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第九十六話 一週間の価値


 なんだか、あっという間に一週間が過ぎていった気がする。

 実際かなりバタバタしていた。


 ラグの魔力増量を急ピッチで進めて、レックナートさんも加えた剣術比べも並行していた。

 三人娘たちへは指南という形になったが、剣術と魔法、そして食べ物関係とで、いろいろと本筋とは関係ない事も併せて、こちらも何かと忙しかった。

 その間も白のトクサルテやジェン、そしてアラズナン家の皆への指導も今まで通りとなれば、暇を感じる時間はなかった。


 ラグたちの滞在最終日の夜。夕食後のコテージのある広場。ジェンも仕事終わりに合流し、皆で最後の親睦の時間とでもいうかのように話に花を咲かせている。

 そして、三人娘がそれぞれに、この一週間について口にした。


「僕たちでも簡単なものなら無詠唱が使えるようになるとは思わなかったですねぇ」


「特にお菓子作りに使えるのは嬉しいですね」


「甘味料の事とか全然知らなかったから、クラカラの樹液から自分で蜜が作れるのは驚いたよね」


 誰も知らないって訳じゃなく、採算が取れなくて誰もやらないって事みたいだからな。

 クラカラの樹液を煮詰めると簡単に言っても、メープルシロップの比ではない量の樹液が必要で、手間を考えれば、とてもではないが商売に出来ない。

 だが魔法で水分を直接取り除いてしまえば、濃縮するのもすごく効率がいい。

 何より魔力をある程度浸透させないと、なかなか良い甘さが出ない。

 王都の人間にしてみたら、その事を知れただけでも、ここに来て良かったと言うほどだったらしい。


「この一週間で君らの印象に残ってるのがそれか。もうちょっと修業は厳しくても良かったかな?」


「思い出したくないんです!」


 サリスの叫びに他の二人も頷いている。

 おかしいな、命の危険はなかったはずなのに。


「その代わりに精神的に追い込んできたじゃないですか……頭では分かっているのに捕食されるという感覚から逃げられない、あの威圧は質が悪いです」


「本物にしか見えないドラゴンや魔獣のゴーレムから常にエサとして見られているのは、かなりのストレスだったよねぇ……」


 サリスの抗議に補足するようにマリスが遠い目をしながら、しみじみと語った。


「ドラゴン型のゴーレムがない訳ではありませんが、本物と見分けがつかないというのは、それだけで本能に訴えかけてきますから」


 オレがそんなにストレスを感じてたのかと、やや意外に思っていると、リアが無理もないといった風に三人の言い分を後押しする。


「強くなったと言われても素直に喜べないというか……」


「比較対象がここにいる人達だけだから実感出来ないんです僕たち」


「だよねえ……」


 三人娘の言いように、皆が「ああ……」と何故か微妙な表情で納得していた。

 オレのほうを見てるけど自分たちも一因だって含みがあるのは分かってるのかね?


「ところでイズミ。俺達な明日の朝に王都に出発するが、お前たちはいつになる。準備を整える事を考えると新学期開始の一週間前には王都に居ないと厳しいと思うが」


「そうか確かに。リアの無事が知れ渡れば何かと時間も必要にもなると」


 リアが姿を見せる事で、思わぬ所にリアクションがあるかもしれないとラグは考えているのかもしれない。というか期待しているのかな? 潰す相手が尻尾を見せない事には動きようがないと思ってそう。

 オレが居る状態を利用すればリアの守りが万全に近いからって判断をしてもおかしくない。


「カイウスさんとも相談して王都に行く時期を決めるよ」


 連絡はリアが共鳴晶石ユニゾン・クォーツでラグに直接という形がとれるから今すぐに決めなくても問題はない。

 

「で、これは興味本位で聞くのだが」


「ん?」


「王都にリアを送り届けたら、その後はどうする?」


 ラグのその言葉に、ひゅっとリアが小さく息を呑んだのが分かった。

 悲しみとも不安とも言えない表情に、一瞬言葉に詰まりそうになるが、いつまでも連れ歩くわけにもいかない。その事は本人も分かってはいるようだが。


「……特に予定は決まってないが、取り敢えず王都の観光はしようとは思ってる。王都のギルドも興味はあるし、しばらくは居るつもりだ。迷宮都市にも興味はあるけど、すぐにとは考えてないしな」


