合って覗き込むのを見てると、そこまで興味があるのかと、女性の美への拘りは古今東西、何処でも一緒なんだなあと妙に納得してしまう光景だ。


「この髪をクセ付けしてるように見える絵は……」


 そこにも食いつくのか。ゆるふわカールか? コテで巻いてるなあ。

 そういえばこっちの人でパーマくらい強烈なくせ毛の人って見た事ない気がする。全く居ないって事はないだろうけど。

 しかし相変わらずオレは学習しないな。こんなの見せたら食いつくに決まってるのに。

 リナリー達にも色々聞かれたのをすっかり忘れてた。


「リナリー、サイールー、頼めるか?」


 説明を彼女たちにバトンタッチする事を目論んでみたが、別に断られる事もなかった。

 こういう女の子特有の話題は説明するほうも楽しいと見える。

 紅茶を飲みながら膝の上にいるラキを撫でつつ、その光景を眺めていたが、いつの間にかヘアアイロンを作る話にまで発展したぞ。

 あと偏光薬の亜種でパーマ液の代替品も試作してみるつもりらしい。美の追求か知らんがよくやる。

 魔力の浸透で形状変化と維持を付与って感じかね。便利だよなー、魔法。


 それにしても、このふたり相手にシュティーナも交渉するのに慣れてきた感がある。


「リアの歳ならナチュラルメイク系のほうが映える感じか?」


「えっ、そそ、そうでしょうか」


「香水だけでも良さそうだけどな。どっちにしても、この絵のメイク法の話はシスティナさんと相談してくれよ? オレじゃあ流行も分からんし、どれだけ注目を集めるのかも見当がつかん。流行の先端をガッツリ掴むにしても手段がさっぱりだからな」


「フフッ、さすがに男性の方には荷が重いですよね。分かりました。お母様に確認を兼ねて相談してみましょう」


 目元や髪形も併せて、メイクアップ全般の情報はシスティナさんに投げた形になるが、うまい事やってくれると信じよう。社交の世界なんて未知もいい所だからな。


 ん? ラキもメイクしたいって?

