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第九十一話 王都からの遠征騎士たち


 なんだろう、この釈然としない感じは。

 プリンだと思って食べたものが茶碗蒸しだった、みたいな口の中が軽くパニックするものを食べさせられた感があるとでも言おうか。

 確かに見た目で人を判断しちゃいけないとは良く言うが……。


「あ、ぼく男です」


「えぇ……」


 見た目が完全に女じゃねえか……。

 双子のサリスとマリスは間違いなく女だが、タリスは男だという話だ。母親はアリスとかイリスとかそんな感じか?

 とにかく、三人娘だと思ったら、なんかすごいの混じってた。


「えへへ、褒められた」


 褒めてねえ。

 ていうかなんで女性用のブレストプレート?


「あ、コレですか? まとめて買うと安いんです!」


 さいですか。チラっと視線を装備に向けたオレにそんな酷く現実的な答えが返ってきた。

 聞けばサリスとマリスの母親とタリスの母親が姉妹なんだとか。

 本来イトコという続柄なのだが半年先に生まれた双子とは、ほとんど姉妹のように育ったらしい。

 いや男でしょうよ。


「まあ、そういう需要がないわけじゃないが……」


「需要ッ!?」


「そういう層に向けて主張しているのでは?」


「そういう層ってなんですかっ!? 違いますよッ!?」


 違ったようである。

 本人としてはあくまでそのつもりはないらしいが周りがどう思ってるかは別の話だろう。頑張れ。

 白のトクサルテのメンバーはタリスが男だと知って驚いていたが、オレと彼を交互に見て「ありか無しかで言えばあり」とか訳の分からん事を言っていた。

 いや分からないから。分かりたくないから。

 それはそれとして。

 この三人は全く事情を知らさせていなかったわけだが。


「急に殿下が同行すると申されてな。ちょうど騎士団の遠征演習が重なったのを利用してこちらに合流したのだ。姫様が行方不明になってしまわれたというのは、ごく一部の者しか知らされていなかった故、情報の拡散を防ぐ意味でも極秘扱いにしたほうがよいとな」


「リアを狙う不届き者たちが何処に潜んでいるかわからんからな。徹底を成すのは当然だ。しかしお前たちを騙すような結果になってしまった事は詫びよう」


「い、いえ!」


「そ、そういう事であれば問題などあろうはずが!」


「そ、そうです! 知っていたら挙動不審になっていたと思います。ぼく達にそういった演技が出来るとも思えませんし……」


 殿下の謝罪の言葉に慌てる三人娘。

 娘? もういいや娘で。


「であろうなぁ。街中で畏まった態度でいられては不審を招きかねんからの。伏せておけば『気難しい若い冒険者』で終わる。であれば吾輩以外とほとんど会話せずともそれほど不自然にも思われんしの」


 冒険者的として見れば古参と若手の手練れが若い娘たちに指導している、といった風に解釈されるだろうと。


「しかし吾輩も、お止めしたのだがのう。聞き入れては頂けなんだ」


「爺とて強硬に反対しなかったではないか」


「殿下の強さなら問題ないという判断ですな」


「ならば聞き流すのが当然であろうよ」


 秘密裏に動けて安全が確保できるなら何でもいいという事なんだろう。


「しかし血鎧熊マッド・アーマーが出るとなると少々危のうございましたな」


「確かにな。こちらのこの人数では森の中ではかなり厳しいだろう」


「あの、お兄様。先ほどの血鎧熊マッド・アーマーも通常であればもっと深い森が生息地だという話です。なのでその辺は心配はないかと。今回は出迎えを兼ねた鍛錬と、その報酬代わりにイズミさんが特別に呼び寄せたのが理由ですから」


