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第九十七話 不完全変態


 世の中の全ての事柄は模倣から始まる。

 赤ん坊が言葉を覚えるのだって、周囲の環境からの学習。要するに親の真似だ。

 生きていく上で必要なものは全て模倣が基本にあると言っていい。


 学問も先人の切り開いた道を辿り、模倣し追いつき試行錯誤を繰り返し、その後にやっと先駆者になれる資格を手にする。

 知識や技術を積み上げていく為に必要不可欠な手順が模倣であると言える。


 人間以外の生物だって例外ではない。

 時にはそれが生死を分ける事だってある。擬態や保護色、つまり模倣の良し悪しが生存競争の勝敗を決めてしまう。運に左右される事も多いのだろうが、なんとも残酷な世界だ。


 残酷な世界は置くとして。

 武の道はまさにこれだろう。模倣に始まり模倣に終わる。応用や発展などがあっても、それまでの常識を覆すなどといった新たな概念の技などまず生まれない。

 一部の優秀な者が一足飛びに応用や発展を成したとしても、それはいずれ時間の経過で変化していく範囲のものでしかない。

 その時間の経過というのが百年、二百年という単位だったりすると、いち早く発見、習得したものを天才と呼称したりするのだが。その辺は創始者がそれに当たるように思うが、そういった者たちでもやはり模倣が基礎になっているのは事実だろう。