 狼にメイクは難しいなあ。





 ~~~~





 学園へ潜り込むための手段が確定して数日。

 皆の武器が完成したので渡す為に集まってもらう事にしたが、白のトクサルテの皆は仕事の都合で午後にずれ込むらしい。

 じゃあ先にシュティーナとセヴィ、それにトーリィとリアに渡そうと思ったが、全員が揃ってからでいいと四人には固辞された。

 なのでリア以外の三人が鍛錬をしている間に、オレはオレでラキとの模擬戦をリナリーとサイールーを交えて短時間だが神域に居た頃と同様のメニューを消化。

 その際に三人から「人間がいない……」と色味の失せた視線と言葉を向けられたが、どういう意味じゃい。

 オレが人間じゃねえってか。


 リアは「あはは……」と反応に困ってる様子だったが。

 まあ、いつもの扱いなので気にしていない。

 それよりも空いた時間で、というより無理矢理に時間を捻出したのだが、それを利用して前々から作りたかった物を作る事にした。


「大量のトラス布を発注したと思ったら、それをやりたかったから?」


「そうそう。リナリーとサイールーには全く必要ないけど人間にとっては、ある意味で夢の道具だ」


 トラス布の通気性をカットして、一応の防水性と耐火性を持たせた。

 それを巨大な風船に似た形状に加工したものと、三人くらいなら入れそうなカゴ。

 ここまで言えば分かると思うが、やってみたかった事とは気球づくりである。

 というかもう作った。あとは飛ばすだけというね。


「オレなら落ちても平気だから失敗しても問題ない。って感じで取り敢えず挑戦してみようかなと」


「確かに私たちには無用な物かなー。でもこんなのでホントに飛べるの?」


「強度さえ問題なければ飛べる。つーか昔は金属の塊が飛んでたんだぞ。それに比べたらかなり現実的だと思うけどな」


 日本に居た頃の情報と合わせて、こっちにもあった航空機関連の情報から、イケると考えて着手したんだから無理って事も無いはず。

 作りだってかなり、しっかりしたものにした。重さも問題ない。


「あとはーっと。空気を熱しながら膨らませるだけで、アイキャンフラーイ!」


「なんか違うような気がするんだけどなー」


 リナリー、そこは気持ちの問題だよ、気持ちの。

 下準備は念入りにしたし、失敗や皮算用にはならんだろう。

 地面に打ち込んだ杭にロープも結んで漂流防止も万全である。

 気球を目にしたリアが「わあっ……」と目を輝かせて見上げている。


「練兵場が小さく見えるくらい巨大なものが、いつの間にか出来てるんですけど……」


 オレが横でゴソゴソとやっていた事に対して、さすがに無視出来ないとシュティーナがこちらにやってきた。大きく膨らんだ風船状の気球部を見上げながら、何だコレはと言いたげな表情は他の二人も同様だった。


「気球だ。空に浮かび上がる為の道具だな」


「? えっと……イズミさんは空を移動出来たような……何か特別な意味が?」


「意味はない! ただやってみたかっただけだ!」


「そ、そうですか」


「というのは半分冗談で。多少だけど地図作成の件と絡んでるんだよ。といってもこういう手段で地形を確認できるっていう意味合いでしかないけどな。研究されてない方法なのは確かだろうけど」


「飛翔型の騎獣以外で空を移動するのは、かなりの危険が伴いますから、確かにそれ以外の方法はあまり研究はされていないのが現状ですね」


 トーリィが言ったように街などの上空ならともかく、ちょっとでも野性の領域上空に入れば襲われるのは確実。騎獣のように存在そのもので威嚇するのでなければ人の手で対応しなくてはならない。

 はっきり言ってコストがかかり過ぎて釣り合わないというわけだ。

 大型飛行船に低コストの防御機構でもあれば運用可能かもしれないが、現状どちらも技術的に難しい。

 一番手っ取り早いのがこの方法。


「というわけで、いざ空の旅へ!」


 気球内の空気を温めて浮上する力が籠へと伝わり始めた所で次のステップ。

 重りとして用意していた金属の塊を一つずつ無限収納エンドレッサーに入れていく。

 おお? ちゃんと浮力が働き始めたぞ。収納後の重さ無視で収納できるのは利点だな。これ高度の調節がかなり楽じゃないか? 普通は重りを捨てたら補充出来ないからな。火を使わないのもポイント高い。


「失敗するつもりはなかったとはいえ、ちゃんと浮かぶと感動するな」


 10メートルほど浮上した所で上昇が止まる。試しという事でロープの長さを調節して留めてある。

 シュティーナたち三人がポカーンと見上げいるが、そこまで衝撃的かね。リアは目がキラッキラしてるけど。

 それにしても異相結界で空中を歩くのとは、また違った感覚だ。ラキも籠のふちに短い足をかけてキャッキャ、キャッキャと喜んでる所をみると同じような感覚なんだろう。


「……武器を渡すって聞いたのに、得体の知れないものがあるニャ……」


 そこへ白のトクサルテの皆が練兵場に現れた。

 いつの間にか昼を過ぎてたようだ。キアラが感情の抜けたような顔で気球を見上げ、力なく呟くのが何故かよく聞こえた。


「近づくまで気付かないって、どうなってるの」


「あ、私だけじゃなかったんだ。ウルが気付かないって何やったのイズミン」


「街の何処にいても分かりそうなくらいの大きさなのに不思議ですねえ」


 ちゃんと機能してたみたいだな。確認はしてたけど遠距離からはどう見えるかちょっと不安だったから安心した。


