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第九十話 合流してからのあれこれ


 どうも騎士団一行は街道を避けて別のルートでこちらに向かっているようだ。

 強そうな魔力の気配を探した所、街道とは別の場所で発見。ここからだと二十キロほど離れた辺りに小集団が歩を進めていた。


「このペースだと夕方になる前に街に着く予定で動いてるのか。トーリィ?」


「イズミさんの言っていた方向からすると、おそらくラエトーの森方面ですね。険しい岩場と森に囲まれた道を選んできた事になりますが」


「マゾかな?」


「何故そうなりますか……」


「冗談だ。何かを警戒して念には念を入れたか、はたまた行軍の訓練を兼ねているか。どちらだとしてもここに来るまでに相当疲れてるはずだな。って事で、合流できそうな地点を見繕って歓迎の準備でもしておこうかね」


「……何かするつもりなんですか?」


「ちょうど時間もあるし、いろいろな。それとちょっとだけ便利にしておこうかと」


 課外授業にはちょうどいい。

 さてと、森林結界を出来るだけ広げてっと。

 この結界での小細工はあとにして、取り敢えず訓練がてら労働でもしてみようか。


「ここから険しそうな森に分け入るわけだが。まずは道を整備しようと思う」


「え、なんでそうなるの?」

 

「いいかウル。時間を無駄にするのは勿体ない。なら進みながら魔力を消費しようじゃないか」


「いつの間にか土木業者に強制転職」


 インフラ整備は街の発展には重要よ?

 という事で獣道に毛が生えた程度の道の拡幅工事の開始である。


「取り敢えず全員で風の攻撃魔法をありったけぶっ放すぞー。最初は獣車が通れるくらいの幅で草木の伐採だ」


 揃って何故か気の抜けたような「お、おおー?」と掛け声をあげつつも、一斉に魔法を放つ。

 なかなかカラフルな光景だ。

 最近は風の魔法を使う際に着色した粉を少量混ぜるようにしている。

 各々が好みの色で魔法を使うから結構ファンタジーな事になってるな。

 攻撃系の魔法がちょっと苦手なリアも最近は練習の甲斐あってか、これくらいは出来るようになった。

 ちなみに彼女は体力のほうはまだまだなのでここまではラキに乗ってきた。


「伐採した草木はオレが回収するから気にせずどんどんいけー」


 で、オレはというと。みんなの後ろから倒れた草木を回収しつつそれらの根をすべて掘り起こしてまさに根こそぎ全部、無限収納エンドレッサーに回収。

 そして、でこぼこになった道を平たんに整え、和製コンクリートの三和土のような状態で道路整備を進めているのだ。


 整備しつつもツルツルに仕上げるのではなく適度に滑り止めを残した自然な感じの道路の完成である。

 仕上げの工程のやり残しがないか皆とは逆の、後ろを向きながらの確認しながらの作業だ。

 よし。まあこんなもんだろう。

 さあて皆はどれくらい進んだかね。おや、こっちを見るカイナが何とも言えない顔してるけど、何?