 うちの道場がやってる事を見て、オレが勝手にそう思ってるだけだがね。

 それほど間違ってもいないだろう。



 しかし、この模倣は違う。

 明らかに何かがおかしい。


「難しい事を何かブツブツと言ってたけど、そろそろ現実を見たほうが良くない?」


 いやリナリー。その現実がワケの分からん事になってるからなんだけど?





 ~~~~





「ではな。王都で待っている」


 別れの挨拶の言葉はオレに向けてのものだった。

 その表情から「くれぐれもリアの事を頼むぞ」と聞こえてきそうなほど意思の込められた視線が向く。

 その挨拶に「ああ、じゃあな」と、心配するなと含めて返す。


「それでは皆さんお元気で、しばしのお別れです」


「寂しいですけど、また会えると信じて」


「というか成果を見てもらうために絶対に会いに行きますから僕たち」


 三人娘がそう晴れやかに言うと騎獣に跨る。

 小型恐竜タイプの騎獣であるジューラ。ラグの乗るジューラが身を翻すと、三人娘のジューラもその後を追う。

 レックナートさんも、カイウスさんやログアットさん達と言葉を交わした後、自身の騎獣と共に列に加わった。

 その姿が随分と小さくなってしまったと感じる距離に一行が達すると。王都帰還組の全員がこちらを振り返り、そして三人娘が大きく手を振った。


 また会えると分かっていても、やはり別れは物悲しい気分になる。

 同時に晴れやかな気持ちにもなるが、なんとも複雑な心境になってしまうのは避けられない。

 そう思う照れくささもあり、大きく振り返すのではなく腕を大きく上に伸ばし、それに応えた。


「やっぱり寂しいですね……」


「三人娘が言ったろシュティーナ。すぐ会えるって」


「ですね」


 なんて恰好良さげなことを言ったみたが、オレの頭の上にはラキが乗ってるので、あまり締まらない。

 それはそれとして。ラキは五体のジューラが行ってしまったのが寂しいようで「くぅ……」と沈んだ様子。

 何気にラキはジューラたちのいる厩舎に遊びに行ってたりしたから、その気持ちも分からないではない。

 同じ立場と言ったらおかしいかもしれないが、人間ではないという点で、ある意味では仲間だったわけだ。

 最初こそラキの事を怖がっていたジューラ達だったが、ほどなくして子犬の姿はもちろん、本来の大きさでも怯える事もなくなり運動場で一緒に遊ぶまでになっていた。

 時々オレも付き合って厩舎に行くと、魔力目当てに必ず甘噛みされたのは余計な思い出だ。


 ちなみにバイツはここの厩舎にはいない。レノス商会の厩舎にいる。

 まあそっちにもオレと一緒に顔を出してるからラキはバイツとも仲がいいんだけど。

 そういえばハイスさんはラキを見ても、どういう訳かあまり驚いてなかった。遠い目はしていたが。

 あっちとこっちで一日おきに世話をしに来ていて、なかなか大変そうだ。責任者なんだからある程度任せるのも必要だと思うけど、本人が楽しいなら他人がとやかく言う事もないか。というか、よくバレずに両立出来てるよなあ。


「ラキ。しばらくの間だけだ。向こうでまた遊べばいいから」


「わふっ!」


 先の楽しみとして気持ちを切り替える事ができたのか、笑顔でひと吠え。

 さて。ラグたちは予定通りに王都へ帰還。

 こちらもそれぞれの予定と今後の方針のヒヤリングといきますか。

 というわけでコテージ横の屋外リビングで皆の思う所を聞く事に。


「それって私たちも?」


「一応な。というかサイールーは、あんまり里を空けすぎるのも拙いんじゃないか? リナリーとラキはオレと一緒が基本だからいいとしても、サイールーはどうする?」


「そうなのよねえ。正直こっちが楽し過ぎるから悩ましいのよー。向こうの進捗も気になるし、あーもー! どうしよっかなーー!」


 道具さえあればここに居ても大抵の研究なんかは出来てしまう。実際、自分専用の機材とか道具は持ち込んでいるし、何かが足りないとなっても、無限収納エンドレッサー経由で補充が可能だ。

 だがコアの研究となると里に戻らないとどうにもならない。漏れ聞こえてくる話だと、結構面白い事になってそうな感じなんだよな。


「そういう事なら、一旦オレたちと王都へ向かって、場所やら何やらの諸々を確認してから里に戻るのが良くないか? 里に戻ったら二度と出てこないって事はないんだろ?」


「素材の入手なんかの事を考えると、どうしても私か他の詳しい誰かが現物を確認しないといけないしねえ。手当たり次第に里に送ってもらってもいいけど、店舗購入品はそうもいかないし」


「別に欲しいだけ買っても問題ないけどな。金ならあるぞ」


「わお、お大臣発言。って、無駄なものにお金を使うのは、どうも私たちの気質に合わないのよねぇ……管理の問題もあるし。際限なくものが増えたら置く場所はいいとしても、何がどれだけあるのかを把握出来るようにしなきゃいけないから、それに時間を割くのはちょっと。あーあ、イズミのいる所と一瞬で行き来できるようになればいいのに」


「無茶言うな」