 相変わらず複雑な表情ではあったが、それを聞いてどこかホッとしたようなリアの様子に、オレ自身も何故かホッとしたような感覚があったのは自分でも意外だった。

 先送りにしただけとも言えるが、時間が解決を促す場合だってある。短期的な強引な解決が良い結果を生むとは限らない。


「ああ、そうだ。餞別って訳でもないけど遠征組の皆に渡しておくものがあった」


「なんだ?」


「完全版のキャスロと偏光剤とかどうだ? 道中役に立つぞ」


「えっ! いいんですかッ!?」


 横で聞いていたマリスが食いついた。視線を追えばキャスロに釘付けになっている。

 サリスとタリスも目を見開いて「本当に?」といった様子だ。

 そこで嘘を言うほど意地は悪くないが、そこまで期待するような事かね?


「……女子にとっては遠距離の移動というのは結構な不便が付きまとうんですよ? 現に私なんか、かぶれる木に触ってしまってお尻が大変な事になったんですから」


 そりゃいかん。小ぶりだが良い形のマリスのお尻がそんな被害にあっていたとは。

 原因は……まあ、そういう事だろう。

 大きな街道を外れていたから仕方ないと言えばそれまでなんだが、下手をすれば命にも関わる隙になり兼ねないもんなぁ。


「オレは毎回、簡易トイレを設置してるな」


「そんな事をする人は滅多にいません」


「何セットか渡しておく。ただキャスロ自体が美味いからって食べ過ぎるなよ? 普段の食事も多少制限しないと大変な事になるからな」


「大変な事?」


「確実に太る。一回分の二本で約三日間の効果だけど、忘れて食べ過ぎると、あっという間に出荷状態だ」


「……嫌過ぎる」


 冷や汗を垂らしながらキャスロを見つめる三人だったが用法容量をちゃんと守るぞ、という固い決意のようなものが滲みでる表情に変わっていた。


「偏光剤も、これはこれでどんでもない代物なんだがな。キャスロのインパクトが強すぎる」


 当分の間は情報が漏れないようにしたほうがいいって事になったくらいだ。

 誰がレシピを知っているか、それも伏せておかないと割とヤバいらしい。

 軍事物資としてラグあたりは食いつくかと思ったが。


「白のトクサルテの者たちに危機が及ぶとなれば、お前が黙っていないだろう? そんなリスクは犯せん。国が潰されたらたまらんからな」


「オレを何だと思ってるんだ……」


「貴族のはねっ返り共が、その者たちに危害を加えようとしたら、どうする。情報欲しさに何でもするようなヤツらがだ」


「草の根分けて探し出して地獄に叩き落とす」


「そうだろう。俺としては顔が青くなる事態になりかねん。当の本人たちは赤くなっているようだが」


 面白いものを見たとでもいうようにラグが視線を向けた先。白のトクサルテの皆が顔を赤くしていた。


「真顔で言われると弟子として反応していいか、異性として反応していいか分からないニャ……」


「立場を誤解されちゃいそうだよね」


「カイナ、そこは誤解させておきましょう」


「晴れてイズミンの所有物」


 あれぇ? おかしな感じになってるな。「あ、ずるい!」って何がズルいんだ、ジェン?


「他の情報は持ち帰らせてもらうがな。血液レンガとバイオコークスはどちらかと言えば技術というより発想の転換に近いと考えれば、それほど違和感は与えないだろう」


 血液レンガの情報は時期をみて、というかアラズナン領からの輸出が本格化した段階で徐々に情報を出していく事になったらしい。実際はそんな事をしなくても、モノが出回れば自然と解析が進むだろうと予想しているようだが。