「後ろで何やってるかと思ったら……もう道ができてる。何それ……」


「効率いいだろ? ほら、手を休めるなー! どんどん街道整備に精出していくぞー!」


「おおー?」


 まだ疑問符が混ざるのは、何をやってるのかいまいちピンときてないからか。

 といっても正直これといった理由はない。本当に鍛錬の一環でインフラ整備をしているだけ。

 しかし無駄にはならないからな。タダで道路が作れるから尚よし。


「当家としては非常に有益ですが……まさか自分でやるとは思いませんでした……」


「姉様、他の家ではこういった事はしない、のですよね……?」


「しない、かな。主要な街道はだいたい整備されているし裏道にまで人員を割く必要はないと考えているから。ましてや魔法で整備するなんて面倒な事は……」


「なんでやらないかね? 鍛錬にはちょうどいいと思うんだけど。道路整備じゃなくても開墾作業だっていいはずなのに」


「そこはやはり効率と費用の兼ね合いではないかと。あとは貴族の体面というのもあるかもしれません」


 シュティーナの言うように単純に財政面の問題だろう。必要に迫られない限りは新たな道を整備しようなんて普通は考えないだろうから。

 それに魔法での道路整備の効率が費用に比してあまり良くないとなると、そりゃあやらないわな。

 魔力を使わせるとなれば普通は金出して雇う形になるが、魔法が使える者という条件を付けてしまうと高額になってしまう。だったら普通の土木業者に投げてしまったほうがいい、となるわけだ。

 仮にその貴族が魔力が豊富であったとしても、高貴な者がやる事じゃないとか、単純に時間がないとか、そんなところだろう。

 