 無限収納エンドレッサーが繋がっている事にも起因しているんだろうが、オレが境界からここへ転送されてきた事実を知っているサイールーとしては、かなり魅力的な技術なんだろう。


「運良く、王都の近くに古道でもあれば多少はマシになるんだろうがなあ」


「「うーん……」」


 オレとしても里との行き来が楽になるなら、それに越したことはない。

 しかし現状では、転送陣のようなものはそのヒントさえ見つからない。実物があるのを知っているだけにオレとサイールーは思わず唸ってしまった。

 ついでに言えば古道の入り口がそう都合よく目的地の近くにあるわけがないというのもある。


「あの……古道というのはいったい……?」


「ああ、リアには詳しく言ってなかったか? この世界に空いた『うろ穴』が古道って言うらしい。重なり合うけど互いに触れ合う事はない、そういう空間。そうだな……分かり易く言うと何処に繋がるか分からない洞窟ってところだな」


「洞窟ですか?」


「あっという間に魔力を吸われるから、まともに探索できない洞窟。場所によっては数時間で魔力が枯渇して死に至る。その上、骨も残らないって話だ」


「そんな場所が……」


「王都の近くに入り口があれば、もしかしたら里に繋がる道が見つかるかもしれないって感じなんだが、そもそも、その入り口が滅多に見つからないのがなあ。世界を隔てるだけあって普通に魔力を使って探したんじゃ痕跡さえ見つからないときてる」


「入り口があれば、ですか。えっ……? 見つかったら探索をするおつもりですか!?」


「ん? 魔力が大量にあれば、そこまで問題じゃないんだよ。洞窟内の植生にもよるけど大体、一ヶ月はいける。いずれにしても入り口があれば、の話だ。限りなく無いに等しいから半分諦めてる」


「そう、ですか」


 何故そんなに色々と知ってるんだと言いたげな表情も垣間見えるが、そこは敢えて聞かない事にしたらしい。若干だが笑顔が引き攣ってる。


「話がちょっと逸れたけど、サイールーは王都に行った後は取り敢えず様子見か?」


「うーん、そんな感じかなあ」


「ま、それがいいかもな。先にその目で見ておけば里の皆も理解が早いだろ」


「確かにね」


 妖精の瞳で確認すれば王都がどんな所かは、皆にもすぐに伝わるはず。

 百聞は一見に如かず、などと良く言うが見ると聞くでは、かなりの差がある。触る事こそ出来ないが、その一見を三次元出力で可能にしてる妖精の瞳は、ズルいと言われても仕方ないくらいの代物だ。


 問題があるとすれば、その映像を見て王都に行ってみたいと言い出す妖精が出ないかだが。

 そこは動物に擬態すれば、ちょっとした好奇心程度なら怪しまれずに満たせるだろう。

 もしそうなっても無茶はしないとは思うが……うーむ。

 って、まだ王都に行ってもいないのに余計な事を考え過ぎか。

 まずは他の皆がどうするか、その確認をしてしまおう。


「白のトクサルテとしては何か決めてるか? 王都に向かうまでには取り敢えず修業は一区切り出来そうな所まで来てるから、そこは気にせずにってのが前提で」


「……イズミはカザックには戻って来ないのニャ?」


「正直言うと、こっちに帰ってくるかは分からん。色々と世話になった街だから一度は必ず顔を見せようとは思ってるけど、いつになるかは確実な事は言えない」


「じゃあ王都に行く」


「そんなに簡単に決めていいのか?」


 ウルが間を置かず応えた事に、やや驚いたが一応は想定内の返答。

 だが、それでもやはり確認は必要かと思い、メンバーに視線を巡らすとイルサーナが笑顔でその理由を語った。


「大丈夫ですよー。王都か迷宮都市には以前から行くつもりだったんです私達。各々の目標や目的を達成したら、という感じだったんです」


「そうそう。あ、でも一緒にっていうのは難しいかも」


「なんでだ? カイナ。イルサーナの口振りからすると、あとはタイミングだけみたいに思えるけど」


「最初に立てた目標が、誰かさんのせいであっという間に達成しちゃったから、新しい目標を立てたんだニャ。その目標っていうのが等級を上げる事ニャ」


「それが、あと少しだけかかりそうなの」


「なるほどね」


 心無しか、照れくさそうにキアラの言葉を補足したカイナだったが、あと少しと言ったのは内緒にしておきたかったからかもしれない。

 目標を他人に教えるというのが照れくさいというのは分からないではない。

 オレもイグニスとの修業の時はひとつひとつ目標を立ててやっていたが、バレると何故か悔しかった。

 というか何をニヤニヤしてるんだ、イルサーナは?


「ふふっ、イズミさんは私達と一緒に行きたかったですか? やっぱり寂しい、とか?」


「そりゃあな。これだけの綺麗どころは滅多にお目にかかれないからなあ。何よりうるさいくらい賑やかだったろ。口に詰め物でもしたいくらいだったわ」


「意地が悪いですね……こちらが照れちゃいましたよ。ですけど、落とさなくてもいいじゃないですか、もう。でも口を塞ぐなら、いくらでも塞いでくれて良かったんですよ? 口で! なんなら下の――」


「言わせるか!」


「むぐっ!?」


 今、下の口とか言おうとしやがったな? なんつー下品な事を口走るか。