 ただ、全ての工程を魔法で行うと品質が段違いになるという事は気付きようがないだろうとも。

 ラグが持って帰るのはこのあたりの事だ。


「生活に密着してるといえば歯ブラシなんかも誤魔化しが効きそうですね。樹液の硬化の利用法とか盲点でした。あとは成型肉ですか」


「マリスはお肉好きだもんね」


「ギルド管轄になったみたいですから、これも扱いは慎重にならざるを得ませんが、個人で楽しむぶんには構わないという話ですし」


「売るのでなければ問題なかろう。何よりこれら全てが魔法の鍛錬にもなるというのだからな。無駄がないというか」


 ラグがそう締めくくると、ですよねーと感心の頷きを見せる一同。


「しかし鍛錬と言えば……」


 自身の鍛錬という単語から連想した件が何であったのか。ラグのその視線が向けられた先であるセヴィについての事らしい。皆も釣られてセヴィに視線が集中する形になった。


「ぼ、僕ですか……?」


「セヴィーラはまだ俺と話す時は緊張するか」


「あ、あの、はい……。さすがに王族の方と会話などした事がなかったので……」


「イズミのように砕けろと言っているわけではないのだがな。まあこの男が特殊なだけだが」


「特殊言うな。そうしろって言ったのはラグだろ。相変わらず酷いわ、お兄様」


「お兄様言うな」


 リアを筆頭に皆が顔を伏せたり逸らして肩を震わせている。

 オレとラグの定番の応酬だったが、意外とツボに入ったらしい。


「それよりも。今はセヴィーラの事だ」


「セヴィがどうした?」


「復学すると聞いたが、気を付けたほうがいい」


「気をつける……ですか?」


 セヴィのこの反応も当然だろう。オレとしても何を気を付けるのやらって感じだ。


「その歳でその強さは異常だ。鍛錬の様子を見ていたが、縮小版のイズミが日に日に完成していくさまは圧巻を通り越して目が点になったぞ。いや、この際それはいい。指南役がイズミなら仕方ない」


「どういう納得の仕方だよ」


「あまり目立つと、おかしなヤツに目を付けられる。子供だと侮って利用しようと近づいてくる輩はどこにでもいる」


「一応そのへんも言い含めてはある」


「えっと、師匠からは怪しいと思ったらまずは情報だ、と。そして良からぬ事を企んでいるようなら、取り敢えず踏み潰せとも指導されました」


「……何故そうなる。距離を置くという選択肢はないのか」


「セヴィには自分の正体を知られずに排除する手段も教えたからな。友人、知人に被害が及んでからじゃ遅い。でもまあ、まずは信用できる大人の意見を聞くのが大前提ってのは本人も分かってるから無茶はしないさ」


「……イズミとは違う、という事か」


「どういう意味かね」


「そのままの意味だ。お前だったら相手に手を出させるように仕向けて、自衛と称して堂々と報復するのだろう?」


「最近はネチネチいくのもいいかなって思ってる」


「本当に教育に良くないな。子供に暗殺まがいの手段を教える事といい。だが――フッ、皆が言う通り、本当に過保護だな」


「過保護か? 後悔なんてのは生きてれば必ず経験するだろうけど、少ないに越したことはないだろ。そのために出来る事の範囲を広げてるだけさ。言っておくけど暗殺のやり方は教えてないぞ。完全に正体を見破れない方法があるだけだ」