「その点に関して言えば私たちのような辺境の貴族は、そういった意識は希薄ではありますが」


「農産物ってのは分かり易い富の目安だから、いざとなったら四の五の言ってられないって事なんだろう。辺境はその辺シビアになるか」


 時間があれば皆の魔法の鍛錬もかねて開墾しても良さそうではある。

 とか言ってる間に結構進んできたな。皆も何回か魔力の補充をして疲れてきたようだ。

 しかしまだ予定の合流地点まではかなりある。

 なので、あとはオレとラキ、そしてリナリーとサイールーでやってしまおう。到着したら皆にはやってもらう事もあるし。


「てなわけで待機地点までオレたちでやっちまおう。久々に制限なしでいってみようかー」


「「はーい」」


「ウォンッ」


 張り切っていってみよう!





 ~~~~





 到着ー。事前に地図で確認したのは、この辺りのはずだ。


 …………。


 どうしたみんな。


「久しぶりに自重してないのを見たけどニャー……」


「四人で王都を攻め落としたとしても驚かないくらいの勢いでしたねえ……」


 キアラとサイールーが呟くと例外なく皆が眉を寄せて、うーんと唸っている。

 ラキとの模擬戦は見てても、こういった規模の魔法の使い方を見るとまた違って見えたようである。


「王都なんて攻め落としてどうするよ。そんな事より良く休んでおけー。ここを整地したらお楽しみが待ってるからな」


「何する気?」


「釣りだ」


 ウルの質問に端的に答えたが、コイツ何言ってんだ的な顔をされた。

 まあまあ。ここに来たもうひとつの目的でもあるし楽しんで欲しい。

 まずはさっさと整地を済ませてしまおう。


「さて。みんな休憩して回復したな?」


 しばらくして休んでいる所に飛んできた声に、いきなり何? と疑問符が浮かんだようだが、こういう時のオレの口調と表情に皆が警戒の色を滲ませるのが、もはや条件反射のようになってる。


「では戦闘準備だ」


 オレの台詞に「えぇ……」と反応したのは誰だ。全員か?


「今から獲物を呼び込む。白のトクサルテとアラズナン家陣営で別れてそれぞれ戦う事。セヴィはほぼ初めての実践だが緊張する必要はないぞ。年長者がフォローしてくれる。無理に接近戦をしようとしなくてもいい。白のトクサルテは……まあ頑張れ」


「「「「雑ッ!!」」」」


「あ、リアはゴーレム作りの練習な」


「わ、わかりました」


 自分だけ戦闘に参加しなくていいのかなと、やや不安に感じてるみたいだが向き不向きってのがあるからな。何よりその適正を改善するためにゴーレムを作る練習をするんだから気にしなくていいぞ。

 とか言ってる間に第一陣がわらわらと。


「来るぞ」


「釣りってそういう意味だったのニャーッ!!」


 そういう意味だったのよ。

 まず森林結界を使っておびき寄せたのは、小型の生物だ。白のトクサルテとしては普段やってる事と同じなので、さすがに安定して狩れている。

 アラズナン家の三人も危なげない対処だ。セヴィもちゃんと戦闘時の意識の切り替えが出来ているようである。


「順調だな。じゃあこっちはこっちで練習しようか」


「あの……よろしいのですか?」


「危なくなったとしても防御と回復で支援するから大丈夫だ。いざとなったらオレとラキが介入する。「ウォンッ!」まあ、あの調子ならそれもなさそうだけどな」


 ラキの合いの手入りの補足を聞いてホッとしたようで、ゴーレム作りに集中し始めるリア。

 このゴーレム作りの目的としてはリアの攻撃面の補強だ。魔力で魔法陣を瞬時に描く事が出来ないリアのために勧めた方法は事前に魔法陣を描いた札を使って発動するというもの。

 魔法陣の仕組みを理解してリア自身が魔力を込めながら書いたものだ。

 これによって、その場で作り上げたゴーレムがミニゴーレムと同じ感覚で操作可能になる。


 さらに言えば、この場の戦闘を見る事もその一環でもある。

 リアが様々な戦闘を目にして学習すればその動きがゴーレムに反映され、精度が上がるからというのが理由だ。


「白のトクサルテだけでも軽戦士キアラ剣士カイナ重戦士イルサーナ近接魔法士ウルとバラエティに富んでる。自分に合う戦闘スタイルがどれに近いか、かなり参考になるはず」


「なるほど……」


 隠れたもうひとつの目的としてはオレが直に見た事のない生き物をその目にするため。

 戦闘訓練時にゴーレムで再現出来れば、わざわざ狩りに出なくても済むからな。

 さすがに図鑑だけじゃあ、いくら詳細だったとしても再現は無理だ。


 そうこうしてるうちに釣った獲物が終盤に差し掛かってきたようだ。

 この辺りからセヴィには体力的にもキツイかな? 


「セヴィッ! 休憩だ!」


「は、はいッ」


 やや息を切らせてセヴィがこちらに戻ってくると、そのタイミングで新たな獲物が。

 暗い森から姿を現したのは巨大な熊。熊でいいはず。


血鎧熊マッド・アーマーッ!?」


 カイナとイルサーナがその正体の名をほぼ同時に口にした。

 体毛が発達し過ぎて外殻のように変化した巨大な体躯と、異様なほど大きく伸びた爪。

 5メートルは越えようかというデカさのクセに、なかなか速い。


「もっと深い森にいるはずなのに……ッ!」


「なんて事するニャーッ!」


 カイナとキアラが不満のように声を上げたが大丈夫。


「おいしい相手だ、いつもとやる事は変わらん! 標的を一人に絞らせずに遠距離からチクチクいって隙を見てドカンッといけばやれる!」


「簡単に言わないで下さい!」


 シュティーナが悲鳴のように叫んだが、それでも逃げないってのは結構肝が据わってるんじゃなかろうか。


「ついでに言っておくと、それが報酬だぞー」


 そんな全力で『どこが!? 』という顔を一斉に向けられても。


「味が絶品らしい」


『『そういう意味!?』』


 キレイにハモったねえ。






 ~~~~





「私たち出番なかったねー」


 リナリーが良かった良かったと付け加えたが、その通り大事にならずに血鎧熊マッド・アーマーを倒せたようだ。

 最初は自分たちに出来るのかと不安に思っていたようだが、オレからしてみればもっと自信を持ってもいいと思うくらいには成長してる。


「もう少し慣れてくれば単独でもいけそうだな」


「そんな状況には陥りたくないニャー……」


「ま、そうなんだけどな。狩りに命を賭けるなんてのは特殊な場合に限られる。生きるために稼ぐのに危険な事してどうする、爪がかすっただけでも死ぬ事だってあるんだ。正面から戦うなんてアホのする事だ。ってオレを指刺すな」