「そこまで複雑な事はしてない。見ての通り本体は空と同系色にしてあるだけ。それと街から見える面の結界に色を付けただけだ。よく見れば不自然さに気づくけど、普通はそこまで意識して生活してないからな」


「え、それだけで、ですか?」


 イルサーナが随分驚いてるが、人が騙される時なんてそんなもんだよ。

 周囲に生えてる木々もそれに一役買ってる。

 それにバレたらバレたで魔法と言い張れば問題はない。


「というかコレは魔法で浮いてるんですか?」


「そうとも言えるし、そうでないとも言える」


 イルサーナに釣られた訳ではないが、事情を全く把握してない白のトクサルテの他の三人も疑問符が頭の上に見えるような顔だ。

 魔法を使って空気を熱しているが道具でも出来ない事はないと説明すると、気球に乗るオレを見上げながら、なるほどといった風に納得の色を見せた。

 実際は普段使われる道具にだって魔法や魔術が様々な形で使われてるんだから純粋に道具だけってのも難しいんだけどな。


「そんな事より、みんな揃ったから武器のお披露目するぞー」


 スタっと飛び降りてそう宣言したが、皆まだ見上げてるんだよなあ。

 皆が落ち着くのを待っていたら、そこへ新たな来客が。


「これは、いったい……?」


「新種のゴーレムか?」


 カイウスさんとログアットさんが練兵場に姿を見せた。どうやら二人の居た場所からは気球がよく見えていたらしい。で、あれは何だという興味にひかれて、予定外だがこちらに出向いたと。

 シュティーナが気球の事を説明すると、眉を寄せて困惑したような表情を見せる二人。

 

「前に言った正確な地図は上空からの目線ってヤツです。単純に特殊な能力がなくても可能な事を実践してみたかったんですよ」


「そういう事か。俺はまたてっきり、巨大ゴーレムだとばかり思ったぞ」


「単なる好奇心の結果なだけですけどね。でも……空気袋で作るゴーレムもいいかもですねえ」


 超巨大な、まさしく巨〇兵を再現できるかもしれない。風船で。


「わっるい顔してるな、お前……」


 いやあ、新たな楽しみが出来たのがワクワクの原因ですからねえ。


「それよりも前に言ってた、その地図ってのは完成したのか?」


「ほぼ完成しましたよ。魔動製品型の地図も併せて見てみますか?」


「いいのかい?」


 カイウスさんの言葉に頷き、無限収納エンドレッサーから大きな一枚の写真とタブレットを取り出す。

 テーブルに置かれた二畳ほどの一枚絵を見てギョッとするカイウスさんとログアットさん。一瞬でカザックの街の地図だと理解したようだ。


「なるほど……見たものを正確にというのはこういう事か」


「おっ、この道はこうなってんのか。結構既存の地図と違いがあるもんだな」


「ふーむ……で、そちらは……?」


「これは手元でこの地図を確認できるものって感じのモノですかね」


 言葉で説明して、うまい事伝える自信がないので実演する事に。

 タブレット型の魔動製品を起動させて画面を指でスクロールさせる。ピンチイン、ピンチアウトで拡大、縮小も併せて実演。


「こんな感じですね」


 カイウスさんとログアットさんが一枚絵の地図を見た時よりギョッとしてる。

 カイウスさんに手渡すと最初は恐る恐る、しかし次第にせわしなくスクロールや拡大、縮小を繰り返している。

 いつの間にかタットナーさんも覗き込み見入っているが、ホントいつの間に来たんだろ。


「うおっ、壊れた!?」


 ああ、ログアットさん長押ししたのね。


「大丈夫、壊れてませんよ。それは情報追加の操作ですから。長押しするとこんな風に情報を書き込めるんです」


 付属のペンを取り外し、開かれた項目の追加操作で情報を書き込む。

 冒険者ギルドの建物で追加操作が起動されていたので、『所長 ログアット』と記述。

 備考に奥さんと娘を溺愛と追記。


「……その情報いるか?」


「事実なんで」


 笑顔のような苦虫を噛んだような、なんとも言えない表情をされたが他の皆は吹き出して肩を震わせてる。


「というわけで、あとは皆さんで完成させて下さい」


 おや、訳が分からないといった顔をされたぞ。


「あ、これってアラズナン家に譲渡する魔動製品ですよ?」


「「「っ!?」」」


 この大人三人がそろって目を剥いてるのは割とレアな光景かも。


「ほぼ完成って言いましたけど、その理由がこれなんですよね。どの建物がなんなのか、全く記載されてない訳で。なので埋めていって欲しいなと。実はこの作業が一番面倒なんですよねえ」


「いや、しかしコレは完全に遺失物級の……」


「お世話になった事への感謝の品なんですけど納得できませんか? では代わりというわけではないんですけど、埋まったら教えてほしいなと。複製したいんで」


「それは構わないが……しかし……」


「カイウス、ダメだ。完全にそれが目的だ。埋めるまで絶対に引かないつもりだぞ」


「そ、そうなのか」


 よく分かってらっしゃる。

 まだ釈然としない様子で唸っている大人三人を他所に、他の皆は違った事を考えているようで。

 一致した意見を代弁するかのようにキアラが呟いた。


「どんな武器を渡されるか怖いニャ……」


 えーなんで? いいモノ作ったぞ?




あっという間に夏が終わりそうですねえ


ブックマーク、評価、特大の感謝です(´・ω・`)



何故か後半リアがいなくなっていたので微修正

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