「……報酬? どういう事だ」


 リアの簡潔な説明ではご不満だったようでオレに向き直って、さっさと詳細を言えとでもいった雰囲気が漏れ出ている。


「達成報酬ですよ。本当はドルーボアを引っ張ってくるつもりだったんですが、遠すぎて」


「距離の問題なのか……方法も気になる所だが、それよりも敬語はよせ」


「しかし……」


「その方に畏まった話し方をされるとバカにされているように聞こえる。先程は普通にしゃべっていたではないか」


「あれは正体を知らなかったからですが……」


「だからよせと言っている」


「あー……分かった。これでいいか? お墨付きを出した事、後悔するぞ? で、なんと呼べば?」


「フッ、後悔させてみろ。そうだな……ラグナルでもシャルでも、どちらでも構わん。好きな方で呼べ」


「どっちでも……?」


「シャルというのはお兄様の偽名、というか幼名ですね。七歳になるまではそちらを使う事のほうが多いんです」


 七五三と被る風習でもあるのかね。

 それとも長子には特別な因習があるとか。いや、そもそも長子なのかすら聞かされてはいないが。


「間違いそうだからラグで」


「何をどう間違う。……まあいい」


 一応、本当にいいのかとレックナート卿に視線で問う。


「我等もラグ殿とお呼びしていたので問題なかろう。この三人とはほとんど会話もしないように振舞っておったしのう」


「何か話かけちゃいけない雰囲気が漂っていたので……」


「たまに殺気のような気配も漏れてたような気もしましたし……」


 サリス、マリスの意思疎通を放棄していた理由にタリスもコクコクと頷いている。

 道中はそれなりに苦労したみたいだな。事情が事情だけに仕方ないとは思うが。


「なるほど。結構張りつめてた感じだったわけか」


「ここに到着したら一気にそれが緩んでしまったがのう。このテーブルセットもそうであるし、皆が普通に思い思いの事をやっておるのが、なんとも気の抜ける光景というか」


「イズミさんが森林結界でかなりの広範囲をカバーしているので安心なんです。だから皆こんな風にしていられるんですよ」


「ふーむ、なんとも不可思議ではありますが、とにかく安全であるならば良しとしますかな」


 リアの笑顔の返答にレックナート卿もそう言って笑顔を向ける。

 あ、この人、考えるの放棄したな。リアが良ければ何でもいいって事みたいだ。


「どうも聞きなれない言葉が時々聞こえるな……。しかしそのおかげでこうしてゆっくり休めるという事か。だがいつまでこうしているつもりだ? カザックまではまだ少しあるのだろう」