 リアもいるんだから言わせねえぞ。

 指で弾いてマシュマロぶち込んでやったわ。


「あ、美味しい。何を用意してるかと思ったらお菓子だったんですねえ。口に白いのぶち込まれちゃいました。うふ」


 このぉ。次から次へと下ネタを。

 これホントにオレの体質のせいか? まあいい。マシュマロ食っておとなしくなったから放っておこう。

 さて、取り敢えず白のトクサルテの予定はハッキリしたと。


「ジェンは、って聞くまでもないか。ギルドの職員なんだから好き勝手に動けるわけ――」


「あ、それなんですけど。私も王都に行く事になりました。出戻り? は違うし……転属という感じですかね」


「マジで? ん? 出戻りって王都のギルドに居たのか?」


「最初の頃に王都のギルドで研修を受けたんです。支部の場所にもよりますけど大体一度は王都の仕事を経験するんです」


「ほうほう」


 新入社員の教育の一環、みたいな?

 取り敢えず、一通りの仕事の流れを大元である王都のギルドで、学ばせるって事か。

 もちろん各地方で状況が同じではないから対応は変わるだろうけど、基本は覚えておけよ、というわけだ。

 なんにしても正直知り合いがいるのは心強さが段違いだろうな。


「研修と言っても私の場合は一年近かったですけど。なのでそれなりに知り合いも多いですよ? とはいっても皆そのままじゃないだろうなあ。辞めたって話は聞かないけど転属の可能性だってあるし……あ、すみません! とにかく、そんな感じです」


「ジェンも前々からの予定で?」


「……いえ、その……イズミさんについて行けと」


「はい!? なんで!?」


 オレの王都行きに合わせて異動?

 もじもじと若干、顔を赤らめている様に対しても同じ疑問が沸き上がってるが。

 何故そこで照れる?


「ギルドとの緩衝役を期待されてるみたいで……話は通しておくからとロガットギルド長が」


 また無茶をする、とまでは言えないのか?

 カザックギルド、というかログアットさんの思惑が分かりづらいが緩衝役というのも嘘ではないんだろう。

 重要なのは職員側からの視点といった所じゃなかろうか。

 王都のギルドの内情を知らないオレの言動で、おかしな事にならないように防波堤としての役割を担ってほしいと期待している、とか? 

 だからといって、人生左右するかも知れんのに異動って、どうなの。


「私は私の出来る事でイズミさんの役に立てるなら嬉しいんです。だから迷惑でも何でもないですから気を使わないでくださいね?」


 好意か厚意かは分からんが、なんとも有り難い話だ。


「んふふ~、個人的には先程のこちらに残留と推測した時に残念がってくれたのが嬉しかったです。あ、でも精神的に返礼は不要ですが肉体的には歓迎ですよ?」


「そういう本気か冗談か分からん事を言うから素直に食指が動かんのだが?」


「いひゃいれふ」


 むにむにと両方のほっぺたを引っ張るが、そう言うだけで抵抗してない。

 痛くもしてないけど。

 カウンターにシュークリームを受け取りにきたジェンの位置がなんとなく丁度良かったので、むにむにしてみた。


 ふむ。となると、ジェンが王都のギルドに慣れてから顔を出すのが面倒がなくていいか。

 聞けば、白のトクサルテと時期を合わせて一緒に王都へ移動するようだし、オレとしてもリアの事があるからすぐという訳にはいかないだろうから丁度いい。


「あとはアラズナン家の調整次第か。といっても、ほとんど決める事も残ってないんだったか?」


「ですね。お嬢様たちの移動に合わせる形でリア様も王都に向かう事になります。その際は通常の移動手段、馬車という事になりますが、一週間から十日の日程で王都に到着の予定となってます」


 余裕をもってという事ね。修業じゃないから徒歩で移動する必要もないし、何より不自然に目立つからその選択肢はないわな。


「ですが本当によろしいのですか? もう一台馬車を用意する予定だったのですが……」


「誰かの仕事を奪うってんじゃなければ、その二台で充分だろ。また上の荷台でくつろがせてもらう」


「お館様はその可能性もあるとは思っていらっしゃったようですが、ホントにそうなりましたね」


「というかな。ハイスさん以外は全員女なんだろ? 馬車を増やすと必然的にお付きの人たちが増えて女子率上がって男側からすると微妙な居心地になりそうなのがな」


「師匠、僕オトコですけど……」


「セヴィは家族枠だから別勘定。現状だって結構大きめの馬車でそれなりの人数が随伴するんだろ? ならそっちをメインに考えてもらって、オレは基本的に自由行動可能って事でひとつよろしく」


 道中何か見つけたら、オレは単独行動も辞さない。

 警護は遠距離でも可能だし、妖精ふたりかラキのどちらかが居れば事足りる。


「ほんとに自由なんだニャー……」


「貴族の馬車の移動で荷台をねぐらにする人もそういないけど、移動中でも関係なく何もかもを堪能するつもりなのが、らしいと言えばらしい」


「雨降っても支障ないから、この期に景色を目に焼き付けておきたいんだよウル。あー、そうだ景色……地図も作っておかなきゃだった」