「それ自体が暗殺の最適解だろうが。しかしそんな方法があるのか? 変装と言えど限度があるだろう」


「かぶり物なら限界はない」


「「「かぶり物?」」」


 聞きなれない単語だったのか三人娘が興味を示した。ラグも声には出さなかったが眉をひそめて同様に疑問を感じているようだ。

 コートの変形機能はほぼ明かしてなかったから、全身を覆うという所まで思考が及ばないのも無理もない。

 せいぜい服の丈を変えるとか、そんな認識みたいだったし。


「こんな風に変身出来るんだよ」


 口で説明しただけだと、ピンとこないだろうとラキのぬいぐるみバージョンに変身してみた。

 ゆるキャラタイプのヤツ。


『!?』


 これは、どっちの驚きだろうか。

 変身に対してか、ゆるキャラのクオリティに対してか。割と可愛さには自信がある。人の心の隙間にぶっ刺ささる造形のはずだ。


「もう何でもありだな……服、というか装備がそこまで変形するのか。全く原形を留めていない。どこまで可能なのだ?」


「人間大なら想像力次第だな。いや、大きさも三割程度はデカく出来るか?」


 口をガバっと開けた事で三人娘がビクッとなったが、鎧面から顔を見せるのと違わないと思うんだけどな。

 そうはいっても見た事もないモノが不審な挙動をすれば驚くか。

 取り敢えずデモンストレーションとして、幾つか披露してみた。

 バッタ的な変身ヒーローとか魔獣系、そしてこちらでも不自然ではない無難な全身鎧などにも変身。


「何も知らなければ個人の特定は不可能だな。セヴィーラも同じものを?」


「えーっと、はい。ほぼ同じ物がつい先日、完成したからと。詳しい使い方も一緒に。まだ全然慣れていませんけど……」


「イズミは普段も着ているようだが」


「これ着ると怪我とかしないから普段は着ないように言ってある。治療系の魔法の練習が出来ないからな」


「そういう所は厳しいな」


「あの、イズミさん……私、聞いていないのですけど?」


「あれ、シュティーナに言ってないのか?」


「え、姉様には装備を頂いたと言った気が……」


「その事ではなく、変身に制限がないという事は教えてくれなかったでしょう?」


「あ、そういえば……」


「それに、まだ着てる所を一度も見てないのも、ちょっと私は寂しいのだけど?」


「じゃ、じゃあ……」


 無限収納エンドレッサーからコートを出すセヴィ。

 セヴィの装備はコートというより長めのジャケットに近い。それに色はオレのとは反対に白を基調にしたデザインがデフォルトの状態だ。

 それを、なんとも照れくさそうに羽織る。


「ふふっ、とても似合っているわセヴィ」


「あ、ありがとう御座います姉様」


 シュティーナの笑顔に、益々照れくささが込み上げて来ているような表情だ。

 皆も「ほう」と着こなしが様になっている様子に感嘆の息を吐く。


「なかなかに堂に入っているな。しかし、それはなんだ?」


 ラグが何について指摘しているのか一瞬分からなかったが、視線が胸元、正確には指でつまんでいるものに向けられているとセヴィも気づいたようだ。

 と同時に、なんと説明したらいいのかと、困ったような表情でこちらを見ている。


「ファスナーの事だよな?」


「ファスナー?」


 ラグもだが、三人娘もオレがコートのファスナーを下ろす動作に目が釘付けに。

 そういえば、あまりこの四人の前でコートを着たり脱いだりはしていなかったか。

 脱ぐとしても大抵は風呂場だ。温度調節機能があるから暑くても気にならないから、つい着たままになったりしてる。


「ああ、なるほどニャー……あたしたちは見慣れちゃって何とも思わなくなってたけど、よく考えたらソレも大概だったのニャ」


「だよねえ。現時点でイズミンか妖精族しか作れないんだから」


「今はあんまり作らないな。何せ細かい。その上、数が揃わないと製品として成り立たないからサイールーたちに丸投げしたんだ」


「ミスリルとか錬魔加工が出来る金属じゃないと私達でも無理だったけどねー」


 キアラとカイナの環境の慣れからくる諦めにも似た納得に、オレとサイールーがネックとなっている部分を絡めて適当に返すとラグがピクリと眉を動かした。


「錬魔加工……?」


 訝しんだ表情には「吐け」という無言の圧力も加わっていた。

 一定濃度の魔力に強烈なまでのイメージを重ねて加工するという技術は、やはりあまり知られていないらしい。

 前提となる完全な魔力操作が失伝して久しい事を考えればそれも当然と言える。

 魔性金属が加工に際して魔力を必要としているのは常識として知られているようだが、それも魔力を通しながら加熱すると高硬度の魔性金属も加工できるというものに留まっている。

 何故に失伝してしまったのか少し不思議に思うが、魔力の少ない者でも加工可能な方法を模索していった結果、今のような加工方法が定着したんだろう。

 ある意味では順当な進歩と言えなくもない。


「結局はコストの問題だとすると、なんとも世知辛いな。しかしそのファスナーとやらは便利そうだ」


「便利なのは確かだな。でも貴族が着るような服に合わせるのが難しいんじゃねえかなって感じだけど。オレはデザインの専門家じゃないからその辺りの兼ね合いが分からん。ラグが普段使いしたいとなってもオレには候補すら浮かばんからなあ。でも興味があるなら幾つか渡すぞ?」


「いいのか? 希少なものなのだろう?」


「サイールー?」


「んー、いいんじゃない? 私達なら割と直ぐに作れるし大量でなければ、ある程度は、ね」


「妖精族の見解としてはそうなるか。取引としてみるなら何が対価にふさわしい?」


「すぐに思い浮かばないから、俗物的だけどやっぱりお金? 私たちもこっちでお買い物が出来るようになったから、それが一番無難かなあ。物々交換になると価値の査定なんかで時間がかかるし何が欲しいか迷っちゃうのがねー」