 領主の娘であるシュティーナにどういう事かと問うラグの視線が向く。


「以前とは違い街道を整備したので、ここからであれば騎獣の足で二時間といった所です。なのでまだ充分に身体を休めるお時間はあります」


「そういう事か。しかしいつの間に街道整備など。こんな裏道など普通は整備などすまい」


「そ、そうですねー。街道整備について言えば、先ほど完成したばかりですから誰も知らないのは当然なのですが……」


 やや乾いた笑顔が張り付いたシュティーナに、王都からの遠征組の疑問の表情。

 どういう事かと問う中に、『まさか』といった疑念が混じっているように見える。

 その視線の集中に、どうやって説明しものかと困惑しているシュティーナの代わりにリアがここに来るまで何をしたのかを簡単に説明した。

 すると何故か王都遠征組の全員から視線を向けられると。

 ラグが口を開いた。


「でたらめだな」


 た、鍛錬だからいいの。





 ~~~~





「……あちらも訳の分からない事をやっているが、お前は何をやってるんだ……?」


 白のトクサルテの皆が少し離れた所でミニゴーレムを操作しながら同じ動作をしている。

 あっ、違う。あれって、この前の感覚剥奪室のトレースの魔法陣を試してるな。

 そんな光景に眉を寄せ、そのままの表情でオレがやり始めた作業のほうにも目を向けるラグ。


「んぁ、これか? 燃料を作ろうと思ってな」


「燃料?」


「雑草が、ですか?」


「えーっと君は……」


「あ、私はマリスです」


 見分けがつかないんだよな。長く一緒にいれば見分けられるようになるのか?

 テーブルセットの横で店開きしているようなオレの作業風景に王都遠征組が興味を示す。

 出発にはまだ時間の余裕があったので、彼らにはのんびりしてもらい、それまでオレはさっきの続きをと思ったのだが。


「ほんとに似てるよなぁ君ら三人。ま、そんなのは嫌ってほど言われてるだろうから今は余計な感想だったか」


「は、はぁ」


「で、これからやろうとしてるのは雑草を魔力を使って加熱、圧縮して石炭の仲間を作ろうってな」


「どうして雑草が石炭に?」


「なんだ、皆こっちにきたのか」


 オレが王都遠征組に説明を開始しようとした所で、リナリーがバサバサっとこちらに飛んできた事で何やら始めそうだと気が付いたらしい。

 イルサーナは自分のやっている分野と被るせいもあってか、かなり興味があるようだ。

 物質をなんらかの反応をさせて変質させるというこの世界の錬金術の定義から言えば、まさに錬金術なんだろう。


「さっきもやったけど、こうやって燃焼させないように空気を遮断して高温、高圧状態を保つと……」


 石板の上に置いた雑草の塊を、魔力を使って限界まで圧縮。

 小規模結界の中を真空にしつつ対象の温度を上昇させる。


「ちょ、ちょッ!?」


 ん? 何、どうした。マリスが慌てたように声をあげた。

 よく見れば王都遠征組の全員がやや身構えている。

 なんで?


 その様子を見て何かに気づいたのか、リアが「あっ……」と声を漏らし困ったような笑顔を見せた。


「イズミさん……その、私たちは慣れているのでいいのですが、その魔力量は普通なら何事かと思いますよ」


「んぁー……そういう事か」


「これを見慣れている? 普段何をやっているんだお前は……」


 何やってるんだろう。

 思いついた事を気の向くままにやってるだけなんだけど。


「やばいニャー……尋常じゃない感覚のズレに今気付いたニャ……」


「うん、ちょっと辺境伯様の言葉が別の意味で刺さったよね」


「この環境に腰までどっぷりですからねえ」


「もう諦めた」


 諦めるなよ。そこで終わっちゃうだろ。

 なんて、どこぞの先生の言葉を借りてはみたが、オレにはどうする事も出来ない。というかする気がないので白のトクサルテの皆さんの愚痴は基本放置で。


「セヴィ殿も動じていませんな」


「えーっと、僕はその魔力を直にこの身に受けているので慣れているというかなんというか……」


「「「えぇ……どういう事……」」」


 三人娘が揃ってわけがわからないといった風に脱力するが、ここで説明すると長くなりそうだな。


「それはカザックに着いたら説明するから。今はこっちで」


「イズミお前、説明が面倒になったのか?」


 ラグのその言葉に目を逸らすと、薄目で睨まれているのが分かった。

 ため息を吐いて「まあいい、聞く機会はいくらでもありそうだからな」とこの場は流してくれたようだが、あとで必ず聞くぞと釘を刺されたような形になってしまった。


「とにかく、植物をこうやって高温高圧の状態でしばらく維持してやると……ほれ、この通り」


 淡い魔力の光が消えると、黒い丸い塊が石板の上に現れた。


「機材が無いから魔力で無理やり作ったけど、密閉度の高い筒状の容器に材料を入れて熱しながら上下から圧縮すれば同じものが作れるはず。地中深くで長い年月が必要な反応を人工的に再現してやる感じだな。ただまあ、高炉に向いてるから使い勝手はいいけど、これ自体の制作コストが分からんから実用に関しては何とも言えない所だな」


 ネタバラシをすると、この知識はイグニスのものだったりする。

 いや、厳密にはオレの知識なんだけど流し見していたテレビ番組の情報をイグニスが拾い上げてオレに投げてよこしたのだ。

 こちらの世界でも昔にあった技術らしく、思い出したようにそれと合わせて聞かせてくれたという事情である。


「うーん、設備的には石炭を蒸し焼きにしてコークスにするのとどっちが安上がりかね?」


 オレが独り言のように呟いた一言で何故か場がおかしな空気になった。

 なんで? オレなにか変な事言ったか?


「イズミさん、今のはまずいかもしれません……」


 シュティーナがラグをチラっと見てからオレにおずおずと告げる。

 何がどうまずいのか。


「おそらく今お話しされたのも古代魔導王朝時代のものなのでしょうが……バイオコークスだけでなく石炭由来のコークスですか? その情報も今の時代にはないものです……」


「あー……やらかしたか」


 中世の中期と後期が入り混じったようなこの世界なら、あってもおかしくはなさそうと高を括ってたのがいけなかった。

 よりにもよって王族の前でぶちまけてしまうとは。

 あ、リアは別勘定だから。


「ま、まあ遅かれ早かれ誰かが気が付く技術だから」


「……その言い訳は苦しくないですか?」


 うぅ……でも実際に、そのうち誰かがやるだろうし……

 い、いいんじゃありませんかね?


「古代魔導王朝……だと?」


 ひぇっ、やっぱり食いついた!


「王都でも研究が進んでいない王朝時代のものとは……いやはやなんとも。くあっはっはっは」


「どうも、こんな所で茶飲み話のついでにするような話じゃなさそうだな。他の者の反応からするとこれだけではあるまい?」


 その目力全開の笑顔で詰め寄られたリアは「えーっと、まあ、はい……あはは……」と力なく答えるしかできなかったようである。

 すまんリア。とばっちりがそっちに。


「では早々に出立するぞ。辺境伯は色々と承知しているのだろう? ならばそこで聞くのが一番よさそうだな」


 やだこのイケメン、すごい悪い笑顔してる。

 ごめんなさいカイウスさん!