「詳細な地図でしたか? 確か『コウクウ』なんとか……?」


「ほとんど独り言みたいな感じだったのによく覚えてたなイルサーナ。カザック周辺の地図は仕上がってきてるから、あとは更にその周辺、今回は王都までの詳細なヤツだな」


 航空写真な。とにかく不便だったから、真っ先にやろうと思ってたけど結局後回しになった事のひとつだ。

 日本に居た時なんか、検索すると結構な頻度でマップ付きの検索結果を目にする。それが当たり前になっていたせいで、詳細な地図がない事が酷く不便だと痛感したのだ。

 なので折を見ては上空からの映像をプリントアウトしたりしていた。最終的には魔導製品に落とし込もうと考えている。


「出発までには色々と仕上げとかないといかんな。シュティーナの杖もだけど、皆の武器をそれまでに完成させなきゃだな」


「ニャ、王都で合流したあとでもいいニャよ?」


「早めの昇級祝いだ。というのは建前で。色々試すのが楽しいから早く没頭したい。この一週間は手付かずだったからな」


「建前だけで良かった」


 普段から無表情に近いからウルがどう思ってるのか、なんとも判断し辛いが非難というより感想だろうなコレは。


「それはそうと肝心のイズミさんは王都に着いたら、どうするんですか? リア様の身辺警護のためには、より近くに居るのが望ましいと思うのですが」


「それなあ。カイウスさんともまだ協議の途中なんだよ。オレがこのまま学生と偽って学園に入るとしても、若い男が王女の近くをフラフラしてるのもあまり良いとも言えない。若い娘って事ならシュティーナとの接触だって距離を置いて制限しなきゃならんだろう」


「「それはイヤです」」


 速攻でリアとシュティーナに否決されたな。


「…………まあ、そうなると。あとは指南役という身分を明かして護衛官として正規に学園に籍を置くようにするか」


「それもまた問題があるんですよね……」


「トーリィは何か知ってるのか? カイウスさんは『娘たちに聞いてみるといいよ』とか言って笑ってたけど」


「アラズナン家の指南役と明かしてしまうと、色々な勧誘が後を絶たないと推測できます。王家のほうはラグ様がなんとかしてくれる可能性もありますが、大公家や他の貴族、そして軍部が積極的に動くのではと。その年齢で指南役というのは異例ですから、実力を試すためにも様々な形での接触が予想されます」


 うへぇ……模擬戦とか仕合いを勝手に仕込まれるって事? 悪くすれば不意打ちの野良試合なんて事も考えられるのか。そんな暗殺まがいの腕試しなんて、いちいち相手にしてられないぞ。


「そして、これが一番重要なのですが。実力が明らかになれば縁談や求婚が殺到するのは確実です」


「それ一番重要なのか!?」


「若くて強いのですから当然です」


「そうじゃなくて……だな。はあ、まあいい。しかし外見や中身はどうでもいいのか……」


「何を言ってるんですか? そこは真っ先にクリアしてますよ。イズミさんは格好いいですから」


「まあそれはな。オレもオレは格好いいと思う」


「……そこは照れてくださいよ。頑張って平常心を装ったのに意味ないじゃないですか……」


 オレの意地の悪い笑みと返しで顔を赤くしたトーリィがむくれて顔をそらした。

 珍しい反応だ。「人が悪いです」と耳まで若干赤い。


「ははっ、そういう反応を期待したから満足だわ。そうなると、あとは職員関係で潜り込むとかか? 教員や職員の採用とかやってるのか?」


「無くはないですが、教員採用などで実力を明かしてしまっては、それも縁談や求婚の回避には繋がりませんよ?」


「あ、そうか……指南役の身分を偽っても顔を晒して職員やるんだから結局は一緒なわけか」


 学園で働く事である意味、身分が確定してしまうとも言えるから、そういったものの回避には役に立たないという事か。かといって丁度いい匙加減で教員に採用されるのも基準がハッキリしてないから難しい。

 どうしたもんか。


「それでしたら、良いアイデアがあります!」


 キラーンと効果音が聞こえてきそうな眼をしてるなシュティーナ。そして何気に嫌な予感がする。


「女子学園生になればいいんです!」


「どういう事!?」


「教師や職員という立場では私達といる時間が限られてしまいます。であるなら、いま挙げた問題を解決するためには女生徒として学園に通えば、全て解決するのです!」


「女装しろってか!?」


 ちょっと待て、意外にいいかもって顔が多いなオイ。

 周りに溶け込むために擬態しろって言いたいんだろうが……

 確かにそれなら大方の問題は解決するかもしれないけど、女装はないわー。

 学園祭なんかでコスプレするのとは訳が違うだろ。女装してる事がバレるかどうかのスリルを味わうような性癖もない。そこでゾクゾクしてたら控えめに言っても変態と言わざるを得ない。


「ダメ、ですか?」


「そんな上目遣いしてもダメだ。そこ、リアも期待しない」


「え、あ、あははは……」


 オレの女装なんか見たって楽しくないだろうに。