 誰がアホか。


「イズミン説得力がない」


「ウルの意見に賛成ですねえ。って何をしてるんです? また新しい料理ですか?」


「誰が食うって言ったよ。分かってて言ってるだろ。雑草もただ捨てるのも勿体ないからな。燃料にしてるんだよ」


「雑草を、ですか?」


「バイオコークスって言ってな。こうして燃焼させないように高温、高圧で――おっ? 来たな。お早いお付きで」


「えっ?」


 イルサーナが反射的に周囲の気配を探る。その反応と同じく、オレの言葉に周囲を探るように皆が視線を巡らせた。

 森が風でざわりとする中、ひと際大きな音でガサリと獣道の向こうから現れたそれは。


「ここは、何……?」


 トカゲ型、というか二足歩行の小型恐竜タイプのような騎獣に跨った若い女性冒険者と思しき風体の人物。口元を巻き布で隠しているので人相は良くわからない。が訝しむように呟きを漏らした。カザックでは見ないタイプの騎獣だ。

 そして次々とその騎獣に乗った者たちが整地された広場に警戒しながらも足を踏み入れる。

 次々とは言ったが五人で打ち止めのようだ。


「これは、いったい……?」


 後続の二人も若い女性であったが、こちらの二人も口元を隠している。そのどちらかが発したものだろう。

 ちょうど反対側からこの場所へ侵入したせいで倒れた血鎧熊に先に目が行ったらしい。

 こちらに気づくのにやや遅れたようであるが警戒を解いてないのは変わらない。


「貴殿らがこれを……?」


 血鎧熊マッド・アーマーにちらと視線を投げ、こちらに問いかけるのは歳の割に頑強そうな、身形のいい冒険者とでも言おうか。

 騎獣から降りてからの僅かな身のこなしでも、結構やる、と感心してしまった程の初老の男性。

 この人がそうか。

 さて、これはどう切り出したもんか。質問を肯定して次はどうする、なんて考えるのもおかしな話か。

 こちらにやましい事はないし身元のしっかりしたアラズナン家の人間がいるんだ。

 とかなんとか一瞬考えてるうちに――


「レックナート卿!」


 リアが駆け寄っていく姿が。


「ッ! ひ、姫様!?」


「道中の事もそうですが、無事で何よりでした」


「姫様こそ、よくぞご無事で……アラズナン卿からの書状で無事であると確認はしていましたが、暗号混じりであったために完全な確信にまでは至らず――いえ、そのための暗号なのですから疑う余地などないのですが、己の不甲斐なさを思うと……」


 守り切れなかったという自責の念が負の方向へ向いてしまった結果だろうか。

 リアが無事だとは理解していても、どこか完全に信じる事が出来なかったのかもしれない。そうなってしまったのは自分の落ち度だという意識が強すぎて。

 要するに過剰に動揺してしまっていたと。


「過ぎた事です。今はこうしてお互い再会できたのですから、それを喜びましょう」


「ありがとう御座います姫様。しかし何故このような場所へ? ここはこのような場所ではなかったはずですが、それも関係しておるのですかな?」


「そうですね。ここは騎士団の方達と合流するために急遽あつらえた待機所も兼ねた練兵場とでも言いましょうか……とにかく、私たちがアラズナン家からの派遣人員というわけです」


「姫様ご自身が出向かれなくとも宜しかったのでは……」


「そこは絶対の安全が保障されてましたから大丈夫ですよ。あっ、申し訳ありません。まずは他の方々のご紹介が先でしたね」


 レックナート卿以外の人間と目が合ったのか、リアは慌てたようにこちらの素性を明確にする事にしたようだ。


「実を申せばこちらにいるお三方は、正統なアラズナンの後継候補とその護衛官なのです」


「おお、アラズナン家のご息女とご子息であられましたか。直々にとは痛み入りますぞ。こうして話すのは初めてでありましょうか。そしてタットナー殿の所のお孫殿ですな?」


「お初にお目にかかりますレックナート様。シュティーナと申します。こちらはセヴィ―ラ。そしてトーリィ」


 ペコリと頭を下げ「初めましてレックナート様」と続くセヴィにニカっと笑みを向けるレックナート卿の顔は完全に孫を見るような表情だった。そして無言で折り目正しく頭を下げるトーリィに頷きを返すと再度シュティーナに向き直った。