「おー、そういう事か。欲しいものを考える時間が出来るからってのもあるんだな。まあ今は妖精族に外貨があっても困らないし。サイールーが物資担当の窓口なら、それが一番面倒がなさそうだ」


 品物を渡すといってもファスナー部分のみで、生地とのコーディネートは専門家に任せるといった所に落ち着くだろう。


「オレ個人の意見としては、平服に使うとしてもラフ寄りだから礼服とかに使うには余程のセンスがいるだろうなぁ。あとは女子の服に合わせるのが案外難しいかもしれない」


 ファッション誌にはジップアップの服はあるにはあるが、どれもラフ、カジュアル系で可愛い方面にはあまり採用されてないように思う。オレの勝手な見解だけど。

 その証拠というわけじゃないがファッション誌を見た、ここに居るメンバーからジップアップ系の服が欲しいという意見をあまり聞かない。

 気に入ったデザインのものは大抵はボタンであったりニット系であったりと、あまりファスナーを使用していない。

 サイドジップのように外からは見えない場合もあるから、使ってないわけじゃないんだけど。


「試しに、どれかジップアップにリフォームするか? サイールーならすぐ出来るぞ」


「いいのか?」


「ちゃちゃっと終わるから全然平気だよー」


「それは助かる。しかし対価がどれほどになるか俺には見当がつかないんだが……どれほどになる?」


「お試しだから必要ないんだけど……王子様としては、そうはいかない感じ?」


「まあな」


「んー、どうしよう……あっ!」


 何かを思いついた表情から一転。

 あ、これ下品な事考えてる時の笑い方だ。その表情のままオレに耳打ちをするサイールー。


「(イズミ、イズミ! サンプル、サンプル!)」


「(サンプルって、おい、まさか)」


「そこの女の子ふたりをちょっと貸してほしいの、今」


 やっぱりか。成長魔法の新規の被験体が欲しいってか。

 新規のお客さん候補だったシュティーナが渋ってるからな。興味はあるが、なかなか踏ん切りが付かないって話だ。

 にしても今? ここで全く情報を与えず要求するとか、えげつねえ。


「……すまんが頼めるか?」


「それは構いませんが……」「何かするんですか……?」


 サリスとマリスが取り敢えずといった風に承諾したが、若干不安を覗かせている。

 ラグも、なんとなく不審に思っているがオレや周囲の雰囲気から危険な事ではないというのは確信しているようで、撤回までには至らないといった感じである。

 ふたりの立場からしても、断れないのを分かった上で要求するとか悪辣過ぎるぞ。


「とりあえず、こっちこっち」


 と鼻歌まじりにサイールーは二人をコテージの中に連れて行った。

 その様子に、どうにも不安が膨らんだらしいラグ。


「何か嫌な予感がするんだが、説明はあるんだろうな……?」


「まあ、害はないのは確かだな」


「引っかかる言い方だな……ここにいる者は知っているのか……?」


 ラグが周りを見やると全員が顔を逸らした。幾人かは若干頬を染めて。


「……何故、眼を逸らす」


 ますます不信感を募らせるラグに、早く説明をしろと目で急かされた。

 そこで、成長魔法がどんな魔法か、なるべくわかり易いように言葉を選びつつ解説する。何せ目的が目的だし、過程がアレだからな。

 そして大体の概要をラグが把握した頃にコテージから「あ、ああ……」とか「んふぅ……」とか押し殺したような嬌声が僅かに漏れ聞こえてくる。

 時刻的にも違和感がないのが、なんとも言いようのない気分になってしまう。


「あ、いけね。遮音結界張ってなかった」


「ある意味かなり高額な買い物になったな……」


 罪悪感的な意味で?


「気にする事ないですよ殿下。二つ返事で了承してるでしょうから。胸部成長なんて無視出来るわけがないですもん。でも……」


 トーンが落ちたと思ったら急に暗い表情になったけど。

 ……何かあるのか?


「なんで僕は選ばれなかったんですか!?」


「男だからだよ!」


 胸でかくして、どうする気だ。タリスならでかくなりそうで怖い。

 いや、快感のほうを体験したかったからか?