 ~~~~





 そんなこんなで急遽カザックに戻るために出来たてほやほやの街道を進む一同。

 いつの間にか大所帯になったなあ。傍から見ると一見、何の集団? と言われそうではあるがまだ冒険者で押し通せるはず。


 そして当然の事ながら帰路につくとなればリアの騎獣について話が及ぶ。

 騎乗するのだから隠しようがないわけで。必然的にラキの事はあっさりバレた。バレたとはいっても巨大な狼という事だけだが。

 ところがラグとレックナート卿はやや身構えた程度であったのに対して、三人娘はラキの巨大な姿を目にしてぶるぶると震え出してしまっていた。

 ここまでそれなりの距離を移動してきたはずだが、それでもまだダメなようだ。

 遠征組の騎獣はこの道のりでラキに慣れたっぽいのになぁ。


「あの……ラキちゃんは人を絶対に襲いませんから怖がらなくても大丈夫ですよ?」


「リア姫様……そ、そうは言っても……」


 やはりこの威容だ。初見で慣れろというのは酷というものだろう。それとも何か犬関係で問題を抱えてる、なんて事でもあるんだろうか?

 意識を別の方向に向けられれば和らぐのでは、と思うのだが……。


「しょうがない、上書きしようリア」


「上書きですか……?」


 アラズナン家に到着してからと思っていたが、あれではあまりに可哀そうだ。

 そこでオレが選択したのは「リナリー、サイールー」と二人を呼び、ある事をしてもらうため。

 オレのその行動で皆が『なるほど』と得心がいったようである。

 肩と頭にとまった両フクロウも意図を察している様子。

 リナリーの「ホントにいいの?」という声に王都遠征組がギョッとしていたが、それには構わず「ああ」とオレに促された二人は着ぐるみの偽装を解いた。


「「「妖精フェア・ルーッ!?」」」


「な……にッ?」


「ッ! あまりに人間臭い反応をするとは思っておったが、そういう事であったか……しかし妖精フェア・ルーとはのう」


「やはりそういった反応になりますよね。ですがラキちゃんへの警戒が少し和らいだのではありませんか?」


 リアのその指摘に「あっ……」と三人娘が声を漏らす。

 そのタイミングでラキの「わふっ」という一声が後押しの形になったようで。

 ラキが人間とその言葉を理解し、それに合わせて行動しているというのを自然と受け入れられたようだ。

 ラキの言い分としても「妖精さんたちより珍しくないでしょ?」といった感じらしい。

 希少度合いで言ったら圧倒的にラキに軍配が上がるが、今はそういう事にしておこう。

 

「……リアは随分と非常識な環境にいたようだな。妖精フェア・ルーとは想像の埒外だったぞ。それにその変幻自在の狼も……いや、それはいいか」


 なんとなーくラキの正体に気が付いてる?