 ~~~~





「何コレ……」


 朝方になって妙な違和感を感じて起きてみれば。


「なんでオレ、パンいちで立たされてんの――」


 服を着てないのはすぐに理解出来た。顔を上げ眼の焦点が定まって周囲を見るとメイドさんたちのオレを見る目が怪しい感じにギラギラしてる。

 おおい! 全員、鼻に詰め物してるじゃねえか!

 んん!? シュティーナもかよ! 

 当然のような顔してトーリィも!

 というか何するつもりだッ!?


「って怖い怖い! あっ!? 動けねえ!?」


 くそう、リナリーもサイールーも協力者か! ラキも嬉しそうに尻尾振って協力してるってどういう状況!?

 拘束具とか使ってないのに身体の自由が奪われてる。三人がかりで、なんつー複雑な術式使ってやがる。


「眼が覚めてしまったのは誤算でしたが、イズミさんの自由を奪うとはさすがです。というわけで女生徒になっていただきます!」


「何が、というわけでッ!?」


 鼻血垂らしながらシュティナーは何言ってんの!?

 うおおお、やめろおーーー!



 ――――――

 ――――

 ―――

 ……



「「やだ、綺麗」」


 え、そう? って違ーう!

 何を感心してるんだ、そこの妖精ふたり。ラキは……全然気にしてないなあ。


「はぅ、想像以上に仕上がりましたね」


 何を満足そうに溜息吐いてんだシュティーナは。

 結局動けないまま、メイドさんたちにいいようにされて女生徒にされてしまった。

 メイクはもちろん、ご丁寧にもウィッグで女性らしい髪形にされ、そして声も「あー、あー」……女性のものになっている。

 アラズナン家に変声機能付きの魔法具が故障したまま放置されていたが、密かにサイールーが修理とチョーカーへのリフォームをしたようだった。

 なんでそんなアイテムがあるんだアラズナン家は……。


 木を隠すには森の中、つまりは周りに溶け込むための擬態や模倣が有効だというのは理解できる。

 理解はできるが意味がわからん。


 どう考えても、この模倣は間違ってるだろ。

 そして模倣について現実逃避気味に考察をしていたが……。


「難しい事を何かブツブツと言ってたけど、そろそろ現実を見たほうが良くない?」


 いやリナリー。その現実がワケの分からん事になってるからなんだけど?

 この際だ。兎にも角にも鏡で確認しよう。


「やだ、綺麗」


 予想に反してハイレベルな仕上がり。若干体格がいい気がするが、胸の詰め物も功を奏しているのか、それほど気にならないレベルになってる。


「うん、普段のイズミを知ってるから、ちょっとだけ変質者っぽい」


「真正じゃないけど変態、みたいな?」


 うるせえよ、妖精ふたり。意味がわからんわ。

 不完全な変態ってか。


「すごく似合ってます!」


 いつの間にか部屋の中にいたリアが、目をキラキラさせてオレの女装に感想を述べる。っていうか屋敷の中だったんか。寝てる間に拉致された模様。


 でも、あー、そう? 似合ってる?


「これが一番有効そうなら、もうこれでいいかなあ。いろいろと考えるの面倒になってきた」


『えっ!?』


 なんだよ、そのつもりで着替えさせたんじゃないのか?

 よく考えたら、これはこれで面白そうだ。


『ネタとして受け入れた!?』


 これも滅多に経験出来ない事のひとつだよな。

 というわけで。


 採用!




眼に細かな金属が付着して、えらい目に遭いました(´・ω・`)


ブクマ、評価、ありがとうございます!

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