「この度は遠路お越しいただきありがとうございます。そしてご無事で何よりでした」


「いやこれは、丁寧な挨拶で恐縮してしまいますな」


 厳めしい印象だった表情も次第に柔和なものに変わり、伴ってシュティーナの緊張が和らぐのが分かる。

 するとここで彼の背後にいた女性――いや、口元の布を取ると若い娘といったほうがしっくりきそうだ――が意を決したように、しかしおずおずとレックナート卿に尋ねた。


「あの、レックナート様……姫様とはどういう事ですか……?」


 知らなかったんかい。まあ何となくその理由も想像はつくが。


「む……いや、すまん。お前達には黙っておったが――」


 少しばかりの逡巡ののちに、事の経緯を掻い摘んで若い娘たちに説明するレックナート卿。

 残りのもう一人の人物はフードつきのマントで、その上、口元もマフラーでも巻くように布で覆っているため表情は良く分からないが、話を聞いてもそれほど動揺してるようには見えない。

 いやまあ、目元も隠されてるから全く分からないと言ったほうがいいか。三倍速く動くあの人っぽいアイマスクにも見えてしまう。

 だが体格から男というのは分かる。動きも男のそれだ。ついでに気配からして若い気がする。


「つまり情報漏れを防ぐ意図で、という事ですよね」


「すまんが、そういう事だ」


「いえ、知らなくとも任務に影響がないのなら知らないほうがいいです。私達では知ったからと言って何かが変わったとも思えないですし」


 なかなか割り切った考え方をするとも感じるが、組織なんてそんなもんだろう。

 右手がやってる事を左手が知らないなんてのは良くある事だ。頭でさえそれとは別の事を考えてるのが常である事が多いんだから。


「それはそうと先程から気になっていたのだが……姫様、そちらの御仁が……?」


「はい。私を助けて下さった方で、アラズナン家の指南役もされている方です」


「指南役? その事は書状には書かれていなかったように思われますが……」


「事実ですよレックナート様。彼は正真、当家の指南役です。現に今日も鍛錬を兼ねておりましたし」


「そこの血鎧熊マッド・アーマーは、もしや?」


「ですね。待っている時間が勿体ないという事で」


 苦笑まじりのシュティーナの言葉に三人娘が「え……この人数で血鎧熊を……?」とこちらと獲物を見て目を丸くしている。


「では彼女らはアラズナン家の騎士団の者たちですかな?」


 白のトクサルテのメンバーに視線をやるとレックナート卿が尋ねた。

 惜しい。でもちょっと違う。


「彼女たちは私たちとは兄弟弟子ですね。騎士団員ではなく冒険者ですが同じ師から教えを乞う仲間でもあります」


「なるほど……」


「たまにもう少し常識的になって欲しいと思いを同じくする仲間でもありますね」


 白のトクサルテの皆がその通りと頷く。


「それをここで言うかね」


「ふふっ、本当の事ですもの。今日だって六人で血鎧熊マッド・アーマーを倒せとか、どういう事ですか。まあ倒しましたけど」


「「「えっ……!?」」」


 三人娘が絶句しているが、レックナート卿も目を見開いている。

 三倍速の人は……よく分からん。


「ほう……彼は加わっていなかったという事のようですな……なるほど」


 何がなるほどなのか良く分からんが、そう言うとこちらに歩み寄ってきた。

 うーん、いいガタイしてるな。


「紹介が遅れましたな。吾輩はレックナートと申す。そして姫様の窮地を救って頂き誠に感謝の至り。我が主に代わって最上級の感謝の意を」


「あー、はい。恐縮、です」


 高位貴族であるなら部下の前ではそうそう頭を下げるなどとは出来ないのだろう。

 頭を下げる代わりにという事だろうか、握手を求めるように右手を前に差し出してきた。

 失礼にならないように間を置かずオレもそれに応じる。


 ッ!?