 今ここでソレを言っても三人娘を怖がらせるだけだというかのように、ラグは言葉を切った。

 リアもそれには触れずに続ける。


「ふふっ、仮に一生分の幸運を使ってしまっていたとしても、私はそれで構わないと思っておりますよ。お兄様」


 そこまで大げさな出会いじゃあないと思うがねえ。

 さて、三人娘も落ち着いたようであるし、カザック到着まで時間もある。

 そこでオレは兼ねてよりちょっとだけ気になっていたことを尋ねる事にした。


 リアがどのような状況で誘拐されたかだ。

 正確にはレックナート卿も襲われたというその状況。

 今までの会話の流れから、リアとレックナート卿は同じ場に居た可能性が伺える。

 だが正直、この御仁が傍に居て後れを取るとも思えない。


 その疑問を正直に尋ねてみて分かったが、どうやら同じ場所に居たというのが少し違うようだった。

 ある地方領の要請で神殿から人員が派遣されたのだが、それは土地の力が弱っているのではないかという話から始まった。

 魔力の分布に偏りが起きた、または負の作用を及ぼす魔力が増加した、理由はそんなものだったらしい。

 調査と解決のための人員の中にリアが居たというわけだ。

 当然ながら護衛であるレックナート卿も。


 そして当時の状況はというと、厳密にはリアたち神殿からの派遣人員の調査に同行出来なかったらしいのだ。

 何でも、魔力や魔素に関係した調査では特に神経を使うようで、近くに魔力の強い人間がいると正確な調査が困難なのだという。

 皆が疑問を感じない所を見ると、どうやらそれが通常の事のようだ。

 そのために護衛の騎士団員たちは離れて待機していたと。

 そしてそのタイミングで集落付近の牧場にワイバーンが現れたとの一報を受ける。

 人家が密集した場所ではないとはいえ、なにが起こるか分からないという事で、護衛を数人残して騎士団員たちはそちらに向かう事に。


「今にして思えば陽動であったのだろう。到着した時には既に家畜は襲われ、むこうにしてみればそれで目的は果たされていたはず。こちらが遠距離から攻撃を仕掛ければ、それで退散に追い込めると思ったが何故か我等にも襲い掛かってきたからのう」