 どっちだとしても何考えてんだ。





 ~~~~





「ふぃー、やっぱり若い子はいいわぁ」


「おっさんみたいな事言うな」


 わざとらしく額を拭う仕草が、まるっきり事後のそれだ。

 相当、魔力使ったはずなのに何でツヤツヤしてんだ。当の被験者ふたりは顔が真っ赤だぞ。

 そんな事は承知の上でこの態度なんだろうが。


「報酬を前払いしてもらっちゃったから、さくっとやっちゃうよー」


 もじもじしてる二人は放置して、ラグの用意したアイボリーのロングジャケットを前にサイールーが宣言と同時に作業を開始した。

 ボタンを取り外し、ボタンホールのふち糸をほどき生地を繋げ、まるで最初からボタンホールなどなかったように仕上げた。

 そして裏側にオレのコートと同じように、外からは見えないようにファスナーを取り付けた。

 縫いつけるといっても極細の糸を生地に絡め、ほとんど一体化したようにしか見えない。


 そこで作業が終了するかと思いきや。

 取り出した繊維の束。細さと艶からするとトラスパーレスの糸かな? それとミスリルの糸?

 その糸が、生きているかのように動き出しジャケットを包み込む。

 淡い光を放ちながら、すべての糸が吸い込まれていった。

 見ようによっては幻想的な光景に見えなくもない。いや、「うわぁ……」と三人娘や皆が目を丸くしている事から、どうやら幻想的に見えているらしい。

 というか、この作業って……


「完成ー」


 見た目は、ほとんど変わっていない。でも何やらファスナー以外の加工もされている。

 その事にラグも気づいているようで。


「見た事もない作業風景だったが……特に後半の作業は神秘的な光景という事意外まったく見当がつかないのだが」


「機能を後付けするための追加工よ」


「あー、あれがそうか」


「……どういう事だ?」


「あればっかりはオレも出来ないからなぁ。何を追加したんだ? ミスリルだったよな?」


「イズミのコートほどの魔防と硬化は無理だけど、同系統の機能を付加してみたの」


『!?』


 そのリアクションも分からないではない。付与ではなく付加という部分に対してだと思われる。

 一時的ではなく永続的に、そして魔力の有無でオンオフが利く機能。

 それを後付けで見た目を変える事なく、ただの服に追加したという事に皆驚いているようだ。普通なら魔法陣を刺繍や染めを用いたり魔法具を仕込んだりと、結構な手間がかかると聞く。

 更には、それらが人間には不可能な作業で行われた事が、より大きな衝撃をもたらしたのかもしれない。


「もう何に驚いていいやら……」


「追加された機能の内容もですし」


「ミスリルの糸? 繊維? もです」


 三人娘の反応からして微妙にオレが思っていたのと違うポイントだったようである。


「妖精族の秘伝ではないのか……?」


 オレとサイールーを見てラグは言うが、当のサイールーはピンときていない様子。


「そうなの?」


「オレに聞かれても」


 そんなオレとサイールーの遣り取りを見たラグだったが、眉をよせつつ何とも言えない表情。


「報酬に釣り合うようにすると、こんな感じかなあって。手持ちの材料で間に合ってよかった」


「だそうだ」


 サイールーの回答に、なんだか難しい表情を見せたラグだったが、どうも報酬との釣り合いという部分にオレには分からない葛藤があるようだった。

 生贄を捧げたようなもんだからなあ。


「なるほど……価値観のすり合わせが重要だと再認識させられたな」


 ラグのこの苦笑いも見納めか。

 バタバタした一週間だったけど、それも今日で終わりだと思うと、なんだか名残惜しい。


 まあ、しばらくしたらアラズナン家の姉弟とトーリィ、それにリアと一緒に王都に行くのだから、その時に一度くらいは会えるだろう。あーでも王族だから厳しいか? 今回が特別だっただけで普段は忙しそうだし。


 なんにしてもオレがリアを王都に送り届けるまでに皆の修業もなんとか形になりそうだ。

 白のトクサルテの皆がどうするか、その後の事は、まだ聞いてないが、オレも具体的には決めてないし、いいか。



 いいのか? いいよな!

 なるようにしかならん!


遅くなりました。

ブクマ、評価、ありがとうございます。

どういうわけか、何故か気分が落ちた時に増えるので、すごい嬉しいんですよね(´・ω・`)


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