 この爺さん!


「くぁはっはっは! なるほど、さすがであるな!」


「あの、イズミさん……?」


 リアが不思議そうな顔でオレを見つめるのは、今の遣り取りが良く分からなかったのだろう。

 それを言うならオレとレックナート卿以外は分かっていないのは一緒だが、いやひとりだけ……。

 まあそれはいい。


「なあに姫様。いま吾輩が投げ倒そうとして、それを何事もなく防がれたというだけですぞ」


「ついでに言えば手首を極められかけた」


「ッ! もう! 何をなさっているのですか、レックナート卿!」


「いや、つい年甲斐もなく嬉しくなりましてな。この若さでこれ程とは」


「確かにイズミさんは強いですけど、いきなり危ない事はやめてください!」


「かっはっはっ! 許してくだされ姫様。老い先短い者の戯れですぞ」


「もう……本当にイズミさんは私の恩人なのですから、お願いしますね?」


「ほう……姫様?」


「い、いえ、それだけですよ? 私のような子供の事など……いえ! えーっと違います!」


 テンパってるなあ。

 それはいいけど、なーんか不穏な空気が漂っているような?


「……随分と明るくなられましたな姫様。吾輩の心配はもう無用なものになりそうですな」


「そう、なのでしょうか……いえ、そうなのでしょうね。イズミさんには全てを救って頂きました。感謝してもしきれないほどに沢山のものを私に下さいました。安心も優しさも子供らしくいられる時間も……私にとってそれは何ものにも代え難い宝物です」


 面と向かって言われているのと変わらない状況だとさすがに照れる。

 三人娘の感心したような緩んだ表情での「ほう……」はどういう意味だ?

 しかし一段と不穏な空気が。


「だから……イズミさんはとても大切な人です――あああ、いえ! アラズナン家にとって、という意味ですよ!?」


 慌てて言い直すリアを見て「無自覚に自爆してるニャー」とキアラが背後で呟くがチラと目をやれば、同じ感想なのか「確かに」と皆が相槌をうっている。


 すると、そのタイミングで魔力が膨れ上がる。


「「「きゃっ!?」」」


 三人娘の後ろにいた若いと思しき男の身体から。

 おう、怒りにも似た感情をオレに叩きつけてきてるねえ。

 静かにこちらに歩いてくるマントの騎士。

 スラっと剣を抜きオレに向けて突きつけた。


「ッ! 何を……ッ!?」


「下がってろリア。皆も」


 レックナート卿とのやり取りのあと、いつの間にかオレの両肩に居たフクロウ姿のリナリーとサイールーに『下がってろ』と目配せで伝えるとリナリーが。


「(どうするの?)」


「(発散させてやるしかないだろ)」


 根拠はないが何故かそう思ったのだ。


「レックナート卿……?」


「ふぅ……仕方あるまいのう」


 オレの言葉に渋々といった様子で仕合を了承した卿であったが、何やら事情を察している様子が伺える。

 何がどうなっているのか分からない他の者はやや動揺を隠せない模様。特にリアは珍しく気が動転しているようだ。

 いやオレも結構、混乱してるけど? と表に出す訳にはいかんか。


「大丈夫だリア。心配するな、リアが呼び込んだものじゃない。オレの裁量で招いた事態だからリアに責任はないぞ。まあ応援でもしててくれ。な?」


「は、はい……!」


 何の不安もない、と言わんばかりの笑顔で元気に答えたリア。

 その遣り取りの何が気に入らなかったのか、更に魔力を膨れ上がらせてこちらを射殺しそうな勢いで睨みつけていた男が――動いた。


「斬る!」


 唐突にそれを合図に仕合いが始まった。

 凄まじい剣戟を繰り出す若い騎士は、マントを剥ぎ棄て軽戦士のようなライトプレートを装備した姿を顕にした。

 木刀で迎撃するも、それも気に入らないといった風情の低い声。


「キサマ……ッ」


 首元に巻かれたマフラーの下からくぐもった怒りの籠った声だ。

 誤解するな。別に木刀だからって舐めちゃいない。しかしそう取られても仕方ないのか?