 なるほど。その混乱を利用されてリアが連れ去られた訳か。

 リアたちにしても、遠くから聞こえる激しい戦闘の音に何事かとなった矢先に襲われたようだ。となれば狙ってやったと考えるのが妥当な線だろう。


「いずれにしても我等が不甲斐なかったという事に変わりはないがのう」


「レックナート卿、それはもう言わない約束ですよ」


「しかしですな」


「今の私としては感謝したいくらいなのです。あれがなければイズミさんとこうして出会う事もなかったのですからね。本当ですよ?」


「くぁっはっはっはっ! 随分と前向きですな姫様。ならば吾輩も後ろを向いて後悔するのではなく前を向きましょうかな」


 そんな二人の遣り取りに呆気に取られた一同だったが、例外が一人だけ。

 他の者が向けられたら底冷えしそうな視線で「お前……本当に手を出していないだろうな?」とオレに目で語りかける男がいた。まあリアのお兄様なんだけど。

 どうにもオレに申し開きをさせたいようだな。


「そんな事はしておりませんことよ、お兄様」


「お兄様と呼ぶなッ!!」


 わはははっ。

 冗談だ。





 ~~~~





「久しいな、アラズナン卿。そして奥方も」


「で、殿下……?」


 驚いてるなあカイウスさん。

 システィナさんも「えぇ……」と、どうしてこんな事になってるか分からないと言いたげな表情である。

 そして二人揃ってギギギ……と扉がきしむような音でもしそうな挙動で顔をこちらに向けた。

 タットナーさんも僅かだが眼を見開いて、視線だけをオレに寄越した。

 何故に、そこでオレを見るんですかね?

 

「君の事だから今回も何かあるのではないかと心構えはしているつもりだったが……」


「さすがにやり過ぎよイズミくん……」


「えっ。オレのせいですか?」


 オレのその一言で「えっ」と更に全員の視線がオレに集まる。

 何それ不本意。今回の事はオレのせいじゃないでしょ。

 ラグが勝手に来たんだから。

 オレがやや憮然とした表情で「えぇ~?」と返すと皆の口から笑いが漏れた。


「フフッ、いや冗談だよイズミくん」


「クスッ、そうね。私たちが精神の均衡を保つためには有効な手段なのよね」


「オレを精神安定剤代わりに使わんで下さいよ」


 取り敢えずオレのせいって事にしておけばいいみたいなのが流行りそうでイヤだな。

 まあ事の経緯を語れば別に特別な事は何もない。

 あの後、無事にカザックに到着後、アラズナン邸にすぐさま戻った。

 シュティーナが密かに共鳴晶石ユニゾン・クォーツで連絡をしていたが、ラグがいる事は黙っていたらしい。

 曰く、驚かせたかったからだそうだ。以前の意趣返しかね。

 

 しかし、にもかかわらず三人が外で出迎えたのは例の魔力の変調器を使って色々と試していたらしく屋敷の外に居たから。そこへちょうどオレたちが到着したと。

 でも誰も全身スーツを着てない。

 あ、そういう事ね。


「お、イズミ帰ったか。こんな所で何やってる。それはそうと、あの全身張り付いたようなヤツはどうにかならんのか。まあ見た目はアレだがちゃんと機能しているみたいではあったが」


 おお、眼福。ジェンが全身タイツで、もじもじとしながらログアットさんと共に現れた。

 

「マントとか着れば良かったんじゃ?」


「「あっ……」」


 気付いてなかったのか。そのおかげでいいもん見れた。

 オレがガン見してると顔を真っ赤にしたジェンに「は、早く言ってくださいよッ!!」と、ちょっと理不尽な苦情を言われてしまった。

 誰も説明しなかったのか? いやでも普通、気づくでしょうよ。

 もうちょっと見ていたい気もするが、このままなのも可哀そうだ。軽く羽織るものを渡しておくか。


「で、こんな所で何をって、ああそうか。王都から騎士団が到着したんだったな。なら俺もレックナート卿にあいさ――」


 何を見て固まったのかはすぐに分かった。


「ひぇっ、で、殿下っ!?」


「ご挨拶だな、ギルド長殿よ」


「い、いや……まさか殿下御自身がおいでになられるとは、ついぞ思わず……正直油断していた次第で。まあしかし殿下の御気性を考えれば、至極当然の結果ですか」


 その遣り取りでジェンなんかは「で、ででで、殿下?」と軽くパニックを起こしてる。

 しかしこの二人、結構気安い仲のように思える。


「そこのギルドの長が教員時代のおりに講義以外で世話になってな。幼い時分に本当に随分と世話になったものだ」


 疑問が顔に張り付いていたようだ。

 でもなるほど。幼少の頃からの顔見知りというなら、この気安さも頷ける。ラグの含みのある言い方が、確証がないにも関わらず、ギルド長の突拍子もない行動に付き合わされたのだろうなと思わせるには充分だった。

 視線を逸らしたログアットさんの冷や汗交じりの乾き笑いが証拠のようなものだが。


「まあ今はそんな思い出話より優先すべき事がありそうだ。アラズナン卿、それにギルド長。何やら面白い事になっているようだな。二人ともいろいろと承知しているという話だが?」


「「うっ……」」


 うーん、二人とも対処に困った時の笑い方になってる。

 

「イズミ……お前、また何かやらかしたのか……?」


「心外ですねログアットさん。オレがいつもいつもやらかしてるみたいじゃないですか。まあ今回はそうなんですけどね!」


「ぬあああーーー!!」


 言葉にならない叫びを挙げ、大きく息を吐いて脱力したログアットさん。

 そしていつの間にやら事情説明をする事が決定事項となったらしい。

 ラグとレックナート卿を屋敷に迎え入れる事になったようで。観念した様子でカイウスさん、システィナさん、タットナーさんはログアットさんを逃げ出す前に引きずるようにして連行していった。

 そこでラグがカイウスさんと二言、三言、交わすと。


「ああ、サリス、マリス、タリス。本来なら屋敷の一室を借りて休んでいろと言いたいところだが。どうもその男はまだ何かやるらしい。よーく見張っていろ」


「人聞きが悪い。何も悪い事なんてしてないぞ」


「フッ、どうだかな」


 ラグの去り際のその遣り取りにアラズナン家の皆さんが一瞬目を剥いていたが、すぐに何かを納得したような表情に変わった。何を納得したんだろう……。


「えっと、そういう事らしいのですが……ご一緒してもよろしいでしょうか?」


 この子はサリスか? 未だに分からん。

 何故に目がキラキラしてるんだろうか。

 特別何かを期待させるような事はなかったはずだが……いずれ分かるかな?


「まあ断る理由もないし、いいんじゃないか? 君らにしても立場上、拒否権がないだろうしな」


「犠牲者が増えるのかニャ?」


「も、もしかして僕たちも手籠めにされるんですかッ!?」


「するかッ!」


 僕たち『も』ってどういう事だおい。

 だいたい、なんで男のタリスが数に入ってるんだよッ!




 はぁー……いろいろと厄介なのが増えそうだ。




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