 気迫を乗せ撃ち込まれる剣線は鋭い。

 そして地面を抉るほどの攻撃が混じりはじめる。

 エスカレートしてくる攻撃をかわし、防ぎ、反撃。しかし殺してしまうわけにもいかない。

 そんな激しくなってきた攻撃にリアが我慢できなくなったようだ。


「騎士の方! 何故イズミさんに剣を向けるのですか!? 私にとって最優たる方にそのような感情を向ける理由はないはずです!」


 しかし攻撃を緩める気はないようだ。むしろ今のリアの言葉で増したぞ。


「おいおい、激しいな」


「……コロス」


 なんでそうなるよ。それとさっきからちょいちょい言葉が怪しくなってるが言語能力のリソースまで戦闘に回してるのか?


「何か誤解をしておられるのですか!? 危険な場に私を連れてきた事を責めているのですか!?」


「そうではない」


「では何を……ッ!?」


 その問いには答えず、更に攻撃は激しさが増す。

 鍔迫り合いのような形になり男が言葉を発した。


「何処の馬の骨とも分からんヤツにイツィーリアを任せられるか」


 んお? オレだけに聞こえたその言葉の意味を一瞬、理解できなかった。

 聞き間違えたかと思ったが……。

 何かが分かりそうな、いや無意識に考えないようにしていたからか別の意味での警戒音がオレの中に鳴り響き始めた。


「確かにまあ、馬の骨ってのも間違っちゃいないが……」


「成人前の若い娘を、恩を笠に着て誑かすとは……人の道を外れるがごとき所業――」


 距離を取り、一瞬の溜め。

 そして若い騎士の必殺の意思でも込められているかのような構えから、


「ユ ル サ ン」


 突進しての怒涛の連撃。

 それは、いいけど……ッ!

 なんでカタコトになってんのーッ!?


「いや、そんな事はしていないんだが……ッ!?」


「誰の目にも明らかであろうが!」


 言語能力が戻った。いやそれはいい。

 しかし、えらく外聞の悪い事を鵜呑みにしてるな。

 誑かしてないって。

 再度、接近すると今度はオレから言葉を投げる。


「だいたいあの年頃の娘は色恋に勘違いしやすい。が、リアはそうじゃないだろう。誑かさせるような娘じゃないと思うが……?」


「だからこそだ。お前にとって彼女はどういう存在なのだ」


「……今の所は弟子、だな」


「今の所はだと? 将来は自分のものにするとでも言うつもりかッ!!」


「どうしてそうなる!? それこそ無理だろうが!」


「なんだとッ!? 何が気に入らんッ!!」


「どう言えばいいんだよ、もーッ!」


 ぐあー、なんだこれ。言ってることが滅茶苦茶だぁ。 

 でもこの遣り取りで分かりたくない事が分かったぞ……。

 だいぶ言いたい事も言って発散出来ただろうし、そろそろお開きにしようか、ねッ!!


 キィィンッ


 澄んだ音を響かせて弾かれた長剣。

 騎士の手を離れ宙を舞う。

 時間が止まったような錯覚。そして地面に刺さる長剣の音が再び時を動かす合図となった。


「……まだ続けるか?」


「いや……充分だ」


 大きく息を吐き、居住まいを正すと。

 若い騎士は頭に被っていた頭巾のようなものとアイマスクを外した。

 不承不承といった感がありありだが、そこで発した言葉は。


「……妹を助けてくれた事、感謝する」


「お兄様!?」


 あーやっぱり。


「殿下、気がお済になりましたかな?」


「「「ええっ、殿下ッ!?」」」


 三人娘も知らなかったんかーい。




前話を微修正しました

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